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道程  作者: 実川
七 枯れぬ花編
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枯れぬ花編(三)

 城の普請が始まってしばらくして、長年家老として佐竹家を支えていた和田安房守昭為が隠居した。和田とともに家老を務めていた小貫頼久は、秋田に入ってから病死している。小貫の後には川井伊勢守忠遠を和田とともに家老につけていたが、和田の隠居によって家老は川井ひとりだけになった。

 義宣は和田の後任に政光を家老にするつもりでいる。和田の隠居は、家臣の新旧交代のいい機会だった。これからは、義宣の考えを理解できる政光のような人間を家中の重職につけていきたい。時代は戦国乱世ではなくなったのだから、家臣に求められる能力も変わって来ているのだ。

 武辺一筋の武将よりも、検地にたけ、財政に明るく、泰平の世の領国支配を任せられる文官が必要だ。家柄や戦の功績、年齢は関係ない。譜代も新参も関係ない。ただ算用や読み書きの能力に優れていればいいのだ。そして、義宣の思い通りに働けばいい。そんな能力を備えているのは、譜代の老臣たちではなく、新参者の向宣政や政光、憲忠、政景兄弟たちだった。

 だが、譜代家臣たちはそのことが理解できないだろう。府城を築くにあたって、山城でなければならないと主張していたような連中だ。家老は一門か譜代の中から任命されるべきだと思っているに違いない。昔は家柄が重要だったかもしれないが、今は家柄などどうでもいい。能力が最も重要なのだ。そのことを老臣たちに思い知らせるためにも、和田の後任に政光を選ぶのは適当と思われる。何より、政光には家老に相応しいだけの能力がある。

「内膳、和田昭為の後任に、お前を家老にするつもりでいる。お前と折り合いが悪い伊勢と二人では苦労もするだろうが、俺のためと思って励んでほしい」

「殿のご信任、身に余る光栄にございます。しかし、私はまだ若輩者。とても家老は務められませぬ」

 政光を呼び出して義宣の考えを伝えると、政光は声を震わせて額を畳にこすりつけた。確かに、政光は義宣よりも四歳若い三十歳だ。家老にするには若すぎるのかもしれない。だが、家中には若い力が必要だ。義宣も若い。家老が若くても問題はない。それに、政光は義宣が政光を家老にしようとする意図を理解しているはずだし、出世に興味があるはずだ。政光が辞退しようとするのは、一門や譜代に遠慮しているからだろう。

「お前は老臣たちに遠慮をしているのかもしれないが、俺はそういうところも改めていきたいと思っている。力のある者が家中の要職について何が悪い。内膳、これ以上は何も言うな」

「はっ。ありがたくお受けいたしたく存じます」

「よし。では、そのつもりでいろよ」

 義宣にここまで言われて断れないと思ったのか、政光ははっきりと頷いた。声は震えていたが、義宣を見上げ顔は晴れ晴れとしていて、自分の能力を評価されたことを誇りに思っているようだった。その顔を見ると、義宣も政光を家老にすると決めてよかったと思えた。

 やはり、これからは若い力の時代だ。まずは政光を家老に任命し、少しずつ一門や譜代の力をそいでいけばいい。義宣の国づくりは始まったばかりだ。


 和田昭為が家老職を退いて以来、家中では次の家老は渋江政光ではないか、と噂されていた。義宣の政光の寵愛ぶりを見る限り、それもあながち嘘ではないかもしれない、と思えてくる。この噂がまことになるのだとしたら、川井は我慢ならなかった。

 なぜ浪人上がりの渋江政光が自分と同じ家老になるのだ。所詮は小山氏家臣の家系の小僧に過ぎないというのに、この名門佐竹家の家老になろうとしているとは。義宣は何を考えているのだろう。

 政光は小山氏旧臣である荒川家の出身で、父親とともに諸国を放浪した後、同じく小山氏旧臣であり義重に仕えていた渋江氏光の縁を頼りに常陸へやって来た。その後、人見藤道の推挙で義宣に仕えるようになったのだ。義宣に拾われなければ、今頃はどこかで父子ともども野垂れ死にしていたに違いない。政光はそんな卑しい者なのだ。義宣は、そのことを忘れてしまったのだろうか。最近は、川井に何かを相談するということも少なくなっているような気がする。

