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道程  作者: 実川
六 多賀谷の姫編
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多賀谷の姫編(七)

 島津家の処分も決まり、家康はようやく安堵した。島津家を本領安堵とせざるを得なかったのは心残りだが、無駄に処分を長引かせては家康の威信にも関わる。島津家は江戸から遠く離れた九州の家であるし、島津義弘の関ヶ原での捨て身の中央突破は、いっそすがすがしいくらいの勇ましさだった。本領安堵としても、今のところ問題はないだろう。

 残っているのは、佐竹家の処分だけだ。島津家は義弘が兵を挙げるのではないかと気がかりであったため、佐竹家よりも島津家の方を先に片づけたのだが、家康が佐竹家を後回しにしたのはほかにも理由があった。

 石田三成と対峙していた頃の意趣返しだ。家康は、義宣が常陸から家康の背後をついて江戸を攻めるのではないかと戦々恐々としていた。いつ佐竹が江戸を攻めるか、それとも攻めないのか。義宣の考えがまったく読めず、苛立ちのあまり爪を噛んでいたほどだった。あの時の家康の苦しみを、今は義宣が味わっていることだろう。

 三成が負けたという知らせを受けてから、義宣は掌を返したように家康への接近を図り始めた。父親の義重や、一門の東義久を派遣し、ひたすら家康の機嫌を窺おうと必死だった。その様はあまりに滑稽で、思わず国替えをすると言ってしまいたくなった。だが、家康は佐竹家の謝罪をのらりくらりとかわし、自分の考えをまったく見せなかった。

 義宣は、家康が怒っているのか、それとも怒っていないのか、自分の身はこれからどうなるのか、不安でたまらず夜も眠れない日々を送っていたことだろう。家康が軽い気持ちで、義久が生きている間は国替えなし、と約束をした義久も死んだと聞いている。それが、二年前の家康が味わった苦痛なのだ。義宣は二年近くその苦しみを味わい続けている。いい気味だ。

 だが、島津家の問題も片付いた以上、佐竹家の処分をこれ以上引き延ばすわけにもいかない。家康の考えは二年前から決まっている。義宣は国替えだ。義宣のあの優柔不断な態度を思えば、国替えでも甘いくらいだ。どれだけ家康が義宣の動きに気を揉んだことか。義宣に比べれば、上杉景勝や直江兼続の方が可愛いと思える。

 佐竹家の処分を決めるために、家康は正純と細川忠興を呼んだ。忠興は、義宣が三成を助けて以来、義宣の律義さに感じ入るところがあったらしく、何かと義宣の肩を持っている。義宣も忠興も茶の湯を好むところも、二人の仲を結んでいるようだった。

「さて、佐竹義宣は国替え処分とするのが妥当だと思うが、どこにやるのがよいかのう?」

 家康は、できれば義宣を江戸から遠く離れた僻地に追いやりたいと思っている。義宣を憎む気持ちもあるが、それ以上に江戸の近くに源氏の名門である佐竹家がいるのは困る。家康は公家としての地位を追求した秀吉とは違い、武家の棟梁、征夷大将軍として天下に君臨したいと考えている。そのためには、江戸の近くに正統な源氏の血統であり、父祖伝来の地を守り血脈を繋いできた名門中の名門である佐竹家がいるのはきまりが悪い。家康は正統な源氏ではない。そのことを佐竹の連中がどう思うかも少し気がかりだった。

 家康の問いに正純も忠興も悩んでいるようだったが、最初に答えたのは忠興だった。

「会津はいかがでしょうか? 確か、内府様は佐竹侍従殿に、内府様にお味方した場合は景勝没収の地をお与えになるとお約束されたはず。その一部を与えてはいかがでしょうか?」

 忠興は義宣に甘い。会津では常陸と近く、国替えの意味がない。石高を減らすだけでは意味がないのだ。それに、義宣の弟は、今はすっかり凋落してしまっているが、会津の支配者であった蘆名家の当主だ。会津にやれば、義宣もその弟も、それなりに満足してしまうに違いない。

「なるほど、会津か。儂は出羽一国と思っておるのだが」

 出羽は江戸から遠く離れた地であり、しかも雪深く冬は身動きが取れない僻地だ。僻地に飛ばされることを佐竹家は恨むだろうが、一国を与えればそう文句は言えないだろう。常陸と石高もあまり変わらない。だが、父祖伝来の地を失い、慣れぬ極寒の地で雪に苦しむ。佐竹家の力は、常陸にいた頃とは比べ物にならないほど落ちるに違いない。

