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道程  作者: 実川
六 多賀谷の姫編
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多賀谷の姫編(一)

 琳の記憶の中にある父の重経の姿は、酒を飲んで泥酔し、大声で怒鳴り散らしているものばかりだった。もしくは、妾の膝を枕にして寝ている姿だ。

 重経は多賀谷家の領地を拡大するために、いつも戦場に出ていた。戦場での重経は勇猛果敢な大将で、戦上手なのだと家臣たちは言っていた。だが、城に戻って来ると、重経は酒を浴びるように飲み、女をはべらせ、酒池肉林でも催しているかのように騒いでいるのだ。

 重経は母に関心がないようだった。重経の関心は、いつも若い女に向いていた。幼かった琳がそのことを理解していたわけではない。長じるにつれて、そういうことだったのだろう、と思っただけだ。琳は八歳の時に多賀谷家を離れ、佐竹家に人質として送られた。琳が生まれる前から、重経は女が生まれたら人質として差し出すと、義宣の父の義重に約束していたのだ。

 佐竹家にやって来てからも、侍女として琳を支えてくれている昌は、琳の乳母の娘だった。琳の遊び相手として母親と一緒に城へ上がることになって以来、幼いころは琳といつも遊んでいたし、佐竹家に来てからは琳を励まし慰めてくれている。一回り年の離れた昌を、琳は姉のように、母のように慕っていた。

 昌が城へ上がってから、琳はいつも昌と一緒にいた。下妻でも常陸でも、伏見でも、昌がいなければ琳はどうしていただろうか。下妻にいる時も、重経が姿を見せると、琳は怯えて昌の背中に隠れるように抱きついて震えていた。滅多に姿を見せない重経だったが、酒淫に耽る人だったため、琳の前に現れる時も、いつも酒と白粉の臭いをさせて、気性が荒くなっていて恐ろしかったのだ。

 琳が七歳になったある時、昼間に重経が琳のもとを訪れた。その日は珍しく、重経は酔っていなかった。そして琳を抱き上げ、大事な話があると言って昌から引き離した。いつになく優しい重経の態度に、琳は嫌な感じがした。

 重経が琳を連れて行った部屋には、母の姿があった。母は目を真っ赤にして、涙を浮かべていた。そんな母の姿に琳は胸が痛んだことを覚えている。だが、それ以上に重経の言葉が忘れられなかった。

 年が明けたら、佐竹家へ人質に行け。多賀谷家は結城家に属さなければならぬ家だが、わしは佐竹につこうと思う。だからお前を人質に出すのだ。お前がうまく人質の役目を果たせなければ、父は怒るぞ。佐竹家の人間も怒るぞ。お前の命はどうなるか分からないと覚えておけ。

 うまく人質の役目を果たすということがどういうことなのかは分からなかったが、琳が何か間違いを起こしてしまえば、重経は酷く怒り、琳の命も危うくなるのだということだけは分かった。酔っていない重経の目が、声が恐ろしくて、琳は部屋に戻ると昌にしがみついて泣いた。

 昌に重経から言われたことを話して、昌の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。震える琳の背中を優しく撫でて、昌はどこまでも姫様について参ります、と昌は言ってくれた。琳を強く抱きしめる昌の腕に、琳は少し安心した。

 それでも、琳がいくら泣こうが、人質の話は正式に決まり、年が明けた。琳は八歳のときに下妻城をあとにし、佐竹家の太田城へ人質として出立した。昌は琳を乗せた駕籠にぴたりと寄り添い、ともに太田城へと向かった。それから昌は、今度は秀吉への人質として伏見に送られた琳にも、ずっと従っている。

 初めて佐竹家を訪れた時、義宣の最初の御台も生きていたと記憶している。その時に会った義宣のことを、琳はよく覚えていない。確か義重と一緒にいたはずだが、琳は重経の言いつけに従って、ひたすら頭を下げていたので、よく分からなかったのだ。