「和田殿の代わりに渋江内膳が家老になるという噂は、どうやらまことのようだ」

「何だと? それでは、まるで家中に人がいないようではないか」

「まことその通りじゃ。あのような浪人上がりの新参者を家老にせねばならぬほど、家中には使える者がいないとお屋形様はお思いなのか」

 川井のもとには、政光に対して不満を抱いている大窪長介や野上刑部左衛門、小泉藤四郎らが集まっていた。川井は大窪らの話に耳を傾けながら、大きく頷いた。

「それに、内膳のあの思いあがった態度は何なのだ。府城をどこに定めるかと話し合った評定のことを覚えておるか?」

「もちろんよ。あやつ、美濃殿に向かって賢しら口を叩きおって。何と無礼な奴じゃ。お屋形様はなぜ、あやつのあのような態度をお許しになるのかのう」

「まったくだ。それだけではない。内膳のわしたちを見る目。わしらを見下しておったではないか」

「おう、そうだ。内膳め、許せぬ」

 政光に対する不満は、尽きることがなかった。政光は独善的で、一族や譜代を見下している。義宣の寵を笠に着て、好き放題にしているのだ。譜代家臣で政光を嫌っていない者はいないくらいだった。

「もしや、お屋形様は内膳にたぶらかされておられるのではないか?」

「何だと?」

 川井がぽつりと呟くと、大窪らは目を見開いて川井を見た。だが、しばし考え込んだ後、川井の言葉に思い当るところがあったのか、神妙に頷いた。川井は政光が家老になるという噂が流れる前から、義宣は政光にたぶらかされているのではないか、と思っていた。義宣が一門や譜代を軽んじるようになったのは、政光がそばに控えるようになってからだ。

「考えてもみよ。お屋形様は関ヶ原の折、石田方につくとご決意なさった。わしらが必死に徳川方につくべきとお諌めしたにもかかわらずな。あの評定の席で、石田方につくべきだと主張したのは誰だ?」

「思い出した。内膳じゃ。内膳が石田方につくことを声高に主張しておった。そして、お屋形様は石田方につくとおっしゃったのだ」

「ふむ。府城を定める際の評定でも、お屋形様は我らの意見には耳を貸さず、内膳の意見を採用なさった」

「では、内膳のせいで常陸から秋田に移ったようなものではないか」

 畳を叩いて大窪が立ち上がった。小泉も野上も、怒りに震えていた。川井も憤りを隠せない。政光が悪いのだ。政光が義宣の耳もとでよからぬことを囁き続けているに違いない。そうでなければ、義宣が譜代の功臣をないがしろにするはずがない。川井らが義重の代から、いかに佐竹家のために働いてきたのか、義宣は忘れていないだろう。

「やるしかないか」

 野上が呟いた後、静寂が訪れた。四人は目と目を合わせ、静かに頷き合った。こうなっては、もう内膳を殺すほかに道はない。

「だが、内膳を殺せば、我らもただではすまないのではないか?」

「いや、わしらはお屋形様の目を覚まさせるためにやるのだ。お屋形様も内膳さえ消えれば、分かってくださる」

「左様、左様」

「内膳のほかにも殿が側近く置いている梅津主馬はもともと尻奉公で出世した卑しい者じゃ。その兄の半右衛門は、一門の真崎孫三を殺した男ではないか。梅津兄弟がのさばっているのも、内膳がお屋形様をたぶらかしたからに違いない。内膳を殺せば、自然とあの兄弟も失脚するだろう」

「お屋形様のためにも、奸臣渋江内膳を殺す。やるしかない」

 川井ら四人は政光を殺すことを決めた。和田昭為の甥にあたる野上は、昭為にこのことを告げたそうだが、昭為は古来の風未だ休まず、と笑っただけだったという。笑いごとではない。こちらは本気で政光を殺すと決意したのだ。政光は佐竹家を脅かす存在だ。殺すしかない。

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