帰国
倫は大きく深呼吸をする。
ガラスの向こう、遠い空を見つめた。
まさかこんなに早くこの空の下に立つとは思いもしなかった……。
蓮と彼女が子供と暮らしているかもしれないこの街に……。
……一年後。
一月に倒れ意識不明になった祖父と残された椎名医院と祖母の為、倫達は日本に帰国した。
空港、タクシー乗り場。
「○○町までお願いできます?」
「はい。今、トランクに荷物お入れしますね」
「あ、すみません」
荷物はスーツケース一つ。
フランスで使用していた家具は後から、父、良明が送ってくる。
空港から椎名医院は約40分。
一年前とは違う方向へと走るタクシー。
あの時の自分の気持ちと今の気持ちがシンクする。
もう、日本へは帰らない……。
そう思ってた……あの時。
蓮くんとはもう二度と会えない……もう二度と会うコトはないだろう……。
寂しさを胸の奥にしまいこんで日本を発った。
でも、今は違う。
日本に帰国する……。そう決まってからは、毎日、蓮くんには再会
コトはないように、と願うコトばかり……。
タクシーは倫達を乗せ、一年前とは何も代わり映えのない町並みを通り過ぎ
てゆく。
「お客さん、着きましたよ」
運転手の言葉に倫は窓から、椎名医院を見上げた。
「……はい。いくらになりますか?」
倫は料金を払い終え、運転手からスーツケースを受け取ると、
「杏、ここがこれから私達が暮らすおうちだよ」自分の腕の中でスヤスヤ眠る
杏の寝顔を見つめそっと微笑んだ。
杏は、蓮との間にできた倫の大切な赤ちゃんで蓮にそっくりな女の子。
「さ、お祖母ちゃんが首を長くして待ってるからおうちに入ろうか?」
倫は玄関のドアをゆっくり開いた。
「ただいま〜」
シーンと静まりかえった廊下。
少しすると居間から祖母が出てきた。
「倫、お帰り」
一年振りに会う祖母。
お祖母ちゃんなんか細くなった?
一段と細くなった祖母の姿を見て倫は悲しくなる。
「倫、元気そうね」目に涙を溜めながら祖母は言う。
「お祖母ちゃんは少し痩せた?」
「少しね。倫、この子が“杏”だね?」
祖母は目を細め微笑んだ。
「お祖母ちゃん抱いてみる?」
倫は自分の腕から祖母の腕へ杏を渡した。
「懐かしいね……。赤ちゃんの時の倫にそっくり」
倫の腕の中から祖母の腕へと移ってもスヤスヤと眠る杏。
祖母はもちろん蓮の顔などは知らない。
口元は蓮くんそっくりなんだよ……蓮くん……。倫は心の中でそう呟いた。
これから街で蓮くんと彼女に会うかもしれない。
倫にとって日本で暮らすと言うコトは別れ以上に辛くて切ないコト。
でも、倫はスヤスヤと眠る杏の寝顔を見て思った……。
“私はもう前へ進んで行こう。私には杏がいるんだから”
倫はそう強く思った。