第3話 再会
日本へ帰国し1ヶ月が経った。
倫は今、語学教室のフランス語教師をしている。
勤め先の語学教室へは大学時代に使っていた電車で通っている。
倫は駅のホームのベンチに座りいつも愛読している小説を読んでいる。
ホームに電車が着くと倫はバックに本をしまい、電車のドアが開くといつものように
一両目の真ん中の二人用のイスに座る。
このセキは大学生だった倫がお気に入りだったトクトウセキ。
もちろん今もそう……。
バックからまた本を取り出し読みかけのページを開く。
発車時刻になり、電車のドアが閉まりかけたと同時にスーツを着た男が駆け込み
乗車し倫の隣にドカッと座った。
その拍子に倫の読んでいた本の一ページが折れた。
(あっ……)
男はそんなコトは知らずバックで自分を仰ぎ始めた。
(もぉ……)
倫は本を読みながら隣に座った男に腹をたてたが、前にもこんなコトがあったコトを思い出した。
そういえば、前にもこんなコトがあった。
初めて蓮と会った時のコトを思い出す。
丁度こんな頃。暖かい日差しが窓の外から私を照らしてくれてた……。
今でも、鮮明に覚えてる……。
「ふふっ」倫は思い出し笑いをし微笑みながら隣に座る男の横顔を見た。
「……」
男は……蓮だった。
あまりにも早い予期せぬ再会に声もかけられずにただ黙ってじーっと蓮を見つめる倫。
蓮は隣で倫が観ているコトも気づかずバックで扇ぐのを止めるとふーっと大きく息を吐いた。
ん?
何か視線を感じる……。蓮はまたかと思うとイラっとした迷惑そうな表情で隣に座る女の顔を見た。
「……」
隣に座って自分を見ていたのは倫……だった。
二人は思いがけない再会に無言のまま見つめ合った。
倫と蓮、自分達の間の時間だけが止まっているそんな感じがする。
電車に乗っていればいつかは会えるんじゃないかと思っていた倫の姿が目の前にある。
蓮は嬉しさのあまりニッコリ笑いかけると「お前、笑った方が可愛いと思うよ」あの時、初めて会っ
た時のように倫に声をかけた。
「まだ、そんなコト言ってるの?」倫は呆れた顔で蓮を睨む。
「まぁね」おもいっきりニッコリと笑う蓮
一年以上ぶり。
変わらない二人。
「一年ぶりだね」そんな蓮に倫はニッコリと微笑み返した。
「ああ……」
倫は色々訊こうと思った。
蓮くんの子供のコトとか、幸せか?とか……。
蓮は言おうと思った。
結婚はしなかったとか、あの日、空港へ行ったんだ……とか。
二人は何を話したらいいか分からず色々考えてると、電車は次の駅で止まった。
「あっ!」倫は辺りを見回し慌ててバックに本をしまう。
「どうした?」
「私、ここで降りなきゃ。じゃぁ……」後ろ髪ひかれる思いでセキを立つ倫。
「えっ?ああ……」なぜか蓮も倫につられて慌てて一緒に席を立つ。
「さよなら」
倫は蓮の顔を見ると少し寂しそうな表情を浮かべ蓮に軽く頭を下げた。
「あ、うん……」
また蓮も寂しげな表情を浮かべるとゆっくりイスに腰を下ろす。
電車の中の蓮にニッコリと笑い倫は手を振り歩いていく。
蓮が結婚をしていないというコトも知らずに……。
「はぁ……」
蓮は倫が見えなくなるまで見送ると俯き大きくため息をついた。
震える手をぎゅっと握り締める。
突然の倫との予期せぬ再会。
「俺らしくない……バカだ俺」
何も話せなかった……。
倫は足早に歩く。
倫の心臓の鼓動は壊れそうなくらい早く動いている。
まさかこんなにも早く再会するとは思わなかった。
蓮と逢って自分の気持ちをいままでより強く思い知らさせられる。
今も蓮くんが好き。蓮くんを愛してる。
いつか再会するかもと思っていた蓮に再会し前以上に蓮が好きだと思い知る。
蓮への気持ちを振り払うかのように倫は歩く。
頬を涙が流れ落ちた。
「やだ……」
どうしよう……。
倫は駅の改札口を抜けると足を止め俯いた。
泣くのを必死で堪える。
苦しくて胸が張り裂けそう……。
バカだよ、倫……もう、終わったコトだよ。
倫は前を向いた。
そう……終わったコト……。そう自分に強く言い聞かせ。
* * *
午後六時三十分。
仕事を終えた倫は急いで駅に向かう。
改札口で駅員に急いで定期券を見せ、階段を駆け上がる。
四十分。
この電車に乗らないと託児所の迎えの時間に間に合わない。
駅に着き、電車のドアが開くと今度は一目散に電車を降り歩き出す倫。
早く杏に会いたい。早く会って『ママ、今日あなたのパパに会ったんだよ』って言いたい。
急いで歩く倫らしき姿を後部車両から降りた蓮は見つけた。
改札口を抜け、家とは違う方向へと歩いていく倫。
自分のマンションと同じ方向。
同じ方向を別々に歩く二人。
蓮はタイミングを見計らい、行き急ぐ倫に声をかけようと足早に倫の後ろをついて歩く。
「あいつ、あんなに急いで何処に行くんだろう?」
あまりにも急ぐ倫のコトを不思議に思う。
しばらくあとをつけていると、倫はとあるマンションの一階の店舗の前で足を止め、中へと入って
いく。
蓮も立ち止まりその店の中を覗いた。
えっ?
