『好きだから』
「どこにいる?」
彼女から返事が来るまで、男は何度もiPhoneの画面を見る。
既読がつかない。
たったそれだけのことなのに、胸の奥がざわつく。
誰といるんだろう。
何をしているんだろう。
俺の知らない誰かと、楽しそうに笑っているんだろうか。
そんなことを考え始めると、止まらなくなる。
「好きだから……」
男は小さく呟いた。
好きだから、知りたい。
好きだから、そばにいてほしい。
好きだから、自分以外の男を見てほしくない。
それだけだった。
「今日は何してたの?」
「誰といたの?」
「明日は?」
彼女は最初、笑って答えてくれていた。
好きだから聞いてくれている、それが嬉しかったんだと思う。
けれど、少しずつ質問が増えていく。
連絡が遅いと不機嫌になる。
予定を伝えないと怒る。
男友達の話をすると、露骨に機嫌が悪くなる。
「俺以外の男と、そんなに仲良くする必要あるの?」
彼女は困ったように笑った。
「友達だよ?」
「分かってる。でも嫌なんだ」
男は正直だった。
嫌なのだ。
彼女が誰かに笑いかけることも。
自分の知らない場所へ行くことも。
自分の知らない時間を過ごすことも。
全部、嫌だった。
そして、そんな自分を悪いとは思えなかった。
――それだけ好きなんだから。
そう思っていた。
ある日、彼女が言った。
「私のこと、好き?」
男は即答した。
「好きだよ」
「じゃあ、どうして私のことを自由にしてくれないの?」
言葉に詰まった。
自由にしたら、離れていってしまう気がする。
自由にしたら、いつか誰かに取られてしまう気がする。
だから縛る。
だから確認する。
だから繋ぎ止める。
それが愛だと思っていた。
「俺は、失いたくないんだよ」
男がそう言うと、彼女は静かに笑った。
「私を失いたくないなら、私が自分からあなたのところに帰りたいってそう思うような、そんな人になろうとは思わない?」
その言葉が、胸に刺さった。
縛っておけば、離れないと思っていた。
追いかけ続ければ、逃げないと思っていた。
けれど、本当は逆だった。
愛しているから自由にできないのではない。
失うのが怖いから、自由にできないのだ。
好きだから。
大切だから。
その言葉の裏側には、
「俺を置いていかないで」
という、幼いほどの不安が隠れていた。
男はiPhoneを握りしめた。
そして初めて、彼女に送ろうとしていた言葉を消した。
「今どこ?」
ではなく、
「楽しんできてね」
と打った。
送信ボタンを押す指が、少し震えた。
好きだから、縛りたい。
好きだから、独り占めしたい。
でも――
本当に好きなら、
鎖で繋ぐのではなく、
自由なまま、自分のところへ帰ってきたいと思わせる男にならなければ…。
その夜、男は初めて、
「愛する」と「所有する」は違うと知った。




