多賀谷の姫編(八)
常陸はすべて没収。羽州へ国替えとは、一体どこへ行くことになるのだ。義宣だけではなく、兄弟や与力の相馬まで領土没収。しかも、替地が与えられるのは義宣だけだ。
もしかしたら、国替えもあるのかもしれない。だが、咎めがないのかもしれない。長い間、不安と期待の狭間で義宣の考えは揺れていたが、目の前に突き付けられた現実は、想像以上の衝撃だった。
だが、決まったものは仕方がない。ここで見苦しい姿を見せることは、佐竹の当主としての誇りが許さない。義宣は従容として榊原康政に礼をした。
「私にとかくの意趣はございません。すべて、内府様の賢慮次第にございます」
榊原康政は羽州に国替えということだけを告げると、帰ってしまった。羽州と言っても、出羽は広い。どこに替地が与えられるのか、石高はどれほどなのか、それが分からなければ家臣をどれだけ連れて行けばいいのか分からないし、国を明け渡す準備も進まない。
それにしても出羽とは。その出羽の中でも、辺陬の地を与えられるに違いない。父祖伝来の常陸を失い、そのような僻地に移るなど、祖先にも父にも顔向けができない。義宣の代で佐竹家の威光は地に落ちてしまった。これからは小大名になり下がってしまうのだろう。己が情けなく腹立たしい。当主として、領主として果たすべき責任を何も果たせてはいない。
だが、いつまでも腹を立てているわけにもいかなかった。まずは、領地をすべて没収された弟たちと相馬義胤の今後について話し合わなければならない。盛重も貞隆も義胤も、義宣の上洛に合わせて上洛している。義宣は伏見の佐竹屋敷に三人を呼んだ。おそらく、三人のもとにも家康の使者が訪れ、領地没収のことは聞いているだろう。
「俺がいたらないばかりに、皆にも迷惑をかけてしまった。申し訳なく思っている」
集まった三人に頭を下げると、盛重と義胤は義宣に顔を上げるように言ったが、貞隆は腕を組んで黙り込み、じっと義宣を睨んでいた。
「特に相馬殿は、佐竹家の与力大名というだけでこのような処分となってしまい、申し訳ない。私の替地も石高もまだ分からないのだが、新しい国で相馬殿に一万石を用意したいと思う。いかがだろうか?」
「佐竹殿のお気持ちはありがたい。しかし、相馬は相馬で、何とか生き延びてみせましょう。これから、内府様に掛け合ってみるつもりです。どうか、私のことはお構いなく」
義宣は相馬家が領地を没収されたことに責任を感じて、替地で一万石を相馬家のために分けたいと思ったのだが、義胤にそう言われてしまうと、それ以上は何も言えなかった。義胤は家康の使者と会うために、相馬屋敷へ帰ってしまった。残っているのは、盛重と貞隆だ。
「お前たちにも悪いことをした。俺は、羽州に遷されてもお前たちの面倒を見るつもりだ。望みがあるなら、言ってくれ」
「では、私は兄上の家臣として、羽州へお供したいと思います」
「盛重、それでいいのか?」
「はい。もともと蘆名は、とうに滅びていたはずの家なのです。太閤殿下が江戸崎に所領をくださいましたが、私はずっと父上と兄上ののお世話になってきた身。これからは、一家臣として佐竹宗家のために力を尽くしたく存じます」
「分かった。ならば、盛重は宗家の家臣として迎えよう。だが、お前と宣家は別格だ。ほかの家臣たちとは違う待遇をする。それでいいだろうか?」
「兄上がそれでよろしいのならば、そうしていただけますとありがたいです」
幼いころから養子に出され、一度は城も領地も失ったことのある盛重だ。義宣よりも、ずっと落ち着いて家康の処分を受け入れているように見える。だが、あまりにも落ち着き過ぎていて、かえって盛重があわれに思えた。盛重の今後は決まったが、貞隆はどうするつもりかと、貞隆の顔を見ると、貞隆は顔を真っ赤にして畳を強く叩いた。
「蘆名の兄上は腑抜けじゃっ」
「貞隆、いきなり何を言う」
義宣がなだめようとしても貞隆は肩を震わせて盛重を睨みつけている。
「蘆名の兄上、なぜ宗家の家臣になりたいなどとおっしゃるのですか。宗家の兄上も、なぜそれをお許しになる。父祖伝来の地を取り上げられて、悔しくはないのですか。恥ずかしいとは思わないのですか」
「俺が、祖先に恥じていないように見えるのか?」
「見えます。二人とも落ち着いていて、ちっとも悔しがっているようには見えん。俺は岩城の養子だが、岩城の地を奪われて悔しい。亡き養父にも岩城の祖先には顔向けできず恥ずかしい」
