枯れぬ花編(二)
伏見を出立し、須賀川で祥と合流してから義宣は秋田を目指して進んでいた。秋田への道中、目に入るのは山ばかりで、気が滅入ってくる。人の住みよい土地はあるのだろうか。秋田の領内も山ばかりで、人が住み、米を作ることのできるような土地はないのかもしれない。
院内峠を越えれば、眼下に新たな領地を見下ろすことができるはずだが、院内も山ばかりで、人影は少ない。義宣の口からはため息しか出なかった。
「新たな領地は山ばかりか。俺は最近、山しか見ていないような気さえする」
「そう気落ちなさらないでくださいませ」
義宣のそばに控える政光が、義宣を慰めるように声をかけてきたが、未知の土地で山ばかり見ていれば、落胆するのは当然だろう。
「殿、山は国の宝にございます。山があるということは、木材が豊富ということ。山の恵みを手にすることが可能なのです。山の衰えは国の衰えと、私は考えます。それを思えば、秋田は宝に囲まれているようなものと存じますが」
「なるほど、山は国の宝。山の衰えは国の衰えか。内膳、いいことを言うな」
政光は目の付けどころが違う。義宣や老臣たちには考えつかないような発想を持っている。確かに、政光の言う通りなのかもしれない。山は国の宝。そう思えば、山ばかりというのも悪くない。山を利用した生き方もあるだろう。
院内峠を越えると、目の前には秋田の湯沢という地域が広がっていた。領内は山しかないのだろうとばかり思っていたが、湯沢は平地が広がっていて、米を作ることのできそうな良い土地だった。秋田もそう悪くはないようだ。気持ちが少し軽くなった。
九月に入り、ようやく義宣は土崎の湊城に入ることができた。湊城はもともと秋田を治めていた秋田氏の居城だが、その規模も防備も水戸城や太田城には及ばない狭小の平城だった。これでは、家臣たちを収容することなどきそうにない。院内を越えてから少しは希望を持つことができたのだが、義宣は再び不安と失望を胸に抱いた。
湊城は海岸に非常に近い平城で、城域も狭く、防御が薄い。あまりにも海に近すぎて、高波がやってきた場合、その波にのまれてしまうのではないか、と思うほどだった。陸の防備も手薄で、とても佐竹の府城にはできない城だ。
秋田氏は水軍を率い、海とともに戦国の世を生き抜いてきた一族だと聞いている。湊城は海とともに生きる秋田氏には都合のいい城だったのだろうが、佐竹家はこの城では生きていけない。海運は魅力的だが、秋田氏のような精強な水軍を持たない佐竹家にとっては、湊城はただ海に近すぎるだけだった。
それに、反佐竹の一揆が起きる可能性は高い。一揆に備えるためにも、早急に新しい府城を築く必要がある。一揆に備えて、弟たちや一門衆は支城に配置し、守りを固めている。
だが、しばらくすれば雪が降る。初めて経験する雪国の冬だ。雪で身動きは取れなくなるだろう。築城は雪解けを待ってからだ。その間に、どこに府城を築くか決めておかなければならない。どの地が相応しいかは、政光に調べさせている。政光ならば、義宣の意図をくみ取った土地選びをするだろう。
湊城の櫓に登り、義宣は荒れる海を眺めていた。祥とともに常陸の梅を見よう、と言った約束は守れなかった。だが、秋田の梅も常陸の梅も、梅に変わりはない。そう思うようにしていたが、同じ海でも常陸の海と秋田の海は違う。空も違う。秋田は、空も海も暗く重い。日中も雲が多く、あまり日の光を見ることがない。そのことを嘆くわけではないが、やはり秋田は常陸とはまったく違う土地なのだと思い知らされた。
日が暮れてから、義宣は久しぶりに祥のもとへ足を運んだ。狭い湊城では、祥も苦労しているだろう。須賀川で養母の阿南を亡くしてから、しばらくは気持ちが沈んでいたようだが、今はいつも通りの祥に見える。
「祥、すまなかった。約束を果たせなかった」
「いいえ。秋田の梅も、梅に変わりはありません。それに、もうすぐ雪が降るでしょう? 雪見も悪くはないと思います」
「そうか。お前にそう言われると、俺も気持ちが明るくなるよ。秋田は分からないことばかりだ。雪もどれだけ積もるのか分からないし、寒さもどれだけ厳しいことか。常陸とは、まるで違う」
家臣の人数も減った。常陸に置いてきたものは多い。何もかも変わってしまった。
「けれど、人は変わらないでしょう? 義宣さまは義宣さまのままだし、わたしはわたしのままです。それに、土地が変わったからこそできることも、あるのではないですか?」
「祥の言う通りだ。秋田は常陸と違い、これから俺が城を築き、城下を一から作り上げなければならない。俺の考えを反映させた国づくりができるんだ。これで、今まで変えられなかった古い佐竹を変えることができると、俺は思っている。秋田に遷されてよかったことは、そこだな。俺の思う通りに、家も国も作ることができる」
義宣の側近たちは、秋田移封をむしろ喜んでいるのかもしれない。土地が変わったことで、自分たちの力を存分に発揮することができる。義宣も浪人出身の側近たちを生かすことができる。
「しばらくは不便な生活が続くだろうが、辛抱してくれ」
「義宣さまがいらっしゃるのならば、わたしはどこでも構いません。義宣さまの思い通りの国作りができることを、わたしも祈っております」
「ああ。俺もそれが楽しみだ」
本格的に雪が降り始める前に、政光は府城を築くのに相応しい土地を選び出していた。政光が候補に挙げたのは、寺内山と神明山の二か所だった。どちらも土崎湊から近い土地だ。政光が選んだ二か所を義宣も実際に検分した結果、義宣は神明山を府城に決めた。
