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【短編小説】ひなだん

掲載日:2025/12/18

 三月になってもまだ寒い日は続いていて、わたしは母に手を引かれながら祖母の家に続く石段を上りきったところだった。

「お母さん、あの大きなお雛様はどうして飾らないの?」

「大きなお雛様?そんなもの、どこあるのよ」

「お外にあるよ、階段のところ」

 わたしが何かを置き忘れたと思ったのか、母は石段を覗き込んだ。

「無いわよ、そんなお雛様」

 不思議そうな顔をする母親の後ろに、綺麗な和服を着た女のひとが立っているのが見えた。

 じゃあ、あれは何なのだろうか。




 どん、と背中に何かがぶつかって、ぼんやりとした記憶から呼び戻された。

 三寒四温とは言え夜になると厭に冷え込む。

 長いプラットフォームを通過列車に引きずられるみたいに吹く三月の冷たい風に、大韻震 洗子は大きなため息をついた。

 目の前に立っていたサラリーマン風の男が驚いて振り向くくらいだったようだ。

「すみません」

 大唇院 洗子は小さな声で謝ってから、またうんざりとした表情に戻った。



「たまには実家に帰ってきなさいよ」

 そう言う母親に何のかんのと言い訳をして先延ばしにし続けてきたが、それも限界の様だった。

 結局、金曜日の仕事終わりに実家へと向かう電車に乗ろうとしている。

 今ならまだ間に合うんじゃないだろうか?

 急な仕事とか、と考えて頭を振る。

 厭な事を先延ばしにしても、それが澱となって精神が淀んでいく。



 迷っている間に電車はホームに滑り込みドアが開いて乗客たちを飲み込んでいく。

 仕方がない、大韻震 洗子は再び背中を突き飛ばされるようにして電車に乗り込んだ。


 別に実家に帰ると言うイベントが厭な訳では無い。

 親に会うのも、そこまで厭ではない。

 相変わらず独身であるとか仕事はどうなのだとか、お決まりの会話も馴れてしまえば天気の話をするようなものだ。

 細かい事を気にした方がかえって良くない。

 それに、単なる会話も親孝行と言える年齢になってしまった。

 大韻震 洗子が厭なのは実家に帰ること、もっと言えば実家の前にある石段を登ると言う事だ。


 電車を乗り継いで、地元の駅に着いた頃にはすっかり夜になっていた。

 大韻震 洗子が駅の階段を下りて小さな商店街に入ると、街灯に設置されたスピーカーからひな祭りの音楽が流れているのが聞こえた。

 別に明るいメロディーでもないのにな、と思う。

 それでも個人的にはクリスマスよりも厭な気持ちになった。

 大韻震 洗子は商店街を抜けてすぐの坂を下り、しばらく歩いたところにある自宅前に着いた。

 遠目には、いつもと変わりない自宅。

 その窓には電気が灯っている。



 だが、と大韻震 洗子は思う。

 自宅の前にある階段を見上げると、そこに並んでいる和服姿の女性たちがこちらを見ている。



 幼い頃にみたそれは大きな雛人形なんかでは無かった。

 階段の一番下には、去年無くなった祖母が立っている。

 もちろん、綺麗な和服を着て。

 その一段上にはずいぶん昔に亡くなった曾祖母が。

 さらにその一段上には、仏間の写真で見た事のある女性が。

 さらにその上にも、その上にも、その上にも、その上にも。


 長い階段の上までずらりと和服姿の女性が並んでいる。

 そしてその全員が大韻震 洗子を見ていた。

 大きく息を吸って、細長く吐き出してから大韻震 洗子は踏み出して階段を登った。

 祖母にも曾祖母にも目を合わせないように、まっすぐ前を見ながら。

 それでも視界の端には自分を見つめる祖母たちが入る。


 いつか自分もあの列に加わるのだろうか。

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