それ、初期装備だろ?
街の昼は、騒がしい。
露店の呼び声。
人の流れ。
金属の擦れる音。
青年は、俺を腰に下げたまま歩いていた。
――ぶつかる。
「おい」
低い声。
その瞬間。
俺は、分かった。
声。
立ち位置。
無駄に大きな態度。
忘れるわけがない。
――最初の勇者だ。
この世界で、
最初に俺を握った男。
俺を“初期装備”と判断し、
銀貨三枚の価値で見切りをつけた張本人。
視線が、俺に落ちる。
……ああ。
その目。
値段表しか見ていない目。
持ち主の手すら見ていない目。
胸の奥が、
ほんの少しだけ、ざわついた。
青年は、ただ驚いた顔で男を見る。
「……?」
周囲が、わずかにざわつく。
「見ない顔だな」
勇者は青年を一瞥し、
そのまま俺に視線を戻す。
そして、鼻で笑った。
「まだそんなの使ってんのかよ」
「訓練用のショートソードだろ?」
指先で、俺を指す。
「売れば銀貨三枚」
「初期装備なんて、そんなもんだ」
青年は一瞬、
俺と勇者を見比べた。
そして、少し考えるように間を置く。
「……え?」
「まぁ、初期装備……ですね」
あっさり。
拍子抜けするほど、素直に。
否定は、しなかった。
最初は、確かにそうだった。
青年も、それは知っている。
だが。
今は、違う。
そして――
それを、わざわざ説明する理由もない。
勇者は満足したように鼻を鳴らし、
興味を失った視線で通りの先を見る。
……相変わらずだ。
覚えているのは、
俺だけだ。
最初に握られ、
あっさり捨てられたことも。
そして今。
その“初期装備”で、
お前より強くなっていることも。
異変は、音からだった。
――ドン。
地面が、沈むように揺れた。
「魔物だ!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、露店の天幕が裂け、人の流れが逆流する。
通りの中央。
石畳を踏み砕く音と共に、
魔物が姿を現した。
体高は人の倍。
分厚い前脚。
鈍く光る外皮。
遅い。
だが、重い。
勇者は、一歩前に出た。
「……ちっ、ちょうどいい」
剣を抜く音。
軽い。
軽すぎる。
「見とけよ。勇者様の仕事だ」
周囲を見ない。
逃げる人の動線も、
魔物の足運びも。
――正面。
それしか、頭にない。
勇者は踏み込んだ。
魔物の前脚が、持ち上がる。
振り下ろし。
――ゴンッ。
剣で受けた。
受けた、はずだった。
「……っ!」
金属音が潰れる。
衝撃が、腕を通って肩まで突き抜ける。
体勢が、崩れた。
勇者の足が、一瞬遅れる。
その遅れを、
魔物は逃さない。
横薙ぎ。
盾が間に合わない。
――鈍い音。
勇者の体が、
石畳を転がった。
「が……っ」
息が、続かない。
起き上がろうとする。
だが、手が震える。
装備が、安い。
防御が、足りない。
なにより。
助けを呼ぶ判断が、なかった。
魔物は追撃しない。
ただ、
興味を失ったように視線を外す。
動かなくなった相手は、
敵ではない。
ここには敵はいないと判断したのか、そのまま森のほうに去っていった。
勇者は、仰向けのまま空を見る。
何かを言おうとして――
声にならなかった。
数秒。
それだけだった。
騒ぎが、静まる。
人々は、
倒れた男に近づかない。
勇者の剣が、
石畳に落ちている。
誰も拾わない。
……ああ。
やっぱり。
勇者という肩書きは、
命を守ってはくれなかった。