その場所に蓮は驚き店舗の看板を見上げる。
「……」
そこは託児所だった。
ベビーシッターらしき女性から渡され倫に抱きかかえられる女の子らしき赤ちゃん。
嬉しそうに愛しそうに赤ちゃんを抱きかかえる倫の姿を見て蓮の頭の中は真っ白になる。
どういうコト……?頭の中が混乱し動揺する蓮。
しばらく考えていると、託児所から倫達が出てきた。
「今日ね、ママ、パパに会ったんだよぉ〜」嬉しそうに子供に話しかける倫。
倫は入り口で立っている蓮に全く気がつかない。
蓮に気づかず嬉しそうに話している倫の首もとの何かを杏は引っ張った。
「あっ」
その何かは倫の首元からパーンと離れ蓮の足元に落ちた。
蓮は自分の足元に落ちた何かを見つめた。
「……」
それは、自分がクリスマスに倫にあげたピンクシェルでできたバラのクロスのネックレスだった。
しゃがみ込み蓮はネックレスを拾おうとする。
「イヤだ。きちんと留めてなかったんだ」倫もしゃがみ込みネックレスを拾おうと手を伸ばす。
「俺が拾う」倫は自分のネックレスに手をかけようとする隣にいる男の姿と声を聞き驚き立ち上
がった。
「れっ、いつからそこに?」
蓮はゆっくり立ち上がり「はい、ネックレス……」ネックレスを倫に手渡すと杏の顔を見た。
「あ、ありがとう」倫はあたふた焦りながらネックレスを蓮から受け取った。
「もしかしてその子……?」蓮の問いかけを遮るように戸惑い首を左右に振る倫。
「ち、違うよ」言葉と同時にこぼれ落ちる涙を慌てて手で拭う。
そんな倫を見つめ蓮は切なそうに小さな声で「もう、いいよ……」と言う。
戸惑い倫を見つめる蓮の顔、倫にはそんな蓮の表情が知りたくなかったという感じに見えた。
「あっ、違うの。この子は今の彼氏との……本当に……」
杏が自分の子だと知ったら蓮を苦しめると思い倫は懸命にウソをつこうとした。
そんな必死にウソをつこうとする倫と自分の小さい頃に似た杏を蓮は優しい表情で見つめると、
杏も蓮の顔を見てニコニコと笑いかけた。
そんな杏のほっぺを蓮はそっと摘むと「もう、隠さなくても大丈夫だよ」と言った。
大丈夫だよ。
それがどう意味なのか分からない倫。
倫は少し考え、恐る恐る蓮に訊いてみた。
「もしかして、彼女と別れた……の?」
首をふる蓮。
「はじめからいなかったみたいなんだ。子供……」
「えっ?」
はじめから……いなかった?
その言葉を聞き、今まで心にいい聞かせてきた強がりが割れたシャボン玉のように倫の心の中
でパッとはじけ散った。
蓮は倫の手の中からネックレスを取ると倫の首につける。
「倫、いっぱい、いっぱい傷つけてごめん……」溢れ出る倫の涙を両手の親指でそっと拭う蓮。
「……」倫は顔を上げ蓮の顔を見つめた。
今、私の目の前には蓮くんがいる。
「いっぱい、いっぱい、辛い思いさせてごめん」
もう、会えないと思っていた倫が自分の目の前にいる。
蓮は優しくそっと二人を抱きしめる。
「蓮……くん」倫はもたれかかるように蓮の胸に顔をうずめ泣いた。
小刻みに揺れる倫の華奢な身体。
こんな細い身体でひとりがんばろうとしていた倫を今まで以上愛しく想う。
「もう、大丈夫だよ。これからはずっとお前のそばにいるから……」
「……」倫は蓮の顔を見上げた。
優しく微笑む蓮がいる。
「今までの分、ずっとそばにいるから……」
手放したくなかった倫が、今、自分の腕の中にいる。
倫と蓮は時間も人の視線も何もかも気にせず杏と三人抱き合った。