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短編集

似非宗教

作者: 巫 夏希


 とあるところに、小さな教会がありました。

 しかしながらその教会は古く、寂れていました。十字架が崩れそうになっていたり、鼠や小動物が教会の中に入ってきてたり。とても人が入っていたとは思えない場所でした。

 そんな場所に、十字架の前に、膝をついて祈りを捧げている人間がいました。

 それは、この教会の神父でした。彼は、神に仕えながらも神を憎んでいました。


「神よ……。どうして私を、この神に仕えている私を助けてくれないのです……!!」


 彼の声がむなしく響いた。

 そのときでした。


「……助けてやろうか?」

「……誰だ」

「俺は悪魔ってんだ」

「悪魔? そんな禍禍しいものがいったい?」

「……へえ。禍々しい、ねえ。まさか僕を見て驚かないなんて」


 ケタケタと壊れたように嗤う何かは、よくみると人間の姿をしていた。

 そして、少年の顔だった。


「人間? 悪魔……ほんとうに悪魔なのか?」

「悪魔だよ? ……すぐに証拠をみせて、と言われると難しいけど」


 その人間は自らを悪魔、といった。しかし、神父は信じなかった。そうだろう。なぜなら、その人間は人間そのものの姿だったからだ。


「目に見えるものだけが真実だと思っちゃ困るね」


 疑いを解かない神父に向かって、少年はケタケタと壊れたような笑い声を放った。




「ガイナスでございますー。ご乗車ありがとうございます。終点ですー」


 気分が乗らないのか中途半端な声が古いレンガ造りの駅舎に響いた。


「むむー。暑いのですー」


 そんな子供らしい言葉を発していたのは少女だった。

 白のフリルを袖や腰などところどころに縫い付けられた漆黒のドレスを身にまとい、白のカチューシャを付けた黒髪の少女だった。少女はそばにいる少年と同い年に見えるが、彼女自身から出る雰囲気やその大人びた服装が彼女を大人に魅せていた。


