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追放されたら余所の施設で施設長になった件 ~尚、別に無双はしていない~

作者: HOT-T
掲載日:2026/06/29

※本作は、筆者自身のリアルな介護現場でのキャリア体験を、大好きな定番ジャンル「追放系」になぞらえて綴った実録風エッセイです。

フィクションとしての「追放系」や「ざまぁ」のカタルシス、爽快感を否定・批判する意図は一切ございません。むしろ、あのジャンルの持つ魅力を前提に、「もし現実の人生で同じようなことが起きたら?」という一介の施設長の独り言として、気楽にお楽しみいただければ幸いです。

ネット小説のランキングを見ていると、「追放系」と呼ばれるジャンルを目にする。

 主人公が所属していたパーティーや実家から「役立たず」と邪険にされ、理不尽に追放されるところから物語は始まる。

 しかし実は、主人公は周囲が気づかなかった凄まじい能力を秘めており、新天地で幸せを掴み取る、というお決まりの流れだ。

 ここに「復讐」や「無双」、あるいは「ハーレム」といった、いかにもカタルシス溢れる要素がトッピングされるのがお約束である。


 この「最初に居場所を奪われる」というシステム、実は今に始まったことではなく、昔からある王道の導入でもある。

 たとえば名作RPG『聖剣伝説2』の主人公ランディは、偶然引き抜いた聖剣のせいで、あろうことか「災いを招いた」と責められて理不尽に村を追放される。

 また『ブレス オブ ファイアII』の主人公リュウにいたっては、街の人々や父親、妹の記憶から自分の存在が綺麗さっぱり消え去っており、文字通り居場所を失って外の世界へ放り出されるという、なかなかにトラウマ級のスタートだった。

 理不尽な逆境から這い上がり、見返してやる――そんな物語が持つ圧倒的な爽快感やカタルシスは、いつの時代も私たちをワクワクさせてくれる最高のエンターテインメントだ。


 さて、翻って私自身の人生についてである。

 ここ数年の歩みを振り返ってみると、ある意味「追放系」のテンプレートだったりする。


 若い頃には、文字通りのガチ追放――つまり「思ったより役に立たなかったから」という理由で解雇されるという、ほろ苦い経験も味わった。

 そして直近の数年間もまた、ある施設で寝る間も惜しんで必死に働いていたのだが、組織の人間関係や方向性の違いなど、まさに「色々あって」、最終的には追放に近い形での依願退職を余儀なくされた。

 尽くした場所から弾き出される瞬間というのは、ゲームの主人公のような劇的なものではなく、ただただ理不尽でじっとりとした悔しさが胸に残るものである。


 物語であれば、ここからチート能力の発現となるわけだが、現実の私は魔法が使えるわけでも、伝説の武器を持っているわけでもない。

 ただ生きていくためにもがき、流れるように現在の会社へと就職した。


 新天地では、最初から大暴れするような真似はせず、周囲の様子をじっくりと観察しながら、これまでに泥にまみれながら培ってきた経験を少しずつ小出しにして、淡々と働いていった。

 すると、どうだろう。

 気がつけば、入社からわずか2年ほどで「施設長」というポジションを拝命してしまったのである。


 ネット小説の主人公のように、一瞬で領地を発展させるような「オールマイティなチート能力」を発揮したわけではない。

 むしろ、普段の私は割とすっとぼけることも多いし、完璧な超人からは程遠い。

 ただ、私には強力な武器が一つあった。それは自分自身が長い間「現場のたたき上げ」として泥臭くキャリアを積んできた、という事実だ。

 

 現場で身を粉にして働く職員たちが、日々どんな理不尽に耐え、どんな気苦労を抱えているのかは、痛いほどよく分かる。

 それと同時に、組織を動かし責任を背負う上長たちがどのような視点で物事を見ているのかも、今となっては何となく理解できてしまうのだ。

 この「下からの目線」と「上からの目線」の双方を肌感覚で持てていることが、中間管理職でありトップでもある施設長という現在の立ち位置において大きなアドバンテージになっているのかもしれない。


 更に客観的に自己分析してみると、ネット小説のような派手なチートで はないものの、長年の泥臭いキャリアで培った「二つの固有スキル」が、結果として私を支えていることに気づく。



 一つは、高齢者対応における「引き出しの多さ」だ。

 こればかりは、他の職員と比べてもレベルが違うという、ちょっとした自負がある。

 認知症の症状や、一見すると理不尽に思える行動の裏にある、利用者様の「言葉にならない訴え」。

 それを汲み取り、その場が丸く収まる最適なアプローチを感覚的に選択できる。すっとぼけた顔をしながらも、手練れの職人のように、相手の心にスッと入り込む対応ができるのは、これまでの現場で修羅場をくぐってきたからに他ならない。