「出羽一国。それならば、佐竹殿も納得されましょう。確か、出羽は佐竹殿の祖先である源義家公、義光公が活躍した地でもあったはず」

「左様、左様」

 忠興に言われるまで、そんなことは考えもしなかったが、かつて祖先が活躍したという地ならば、義宣の源氏としての誇りも、さほど傷つかないのではないだろうか。なるべく江戸から遠ざけたいと思って選んだ出羽だったが、義宣には似合いの地かもしれない。

「お待ちください」

 義宣への処分は出羽一国へ国替えと決めようとすると、今まで黙って話を聞いていた正純が口を開いた。忠興は正純が口を挟もうとしていることをよく思わなかったようだが、家康は気にしていない。正純は家康にとって右腕とも言える存在であり、正純の意見には家康も一目置いているのだ。

「上野、どうした?」

「僭越ながら申し上げます。佐竹侍従殿への処分、出羽一国へ国替えでは、あまりにご寛大かと存じます」

「ほう、そうか?」

「はい。出羽一国では、常陸と石高がそう変わりませぬ。それでは、国替えの意味が半減してしまうのではないでしょうか。更に、出羽山形には最上殿がいらっしゃいます。関ヶ原の折に大功がおありの最上殿に、たとえ加増をしたとしても父祖伝来の地を退けとは、あまりにもご無体」

「なるほど」

「一方、出羽秋田の秋田殿は、最上殿よりのご報告によれば、我らに味方すると見せかけ、実は日和見を決め込んでいたとのことにございます。秋田殿を常陸のどこかに入れ、佐竹殿を秋田に移すというのはいかがでございましょうか?」

 出羽秋田のみとは、正純も思い切ったことを言う。佐竹家の石高は五十万石以上、弟たちの所領も合わせれば七十万石を超える。正純の言う秋田実季(あきたさねすえ)の所領は五万石をわずかに超える程度だ。上杉や毛利に下した処分よりも厳しいものとなる。だが、正純の言うことはもっともだった。出羽山形の最上家を他国に移すのは忍びない。

「上野殿、貴殿の考えもあまりに無体ではないか。佐竹侍従殿は五十万石以上の大大名。その佐竹殿に、わずか五万石の領地しか与えぬと言うのか?」

「我が主の怒りを思えば、替地を与えられるだけでも僥倖と存じますが」

「何を言う。貴殿は、源氏の名門を潰すつもりなのか? 秋田のみでは、佐竹家の兵が何を起こすか分かりませぬぞ。あの家は武家の名門、剛の者も多く揃っている。隠居といえども鬼義重、坂東太郎と謳われた侍従殿の父君もご健在だ」

「では、仙北もおつけしましょう。仙北の戸沢、小野寺、六郷らには替地を与えればよい。仙北を入れれば、十三万石程度にはなるかと」

「仙北か。確かに、それならば佐竹殿の祖が踏んだ地でもある」

 上杉も毛利も、国替えで所領は以前の四半分になった。ならば、佐竹の石高が五十万石から十三万石になったとしてもおかしくはない。出羽秋田に仙北をつけることで、祖先の踏んだ地も含まれるというのだから、正純の考えの方が処分としてはふさわしいだろう。忠興も仙北もつけるという案に納得したようだ。

「細川殿、ご助言ありがたい。細川殿のご助言と、上野の考えをもとに、儂ももう一度考えてみることとしよう」

 家康の考えは決まった。義宣は出羽秋田、仙北に国替えだ。だが、そう簡単に替地を伝えては面白くない。義宣は伏見に兵を引き連れて上洛している。少し気が緩んできたのだろう。もう少しだけ苦しめても、罰は当たらないはずだ。

 家康は榊原康政(さかきばらやすまさ)を呼んだ。


 島津家の処分は決まったが、義宣の処分は一向に決まらない。家康は挨拶をした時も何も言っていなかったことだし、もしかしたら佐竹家も島津家のように本領安堵となるのではないか、と義宣は思い始めていた。だからこそ、今まで何の沙汰もなかったのではないだろうか。

 琳は相変わらずおとなしいが、義宣を見て怯えることはなくなった。少しずつ、笑みも見せるようになっている。琳のことは、恋焦がれた八重や、常陸に残した祥と同じようには思っていない。女として恋をする、愛するというよりも、妻として、家族として慈しみたいと思っている。

 五月に入り、家康の使者として榊原康政が伏見の佐竹屋敷を訪れた。家康からの使者ということで丁重に奥まで案内したが、いよいよ義宣にも沙汰が下されるのだろうか。

 挨拶を交わした後、榊原康政は懐から家康の命が書かれた書状を取り出し、読み上げた。

「佐竹義宣及び、蘆名盛重、岩城貞隆、相馬義胤、所領の常州、奥州、野州などの地を尽く没収し、義宣には羽州にて替地を賜うべし」

 領地没収。羽州に国替え。信じられない。心の臓を握りつぶされたような思いだ。義宣は頭が真っ白になった

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