「そりゃそうだろ。南部はこんな感じの暑さだ。それに今はシーズンオフ。人が来ないのも当たり前だな」

「……冷静に判断するな。ともかく私は納豆ご飯が食べたいのです」

「そうだなぁ。たしかにこの辺は納豆の産地だしあるかもしんないね」


 彼女と共について今しゃべっている、つまりそばにいる、のはぴっしりと整えた髪に白いポロシャツ、紺のカーディガンを着た青年だった。


「トレイク。なんで私たちがこんな辺鄙な街に来たのですか?」

「うーん……ライアンが悪いんだけどね?」


 そう言ってトレイク、と呼ばれた青年はライアンに責任転嫁した。

 ライアン。本名はライアン=トルク=アドバリーで、トレイクの良き友人である。今回彼らがこの街に来たのには、とある理由があったからなのだ。





「起きて! ほら早く!!」


 そんな騒々しい声で起こされたトレイクは眠たそうに瞼をこすりながら起き上がった。


「うーん……。あれ? もしかしてライアンかい?」


 トレイクは思わず、目を見開いた。そこにいたのは少女だった。しかしながら、少し奇抜な格好をしていた。


 麦わら帽子にYシャツ、黒のネクタイを装備して、下は七分のハーフパンツに靴はブーツを履いて腰に革のオレンジ色のジャケットを巻いていた。


「久しぶり。いつ以来かしら?」


 ライアンはまるで夏の太陽のようなキラキラとした笑顔で言った。


「確か冬に晩餐会に招待されて以来かな……。で、どうしたんだい?」

「そうそう。それがさ、『メイアス教』って知ってる?」

「メイアス教? ……ああ、名前だけなら」


 トレイクは歯切れの悪そうに答えた。


「で、そのメイアス教なんだけど……。ちょっと調査して欲しいのよ」

「調査?」


 ライアンの言葉に思わずトレイクは顔を顰めた。


「それがね、なんか怪しい噂が立ち込めてるの。人の死体を夜中に搬送してるとか、信者を精神操作している、とかね」

「うむ……。それは不思議なのです」


 ライアンの言葉にいち早く反応したのはトレイクでなく、ロゼだった。

 彼女はいつから起きていたのかはわからないが、いつものように分厚い本をページをめくる音さえ立てずに読んでいた。だから、目線はいつも本の文章に向けられているのだが。

 この時ばかりは、ロゼの目線は本ではなくライアンに向けられていた。


「たぶんそれは創造神が書いたと呼ばれる七聖書のひとつに違いないのです。その中には人体を利用した悪魔召喚などが書かれた本もあるらしいのですし」

「悪魔……ねぇ」


 トレイクはうすら笑いを浮かべてダージリンティーを飲み始めた。

 七聖書。

 この世界を作った、大分昔の頃の話。世界を作ったカミサマが世界の理を人間たちに理解させるために書いたとされている、七冊の本。

 この世界ではそれを七聖書といい、彼女――ロゼはそれを集めるために世界を駆け回っている、って魂胆なのだ。

 というわけで。

 今彼らはそのメイアス教の本部があるガイナスへやってきたのだった。


「しかしまあ、ほんとうに暑いなあ…… 喫茶店にでも入ってティータイムといかないか?」

「それがいいのです」


 ロゼはそう言ってトレイクの後についていった。まだロゼは本を読んでいたのだが。

 ふと、その目をどこかにやった。


「どうしたんだ? ロゼ」

「あれを見るのです」


 ロゼが蝋燭のように細く真っ白な指を上げ、指した先には――

 大きな立派な教会があった。


「ああ。あれが例のメイアス教の本部さ。これからあそこに向かうんだよ」

「……嫌な予感がするのです。さっさと向かうのです!」


 そう言ってロゼは走っていく。


「ま、まて! ロゼ! タクシーとかそういうのを使って行った方が断然早いぞ!」

「……確かに」


 ロゼはそれをその通りと思ったのか、いきなり立ち止まり、半回転して、トレイクに向かって走っていった。まあ、わかるとは思うが。

 ロゼは直後、走っていたトレイクと正面衝突した。


「いてて……。なんで急に方向転換するんだよ。待ってればいいじゃないか」

「お前が避ければよかったのです。お前のせいで私の貴重な体力がうしなわれてしまったのです。さっさとあの場所に向かうのです」

「言われなくてもわかってるよ」


 そう言ってトレイクは忌々しそうにつぶやいた。





 メイアス教の本部は山の中腹に設置されていた。


「これはまた、結構なところにあるんですね」

「いやいや、まさか貴族の方がいらっしゃるとは」


 今、彼らは応接室と思しき場所に来て、ソファに腰掛けている。テーブルの上には無駄に高級そうな紅茶が、これまた無駄な装飾を施したカップに入っている。そしてテーブルの中央にある薬壺には金平糖が入っていた。

 ロゼはそれを食べているのか、カリカリと音を立てながら、持ってきていた本をただ読んでいた。チラリとトレイクが覗いてみると、医学書なのか人間の身体がこと細やかに描かれていた。直ぐにトレイクが見ているのに気づいたのか、ふいとトレイクの逆側へうつってしまった。


「ところで、なぜこちらに……?」


 トレイクの向かいにいる男はスーツを着ていて、とても神に仕えし職の者とは思えない風貌だった。男の名前は確かラスタードとか言っていた。


「ああ。本を探しにね」

「本、ですか……?」


 ラスタードは怪訝な表情を示した。


「ええ。古い書物なのですが、この教会にあることがわかりまして。ぜひできたら見せてもらおうかと」

「そうですか。少々お待ちください」


 そう言ってラスタードは席を外した。


「……ほんとにここに七聖書があるのか?」


 ラスタードが部屋を出てから、トレイクはヒソヒソ声でロゼに話しかける。


「ここにあるに決まってるのです」


 そう言って彼女はまた金平糖を食べ始めた。

 そのころ。


「なんだと? 怪しい人間が?」

「はい。なにやら本を探しているようでして」

「来たみたいだね」

「おい、悪魔。おまえ分かっていたのか?」

「え?」悪魔は嗤う。

「解っていたのか?」

「まあ、七聖書は狙われる運命だからね? そりゃ誰かしらくるでしょ」

「ふざけるな」

「まあ、いいじゃないか」


 だって。悪魔は続ける。


「そのほうが楽しいだろ?」





「……トレイク。何か来るのです」

「えっ?」


 ロゼにそう言われて、思わず身構える。

 そこにいたのは、少年のような、存在だった。


「へえ。君がロゼ、いやロゼテーリア・アッテムト・ガーロムスか」

「……なぜ、その名を。貴様、まさか」

「うん? そうか、君は忘れてしまったのか。つまらないなあ。僕は君のことを覚えているのに、君は僕のことを忘れているだなんて」


 少年は儚げにため息をついた。


「ま、いいや。ここにはようはないし。実験も済んだし」

「実験?」


 トレイクは訝しげにつぶやく。


「そうさ、実験。七聖書の知識の万能さを、ね。」


 少年は笑って、言う。


「そうだ。僕の名前も言っておくよ。僕の名前はレイシャント。レイシャント・アレクローネ・ベイヤンス。覚えていてくれれば嬉しいかな。たぶんまた会えるだろうし」


 ばいばい、と名残惜しげに手を振って少年、レイシャントは廊下にある窓から飛び降りた。


「まて……!!」


 トレイクが叫ぶも、すでにレイシャントは窓から飛び降りて、どこかに消えていた――。




 そのあとではある。

 教主と思しき人間が、信者と思しき人間たちに殴られているところを目撃した。

 それを見て彼女はぽつり、つぶやいた。


「七聖書を手に入れようとしたからです。馬鹿者」


 嘲笑うような、口調で。






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