神明山は山という名はついているものの、山というよりは丘といったほうが相応しいような、平地にある丘陵だった。東部には南北に断続する広大な沼沢地が広がっており、人は容易に通行できない。つまりは、攻めにくいということでもある。北から西には仁別川という川が流れており、その流れを変えて堀に利用すれば、城を堀で囲んで防備を固めることができる。港町である土崎湊にも近いため、海運も利用することができる。海を利用して物資を運ぶことが秋田を潤わせることになる。だからこそ、秋田氏は湊城を本拠にし、海とともに生きていた。そして何よりも、神明山のある窪田は領内のちょうど中心に位置している。領内にくまなく目が届きそうだ。
水運を利用でき、防備も万全、領内統治にも都合がいい。徳川の世となり、戦も起こりそうにない泰平の世では、山城など不便なだけだ。神明山以上の候補地は、義宣には思い浮かばなかった。政光はよく義宣の意図をくみ取り、候補地を選んだものだ。
それに、秋田氏は窪田にまったく手をつけていなかったようで、窪田は寂しい寒村だった。それがかえって義宣には都合がいい。義宣の思った計画通りの城下町を整備することができる。
府城の候補地が決まり、義宣は評定を開いた。義宣の独断で決めたいところだが、譜代の家臣たちの同意を得ずに、義宣と政光だけで決めてしまっては、政光が恨まれてしまうだろう。父の意見も聞かなければならない。
評定の場では、義宣はあくまでも家臣たちの意見が聞きたい、ということにして、窪田を候補地に選んだ理由を政光に説明させた。だが、譜代の老臣たちには義宣と政光がなぜ窪田を選んだのかが理解できないようだった。神明山は堅固な山城を築くには不向きな丘陵であるし、窪田は寒村で米が多く収穫できそうにはない。海に近いことに何の利益があるのか。そんなことを言っている。
「お屋形様、それがしは金沢城を府城にすべきと存じます」
「金沢城だと?」
政光の説明に納得できなかったのか、梶原美濃守が声を上げた。金沢城は、確か仙北の山城だったはずだ。今後、山城がいかに活用されるというのだ。それに、金沢は西すぎる。仙北を治めることができたとしても、秋田や北の檜山まで義宣の目が届かなくなってしまう。
「はっ。金沢は佐竹家の祖先、新羅三郎義光公が戦われた地でもありますし、これから普請をすれば堅固な山城が築けましょう。湊へ参る道中、仙北では田畑も多く目には入りました故、米も多く取れるものと存じます」
「美濃殿、それは素晴らしい案じゃ。わしも美濃殿に賛成いたしますぞ」
梶原の考えに、川井伊勢守忠遠が同意した。川井が同意すると、次々にほかの家臣たちも梶原の考えに同意し始めた。その様を見て、政光は呆気にとられていた。なぜ義宣と政光の考えが理解できないのか、それが不思議でならないのだろう。
山城に米。戦国の世を生き抜いてきた老臣たちには、それが一番大切なことなのだろう。だが、これからは違うのだ。戦国の世は終わった。世は変わっていく。佐竹家が常陸から秋田に遷されたように、何もかも変わっていくのだ。
祥は、人は変わらないと言っていた。祥が言っていたのは、どこにあったとしても自分も義宣も変わらない、ということだったが、確かに人は変わっていなかった。目の前にいる老臣たちは、戦国の頃から何も変わっていない。この老臣たち、古い家中を変えるためにも、義宣は窪田に府城と城下町を築きたいのだ。
「お言葉ですが、美濃殿」
「何じゃ、内膳?」
「金沢はあまりに西すぎます。また、山海の利あるところではありませぬので、府城にはなしがたいでしょう」
「何を言うか。お前の選んだ窪田は、なるほど地の利はあろう。だが、左様な丘に城を築いては、武威が衰えるというものよ」
なぜ窪田に城を築いて武威が衰えるというのだ。義宣は頭を抱えたくなった。政光は何を言っても通じない老臣たちに、すっかり呆れかえっているように見える。
一旦評定を終え、父に相談してみた。父は横手城を府城にするべきだと考えていたようだが、政光の話を聞き、義宣がそこまで考えて窪田を選んだのならば、義宣の好きにするべきだ、と考え直したらしい。
「わしも年を取ったものだ。どうしても、山城がいいと思ってしまう。美濃たちの気持ちが分かるのじゃ。だがな、お前と内膳の考えも分からないでもない。わしには理解できないが、それが新しい国の在り方というものなのだろう。若い者たちの好きなようにするといい。この国の主はお前だ、義宣」
「ありがとうございます、父上」
父に好きなようにしろと言われて、義宣は決めた。最初から、義宣は神明山と決めていたのだ。今更考え直す必要はない。神明山以上の候補地はない。
翌日、再び評定を開き、義宣は窪田の神明山に府城を築くと宣言した。金沢城をおしていた川井は、政光を憎々しげに睨みつけていたが、政光はまったく気にしていないようだった。
府城の普請奉行には、神明山を選んだ政光と、金沢城をおしていた梶原美濃守を任命した。梶原を普請奉行に任命したことで、金沢城をおしていた老臣たちにも気を配ったつもりだ。梶原が普請奉行となり、川井たちも少し安心したようだった。
秋田での初めての冬を越し、雪が解けた五月から本格的な普請が始まった。いよいよ、秋田での義宣の国づくりが始まったのだ。その間に家康は征夷大将軍となり、江戸に幕府を開いた。佐竹家だけではなく、天下も新たな一歩を踏み出していた。




