竜族の番が、人族? それは……
手慰み数弾であります。
困惑、恐怖を通り越し、開き直って新作に取り組むことにいたしました。
楽しんでいただければ、幸いであります。
竜王の息子の一人、第五王子の番が世を去って数年。
その番が、再びこの世に生まれた。
本来は同族の間のみで引き合うが、稀に第五王子のように全く別種を番としてしまう場合がある。
その種によって、竜の国に連れてこれない場合があるのだが、今回も問題ないようだ。
前世と同じ、人族の番だったからだ。
相手は人族の国の王の、第三王女。
戦力でも資源力でも劣る人族は、国を盾に取れば簡単にこちらの要求を呑む。
第五王子もそれを承知で、先触れなしに人族の国に侵入したのだった。
本来の姿で城に乗り込んできた竜を、その国の王は緊張した様子で迎え入れた。
何故か待ち構えていたように見えたが、それは全く気にならない。
番である王女が、父親に自分の到来を告げたのだろう。
前世でも、彼女の直感は素晴らしかった。
その直感は、恐怖によるものだったし、恐らくは今回も、恐怖が番の接近を察する要因だったのだろうから、王子としては悲しいが、これは仕方がない。
竜は、この世界で最強と呼ばれる生き物だ。
その竜に嫁ぐことを、人族でなくとも怯える番は多いと聞く。
強いがゆえに、他の獣人族との摩擦を考え、竜族は別種で番が見つかっても、我慢する傾向があったが、一番体の大きさに差がある人族は、比較的穏便に番を連れだせる。
その点では、第五王子の番が再び人に生まれ変わってくれたのは、僥倖と言っても良かった。
だが、城にやってきた竜を待っていたのは、国王夫妻と王太子夫妻、城で働く者たちだけだった。
聞くと既に王女は全員、他国に嫁いだという。
怒りのあまり、竜は城を半壊させて外に飛び立っていた。
頭に血が上ったまま、番の行方を捜すと、山を二つ越えたところにある人の国からその気配を感じ、そこに降り立つ。
突如、降り立った竜に悲鳴を上げる民衆に構わず、王子は番を探した。
そして教会で、まさに他の男と婚姻の儀に臨む、彼女を見つけたのだった。
見つけたっっ。
他には目もくれず近づく竜に、番が身をすくませるのを、その傍に立っていた男が前に出て庇う。
番がその背に隠れ、安堵する様を目のあたりにして、再び頭に血が上った。
こんな男にっ。
竜は勢いよく男を振り払って、そのまま番を連れ去ろうとした。
だが、男を振り払う前に、その頭を掴んだものがいる。
「……なんだ、このトカゲ」
男にしては甲高い声音が響き、同時に掴まれていた頭が乱暴に振り払われ、竜は床に倒れ込んだ。
怒りにまみれたまま顔を上げると、番と男、竜の間にもう一人、男がいた。
恐ろしく背が高い、目つきの鋭い男だ。
明らかに人族ではないその男は、竜を見下ろしながら告げた。
「人族の婚姻の儀に出席するなら、人の姿で参加するのがしきたりだろうが。そんなことすら知らない一族だったか? 竜族というのは?」
睨む竜の代わりに答えるのは、他の出席者だ。
「それは、失礼というものだ。その者が属する国は知らぬが、我々は、人族の知恵を買っている。もし、人族を嫌い蔑む者がいたとしても、この国では大きな顔をしない」
一目で同族と分かり、竜は余裕を取り戻したが、同族であるはずの出席者は、呆れ顔だった。
「聞いてくれっ。彼女は、私の番なんだっっ」
「は?」
明らかに馬鹿にした返しだったが、竜は構わず続けた。
「今度こそ私の子を産み、我が国を繫栄に導くんだっ。知っているだろう? 番との子が、国を豊かにするという言い伝えはっ」
人の姿で礼服に身を包んだ同族は、深い溜息を吐いた。
後ろで別な獣人族の男が、小さく笑う。
少し振り返ってその男を睨んでから、同族は静かに言った。
「何処の竜族の方かは知らないが、教えてもらっていないのか? 竜族の番が、人族の番を持つことは、絶対にない」
目を見開く竜に、はっきりと言い切った。
「それは、ただの夢物語だ」
「……そ、そんなはずはない。私は、番と子を持った。生まれはしなかったが、確かに授かったんだっっ」
竜の叫びに、番がさらに身を縮めた。
恐怖によって、花嫁が怯えてしまっている事態に、教会内の空気が徐々に冷えてきているが、竜は構わなかった。
「何故、夢などと言うんだあっっ」
「あのなあ……あんた、生まれなかった理由、分かってるか?」
同族は、呆れ果てて尋ねた。
「ついでに、前の番とやらの死因、分かってるか?」
その声に、番が顔を上げて何かを言いかけたが、人の姿の竜族は軽く手を振ってそれを止め、続けた。
「卵詰まり、だろう?」
「っ」
「我らは確かに、人族との間に、子を授かることはできる。だがな、自然に生み落としてもらう事は、不可能なんだよ」
何故なら、竜族の血をひいてしまう子は、母体の中で殻を作ってしまう。
人族の子供は、薄い膜だけだからこそ、母体が出産するときに耐えることができる。