 何か言葉をかけられたような気もするが、覚えていない。ただ覚えているのは、人質になることへの恐怖と不安だけだ。重経が帰る時、置いていかないでほしいとすがりついて泣きたかった。どんなに恐ろしい父でも、人質になるよりも重経と一緒に下妻城にいる方がよかった。だが、重経に泣いてすがったところで、どうにかなるわけではないと分かっていたので、何も言えなかった。

 重経は佐竹家に従うと決めたらしい。だが、そう決めたものの、多賀谷家をとりまく状況によって、重経は結城家に従ったりもした。それは、佐竹家の義重も許しているらしかった。娘を人質に出させている限り大丈夫、と思われているのかもしれない。

 だが、もし重経が本当に佐竹家に対して背信した場合、琳は殺される。それは重経に教えられていた。下妻から太田への道中、ずっと言い聞かされてきたのだ。だから、佐竹家の人に逆らってはいけない。機嫌を損ねてはいけない。彼らの心ひとつで、琳の首など簡単に胴から離れてしまうのだ。

 そのことを琳は知っていた。佐竹家の人質になった以上、琳はもう多賀谷の姫であって、多賀谷の姫ではない。佐竹の中で生きていかなければならない。人質として、ひたすら従順でいなければならない。反感を買うようなことをしてはいけない。反感を買ってしまえば、重経は酷く怒るのだ。佐竹家の人も怖かったが、父の怒りも恐ろしかった。

 そうして、琳はおとなしくして、目立たぬように生きてきたつもりだった。それなのに、気づいたときには、琳は義宣の許嫁になっていた。義宣の先の御台が病死し、なぜか人質の琳が義宣の後妻に納まることになった。その頃、琳は大御台と一緒に伏見の屋敷に置かれていた。恐らく、佐竹家と秀吉と両方の人質として伏見に置かれていたのだと思う。

 許嫁になってから、琳の待遇はがらりと変わった。琳のための部屋を与えられ、昌以外の侍女の数も増えた。義宣の母親の大御台も頻繁に琳のもとへ足を運んだ。そして、佐竹家の正室になるということについて、いろいろと教えられた。琳は黙って大御台の言うことに従った。

 許嫁になったということは、いずれは義宣の正室になるということだが、琳はまだ人質のときの感覚が抜けなかった。恐らく、この感覚は一生抜けない。重経が背信すれば琳は殺される。琳が反感を買えば、重経が疎まれる。幼心にずっと胸に抱いていたこの考えは、そう簡単に改められるものではなかったし、許嫁になったところで、それは変わらぬ事実だと思っていた。

 だから、許嫁になっても佐竹家に対する恐怖心は変わらなかったし、数年後に正式に義宣の妻になってからも変わらなかった。祝言の後、義宣の前に出て挨拶をした時、義宣のことが恐ろしくてまともに顔を見ることもできず、そのまま泣きだしてしまった。本当は夫婦として閨をともにして、義宣に仕えなければならなかったのに、琳はただ泣くばかりで、義宣は呆れて出て行ってしまった。

 義宣の機嫌を損ねたのではないか、と思うとますます恐ろしくなって、その夜は震えながらひとりで眠った。それから、琳は義宣の渡りを拒んだことは一度もない。義宣には逆らわず、ひたすら従順であることを心掛けてきた。琳の命は義宣の掌中にあるのだ。

 義宣の妻になってから、ふと思い返すと、琳が今まで生きてきた時は、多賀谷よりも佐竹の中の方が長いのではないかと思った。明確な境は覚えていないが、物心ついたときには佐竹家にいたのだから、相当な年月を佐竹の中で過ごしている。今となっては、多賀谷の記憶などほとんどない。琳の幼いころの記憶は、ほとんど人質として佐竹家で過ごしたものだった。

 重経も義宣も怖い。琳の心が安らぐ時はほとんどなかった。ただ、昌がそばにいてくれる。それだけが、いつも琳を支えていた。

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