 もう一つは、リスク管理における「嗅覚」である。

 現場の職員から「こんなことがあって……」と何気ない話を聞いただけで、大体どこに危険が潜んでいて、どこに気を付けるべきかがピンとくる。トラブルの芽が小さいうちに「ここはこう指示を出しておこう」と的確に先手を打てるため、今のところ致命的な事故や炎上を防げている。


 これらは決して、生まれ持った特別な才能ではない。

 かつて私を追放したあの理不尽な環境の中で、必死にもがきながら身に付けた、いわば「かつての戦利品」なのだ。


 こうして新天地で自分の役割を果たしていると、不思議なもので、かつて私を追放した過去の登場人物たちの「その後」が、向こうから風の便りに、あるいは直接、私の元へと舞い込んでくるようになった。

 最近、昔の元同僚や上司たちに会う機会がにわかに増えてきたのだ。


 近況を聞けば、組織の改編で降格されたとか、別の場所に転職したとか、決して順風満帆とは言えない話も耳にする。

 中には、現役時代に私にガチで破滅的な仕事を押し付けてきた、あの厄介な先輩職員の悲惨な現状を聞くことさえある。


 ネット小説の文脈であれば、ここで「ざまぁみろ!」と叫び、復讐劇のクライマックスを迎える場面だろう。

 しかし、現実の私の胸に湧き上がるのは、そんなドロドロとしたカタルシスではなかった。ただ純粋に、「そうか、それは大変だな」と、まるで遠い異国の出来事を聞くように、客観的な感想が浮かぶだけなのだ。


 私にとって過去の理不尽は、すでに完全に「過ぎ去った経験」にすぎない。「こんな人がいたな」「あの時は大変だったな」と振り返ることはあっても、そこに執着や恨みといったエネルギーは残っていない。


 実はつい最近も、当時の元同僚が数人、私が施設長を務めるこの場所に面接を受けにやってきた。

 結果から言えば、私は彼らを全員落とした。

 だが、断じて言っておくが、これは過去の恨みによる意趣返しなどではない。

 私の見た目が当時から大分変わっているせいか、相手はこちらが「かつて追い出した人間」であることすら気づいていない様子だったが、私はただ、採用担当者として至極当然の理由で彼らをふるいにかけただけだ。


 面接の場で前職の恨み言ばかりを並べ立てる者。

 お金に汚く、異性関係でよく問題を起こしていた過去が透けて見える者。

 この仕事の根幹であるはずの「認知症への理解」が、驚くほど低いままの者。

 あるいは、私の目の前で、明らかに経歴の一部を詐称して取り繕っている者――。


 不採用にしたのは、純粋に「この人たちを、うちの大切な利用者様に関わらせたくない」という、施設長としての至当な判断からだ。

 そこに私情や報復の念が挟まる余地は一切なかった。


 フィクションの世界で描かれる、悪役を徹底的にやり込める「ざまぁ」の爽快感は最高だ。

 けれど、現実を生きる私たちが体験できる最も快適な結末は、「相手のことなんか、本当にとことんどうでもよくなる」という境地なのかもしれない。


 終わったことをいつまでも根に持ち、嫌いな相手を心の中にいつまでも同居させて貴重なエネルギーを消耗するなんてあまりにも馬鹿々々しい。

 終わったことをいつまでも根に持ち、嫌いな相手を心の中にいつまでも同居させて貴重なエネルギーを消耗するよりも、目の前の生活を充実させる方がずっと有意義だ。

 わざわざ相手をやり込めて、その後の余計な気苦労を背負い込むのも少し格好悪い。


 私の「追放系」ストーリーに、派手な無双や復讐劇はない。

 ただ、かつて私を理不尽に追い出した人々のことなど綺麗に忘れて、新天地で大切な利用者様やスタッフに囲まれ、自分のスキルを淡々と発揮している。


 フィクションのような劇的な大逆転劇ではないけれど、これこそが、現実世界における「追放系」のいちばん真っ当で、いちばん贅沢な幸福なのだと思っている。

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― 新着の感想 ―
>私の見た目が当時から大分変わっているせいか、相手はこちらが「かつて追い出した人間」であることすら気づいていない様子だったが そんなに見た目って変わるものですか!? それはそれで何だか凄いですと想像…
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