勿論、命がけなのはどちらも一緒だが、竜族を含む鳥類の獣人族と契ってしまった人族の出産の際の致死率は、胎生の場合の出産時と比べものにならないくらい多い。
寧ろ、母子どちらも無事だった試しがない。
「腹を切って取り出す技術は、まだまだ未発達だからな。人族でもそうなのだから、我々ではまだ、真似できない」
そこまで言った同族は、ふと思い当たったように竜を見た。
「もしかして、あんたのことだったか? 番と思い込んだ人族を、人妻だったのにもかかわらず連れ去って、竜の国に監禁し飼い殺しにした挙句、産褥死させた竜というのは?」
口を噤んでしまったその行動が、肯定していた。
後ろの男が、納得したように頷いた。
「確か、どこぞの竜族の王子だったな。あの国の王には、父が灸をすえたはずだが。さては、見捨てられたか」
「なっ」
竜族に対する蔑む言葉に、竜は顔を上げて男を睨んだが、男は鋭い目を笑わせている。
竜族からの出席客は、溜息を吐いてその男を竜に紹介した。
「コンドルの獣人族の、第一王子だ。なあ、あんたはまさかまだ、竜族が最強と思い込んでいるのか?」
それも、夢物語だと、同族は言った。
「猛禽類は、我らを餌としか、見ないぞ」
「お前のことは気に入ってるから、心配無用だ」
鳥の獣人の王子は、竜族の客に笑いながら言い、すぐに表情を改めた。
まだ反抗的な竜を見下ろし、告げた。
「諦めることだな。今度この国の王太子妃に近づいたら、命はないぞ」
これで引き下がるくらいなら、ここには来ない。
竜は咆哮した。
結局、ここは変わらないのだなと、王太子は思う。
教会で荒れ狂う竜と、パニックに陥る結婚式の出席客と教会関係者。
震える王太子妃をしっかりと抱きしめたまま、その騒動の最中に王太子はいた。
前の人生では、ここで婚姻したばかりの隣国の王女を、連れていかれた。
そして、その時に自分の命は尽きた。
が、今回は違う。
それだけが、心の支えとなって、竜を見据えることができる糧ともなっていた。
隣国の王女と婚約したのは、数か月前だ。
隣国から相談を受け、父親である国王が王太子である自分に嫁がせればいいと、気楽に引き受けたのが始まりだった。
先の人生では、甘い気持ちでそれに従った記憶がある。
何せ、隣国からの相談は、第三王女である彼女が、前世では竜の番だったと告白したという話から始まったのだ。
人間の自分たちには分からないが、獣人たちを中心に現れる番は、どちらかが生きていれば対の存在は生まれ変わってくると言われていた。
だからこそ、王女の前世の話を信じたし、竜との婚姻は、かなり無理があることは分かっていたため、竜とは敵対関係にある獣人と、交友を結んでいる我が国に相談してきたのは、理にかなっていた。
こちらとしても、様々な待遇を約束してもらったから、この関係は悪いものではなかったし、何よりも王女の事を気に入ったため、王太子妃の教育を兼ねて国入りしてきた王女を快く迎え入れ、数か月後の今日、こうして婚姻にまで至ったのだった。
が、あれだけの対策では、不足だったのだと死の直前に後悔した。
時を巻き戻り、後の事を知る者の話を聞くと、猶更にそう思う。
竜は王太子を死なせた後、すぐに王女を故郷に連れて帰った。
それを追って、我が国と交友関係のあった獣人たちが、かの国に宣戦布告をし、総攻撃に踏み切った。
勝利して王女の救出も成功したが、様々なものを失ったと聞いた。
「……この国の後継ぎは勿論、王女の国も、ほぼ壊滅状態だった」
番を認識した後、あの竜は真っ先に、王女の故国に向かい、所在を聞き出そうとしたようだが、国王をはじめとした城の者たちは口を割らず、それに激怒した竜は、城を全壊させていたのだ。
その崩壊で、城の中にいた者は全滅したのだと、鳥の獣人の王子は苦い顔だった。
「だから今回は、結婚式に参加することにしたんだ」
そう言ったコンドル族は、老衰まで生きて時を遡ったらしい。
王女との婚約式の後に戻った王太子より、数日遅れだった。
隣国の国王と、自分の父も随分前に記憶が湧いたらしく、自分が話に加わる頃には、竜をはねのける計画が、大きく動いていた。
そして、本日。
隣国の国王は、正直に王女の嫁入りを告げた。
それが、城の人間全員を、無事に生かした。
そして、ここでの竜との邂逅の後、暴れまわっていたかの王子は、白頭鷲の獣人のメスに、捕らえられていた。
「……餌って言っても、色々な食べ方が、あるわよね」
そう笑っていたから、竜も王女の気持ちが分かるようになってから、命が尽きるのではないかと、王太子は期待している。
竜族と番のお話なのですが、本当に竜は最高種か? という問題を取り上げました。
確か東洋の言い伝えでは、竜を餌にしていた鳥類の何かがいたと、あった気がするのです。
ここでは分かりやすい猛禽類にしてみましたが……




