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story  作者: 希里 
2/5

第2話 この道を歩いて行く

あと少しで4月。

仕事も見つかり、毎日忙しい生活を送っている倫。


休日は祖母と交互に祖父の看病をしている。

祖父は相変わらず意識を戻さない。


祖父が入院している病院は金城大学医学部付属病院。

倫の父親が勤めていた病院でもあり、倫が4歳の頃事故に遭った母親が亡くなった病院でもあり、

蓮との子を妊娠したと宣告された病院でもある。


医学部付属病院へは、駅に着き改札を抜けて倫が通っていた人文学部とは反対の道を歩いていく。

倫にとってはこの道も蓮とは一緒ではないひとりで歩いた蓮との想い出の道。

この道を歩きながら色々決心した。

絶対この子を産んで育てていく。

ひとりで歩いていく。

この道を歩くたび思い出す。

「ホントにひとりで歩いてるや」

倫は立ち止まり自分の足元を見つめ微笑んだ。


病院へ向かう道の街路樹には春はもうすぐそばと言うかのように可愛い薄いピンクの蕾をたくさんつけた桜の木が綺麗に植えられている。

今年は日本ここで桜の花を見られるんだ。

「今年は杏とお花見ができるかな?」

青い空の下倫は大きく背伸びをした。


   * * *


大学付属病院へ着くと、エレベーターで3階へ上がり祖父のいるICUへ向かう。

「お爺ちゃん」

祖父は相変わらず目覚める気配がない。

お祖父ちゃんに杏をひと目見てもらいたかった。

杏を妊娠し、父親のいない子を産みたいと言った時も祖父は何も言わなかった。

父親に反対をされた時も優しく倫を見守ってくれた。

祖父の手を握りながら「お爺ちゃん、早く起きてよ」と倫は呟いた。


   * * *


倫は家へ帰る前、病院内の公園のベンチに座って高くそびえる病院の建物を見上げた。

ひとりでこうしてるとやっぱりいつも思い出すのは蓮ともコト。

もう二度と逢うコトはない……逢いたくない……と思っていても、本当は心の底から

逢いたい気持ちで溢れてる。

ひと目でいいから蓮くんの姿を見たい。

元気かな?どんな髪型してるんだろう?まだあんな悪戯っぽい表情をするのかな?

「ふふ……」

まだ一年しか経ってないのに……。

もう何十年も経ったかのような感じがする。

「逢いたい……な」

倫の目にはいつの間にか涙で溢れていた。

「イヤだな……もぉ」

こんな自分が嫌になる。


「お嬢さん、隣座ってもいいかな?」

倫が気づかないうちに、グレーのスーツを着たどこか品がある中年の男性が立っていた。

涙を拭き倫は「あ、はい……どうぞ」と頷いた。

「何か悲しいことでもあったんですか?」優しい笑みを浮かべ中年男性は倫に訊く。

「え?あ。……いえ」どう答えていいか分からず倫はとっさに俯いた。

「悪かったね……。お嬢さんが目にいっぱい涙を溜めていたもんだから……」

「あ、いえ」

中年男性はふーと小さなため息をついて俯いた。

「……おじ様はどなたかのお見舞いですか?」今度は倫が質問をする。

中年男性は顔を起こし建物を見上げると口を開いた。

「妻がね、妻って言っても、19年前に離婚した前の妻なんだが、1年前癌に侵されていること

が分かったんだが彼女にはもう身寄りがいなくて、彼女との間にはひとり子供がいるのもあって

今の妻とも相談して面倒を看ることにしたんだ」中年男性はまた俯くと小さくため息をついた。

「大変……ですね」

「僕はあんなに愛してたはずの彼女を裏切り酷いことをした……そのせいで大事な子供にも辛い

思いをさせた。今、後悔してももう遅いんだがね」中年男性は倫の顔を見て軽く微笑んだ。

「後悔……」

「お嬢さんは彼氏はいるのかな?」

「あ、いえ。こう見えてもシングルマザーなんですよ」笑顔で答える倫。

「どうして、それは大変だろうに……」

「子供の父親とは理由わけあって別れてしまったんです。子供のコトを口に出せばきっと

彼は私と一緒に居てくれたと思うんですが、私には口に出来ませんでした…」倫は目に涙をい

っぱい浮かばせながら話す。

「彼の決心を無駄にはしたくなかったし、子供が出来てずっとひとりで悩んで、“彼が居ない

道を歩いていく……”そう決心した自分の気持ちを曲げたくなかった……」

そう……彼が私を受け入れれば彼女とその子供が苦しむ。

「初めての恋だったのに……」

あんなに好きになれる人はもういない……。

「私は……」

一言一言丁寧にゆっくりと口に出しながら心の中で自分に話す倫。

私はバカだ……。

「まだ、忘れられないんだね?」中年男性はそう倫に訊ねると「はい……」倫は涙を流しながら

頷いた。


どれくらい経ったんだろう気づくと辺りは薄暗くなっていた。

倫は携帯で時間を確かめた。

「あっ、私もう帰らないと……子供を託児所に預けてるんです」

「おっ、もうこんな時間だね……少し長く話してしまったね」中年男性も腕時計で時間を確かめる。

「おじ様あの……」

「ん?」

倫は深々く頭を下げると「今日は話を聞いて下さってありがとうございます。お蔭ですごく気が楽に

なりました」明るいすっきりした声で言う。

「こちらこそありがとう。がんばるんだよ」

「ありがとうございます。おじ様もがんばってくださいね。さよなら」

「ありがとう。さよなら」


倫は中年男性と病院で別れ駅までの道を走った。

不思議な感じがした。

どこかで会ったコトがあるような感じがする。

不思議……。

人に話す事でこんなにも気が楽になれるなんて……。

明日から杏とまたがんばって生きていこうと倫は思った。







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