届かなかった距離
森に入った瞬間、空気が変わった。
湿った匂い。
踏みしめた土が、やけに柔らかい。
青年は、足を止めた。
「……いる」
低い声。
俺は、鞘の中で僅かに震えた。
前方で、葉の擦れる音。
遅れて、影が動く。
一体。
小柄だが、腕が長い。
目が合った瞬間、魔物が地面を蹴った。
――速い。
青年は半歩引き、俺を抜く。
ヒュッ、と空を切る音。
斬撃が、魔物の肩口を裂いた。
硬い。
骨に当たる感触。
魔物は悲鳴を上げて転がるが、倒れない。
背後。
別の気配。
青年は振り返りながら踏み込む。
無理な体勢。
それでも、俺は振られる。
ザクッ。
魔物の胴が裂け、倒れる。
だが――
息をつく暇はない。
右。
左。
枝が折れる音。
囲まれている。
青年の呼吸が、早くなる。
俺の柄が、汗で滑った。
ドンッ。
魔物が突進してくる。
青年は、正面から受けた。
ガキン。
衝撃が腕に走り、ジリジリと痺れる。
一瞬。
動きが、止まった。
その隙。
横から、爪。
俺は――
間に合わない。
肉が裂ける音。
青年が、息を呑む。
「……っ」
踏み出そうとして、足がもつれた。
血が、ボタボタと地面に落ちる。
それでも。
青年は、倒れない。
俺を振る。
半回転。
無理やり。
刃が、魔物の首に食い込む。
倒した。
だが――
足が、動かない。
膝が崩れる。
地面に、片手をつく。
呼吸が、追いつかない。
俺は、必死に振られる。
もう一体。
斬って、倒す。
だが、視界が揺れる。
最後。
背後に、気配。
分かっていた。
分かっていたのに。
――届かない。
衝撃。
背中に、
重いものが当たった。
吹き飛ばされる。
肺から、空気が抜けた。
青年は、前に倒れる。
俺は、その手から離れず、
一緒に地面に落ちた。
土の感触。
血の匂い。
魔物たちは、
しばらく周囲を警戒し――
やがて、散っていった。
静かになる。
青年の呼吸は、浅い。
短い。
空を見上げている。
雲が、
ゆっくり流れる。
「……悪いな」
小さな声。
指の力が、
抜けていく。
そして――
動かなくなった。
俺は、
血の上に残された。
表示は、まだ出ない。
何も、起きない。
ただ。
戦いが、
終わっただけだ。