唾を飛ばし激昂する貞隆の目には、涙が浮かんでいた。まだ二十歳の若い貞隆は、領地を奪われた悔しさを抑えることができないのだろう。悔しいのは貞隆だけではない。義宣も盛重も、腸が煮え返るような思いをしているのだ。
「宗家の兄上、兄上は上洛に兵を率いている。確か、五百近くはおったはず。その兵を動員して、屋敷に立て籠りましょうぞ。我ら兄弟の意地を、家康に見せつけるのじゃ。そうすれば、きっと常陸や磐城でも兵が挙がる。兄上、俺の考えは悪いものではありますまい?」
「貞隆、お前は俺に佐竹家を潰せと言っているのか。浅慮だな」
「兄上はご存じないのか。京雀はとっくに我らの改易のことを知り、佐竹侍従は伏見で兵を挙げるに違いない、と恐れておる。その噂をまことにして、何が悪い。家康にひと泡吹かせてやりとうはないのか」
「やめなさい、貞隆。兄上を困らせてはいけないよ。お前も岩城家の当主ならば、相馬殿のように交渉で解決を図るべきだ。兵を挙げて傷つくのは、お前の家臣と民だということを忘れてはいけない。分かるだろう?」
盛重に説得されても、貞隆は納得できないようだ。目に溜まった涙は大粒となって畳の上にこぼれ落ちた。貞隆の気持ちは理解できるが、盛重の言う通りだった。ここで兵を挙げて傷つくのは、義宣たちだけではない。国許の家臣も領民も巻き込んでしまう。貞隆は自分の感情ばかりが先走って、家康に逆らうことの愚かさを分かっていないのだ。家康は天下に君臨している。兵を挙げるだけ無駄だ。しかも、たかが五百の兵で何ができる。無駄死にするだけだ。
「宗家の兄上の言うことも、蘆名の兄上の言うことも、俺には分からん。俺は蘆名の兄上や多賀谷の宣家のように、宗家の一家臣にはなりとうない。俺は江戸で浪人して、大名として返り咲いてみせる」
「お前がそこまで言うなら、好きにすればいい。俺から少しばかり援助を出してやろう」
「腑抜けの兄からの助けなどいらんっ。そもそも、俺はもともと家康に味方しようと思っていたのだ。それなのに、家臣たちや死んだ又七郎が、何事も宗家の指示に従うようにと言うから、宗家の兄上に従ったまで。その結果がこれよ。今度こそ、俺は俺の思う通りに行動して、望みを叶えてみせる」
義宣の援助を受けずに浪人して、貞隆に何ができると言うのだ。浪人したこともないくせに、よく言う。貞隆が浪人した場合、家臣や妻はどうするつもりなのだ。血気にはやる貞隆を思いとどまらせようと、盛重とともに説得したが、貞隆はかたくなに義宣たちの言葉に耳を傾けようとしなかった。
「母上は悲しまれるだろうが、さらばじゃ、兄上。もう二度とお目にかかることもないだろう」
そう言い残して、貞隆は屋敷を出て行った。このことを知ったら、母は悲しむだろう。義宣は、貞隆のあまりの頑固さと浅慮に呆れるしかなかった。だが、自分の気持ちに正直になって行動できる貞隆を、少し羨ましいとも思う。
盛重も帰ってから、義宣は国許にいる家老の和田昭為に書状を書いた。急いで国許の処分をさせるためだ。出羽の地でどれだけの石高をもらえるかは分からないため、五十石取りや百石取りの家臣は替地には連れて行かないこと、譜代の家臣も今までどおりの扶持を与えることはできないこと、百姓の扱いのことなどを指示したが、石高と替地の詳細が分からない以上、昭為も困るだろう。だが、そこは父とともに何とか城を明け渡し、国許の処分をしてほしい。
義宣が書状を送ろうとすると、憲忠も国許へ書状を送ろうとしていた。
「半右衛門、お前は妻に文でも書いたのか?」
「いえ、それがしは宇都宮にいる兄に。今、国許は混乱の極みであろうから、妻と幼い子どもたちを宇都宮でかくまってほしい、馬の用意もしてもらえると助かる、などと」
「なるほど。国の妻子は心配だろう。宇都宮の兄に面倒を見てもらえるのならば、それに越したことはない」
常陸に残っている祥はどうしているだろうか。母と琳は江戸の正洞院に移ることになるだろうが、祥は義宣とともに替地へ行くことになる。祥の養母である阿南は、しばらく前から体調を崩していると聞いているし、国替えや出羽の寒さに耐えられるだろうか。家臣たちも、一体どれだけ連れて行けるか分かったものではない。
国替えという処分に、自分の身を削って、佐竹家のために尽くしてくれた義久に対して顔向けができなかった。




