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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(二十)

 義久の葬儀には家臣一同が集まった。一門筆頭の早すぎる死を誰もが悼んでいたが、義久の死因については様々な憶測が飛び交っているようだった。

 義久が生きている限り義宣の国替えはなし、と家康が約束して間もなくの死であったため、饗応の席で毒をもられたのではないか、という噂もあった。義久の増長ぶりに疑念を抱いた義宣が暗殺したのではないか、という噂もあった。どちらも真実ではない。義久は病で死んだ。義宣が見舞いに訪れた翌日に、嫡男が義久の死を告げに来た。

 義久の望みを叶えるためには、後者の噂を真実とすればいいのだろう。一門筆頭の義久でさえも、目に余る増長ぶりのせいで義宣に粛清された。そういうことにすれば、古老の家臣たちは義宣を恐れ、従順になり、義久は死をもって義宣の支えになる。

 義久の前では、義久の望み通りにすると言ったが、その望みをかなえるわけにはいかなかった。義宣には義久を粛清する理由がないのだ。命を削って佐竹家に尽くした義久の死を、義宣による粛清として、義久に逆賊の汚名を着せるわけにはいかない。

 葬儀の後、水戸城の広間に家臣たちを集め、義宣は今後の方針を伝えた。

「内府との交渉にあたっていた中務亡き今となっては、今後どうなるのかは分からぬ。しかし、中務は命を削って交渉にあたっていたのだ。中務は内府に私の潔白を証明した。そのことと、中務のことを忘れず、内府にあたりたいと思う」

 家臣たちは平伏した。この説明では、義久がなぜ死んだのか、はっきりとはしないが、義久のおかげで家康との交渉は上手く進んでいたこと、そのことを忘れずに家康と交渉を続けたいということは伝わったはずだ。義久の死によって、家中の結束は強まったと思う。義久の望んだとおり、義久の死を義宣の粛清とすることはできなかったが、これで義久の死を無駄にせずにすんだだろう。

 義久の死は早すぎた。窮地に立たされてようやく、自分がいかに義久を頼りにしていたのか気づけたというのに。気づくのが遅すぎた。憎しみで義宣の目は曇っていたのだ。もっと早く気づいていれば、義久とは違った関係が築けていたのかもしれない。義久の死の前に分かりあえただけまだ良かったが、義久の死に臨んで義宣は悔悟の涙を流さずにはいられなかった。

 義久の死後、家康からは何の沙汰もなかった。義久の命がある限り国替えはしない、ということは、義久が死ねば国替えをする、ということではなかったのか。義久の話では、家康の側近の正純は、家康が義宣の改易を考えている、と言っていたはずだが、違ったのだろうか。

 何の沙汰もないまま年は暮れ、関ヶ原での戦があってから二度目の年の瀬を迎えようとしていた。義久の死後も国替えの沙汰がないため、家中はどこか安堵しつつあった。義宣も不安でたまらない一方、もしかしたら何の咎めもないのではないか、本当に潔白は証明されたのではないか、と安心しつつある気持ちもあった。

 年が明けても家康からの沙汰はない。佐竹家は何の咎めも受けないのだろうか。一年以上不安な夜を過ごしてきたが、今まで何の沙汰もなかったのだから、今後も何もなく常陸は安堵されたということもあり得るように思える。だが、何があるか分からないのだ。家康は国替えを一回は考えたらしいし、江戸から常陸を攻めるつもりなのかもしれない。

 もし家康に攻められた場合、今のままの水戸城では徳川の軍を防ぐことはできないだろう。義宣は水戸城の普請を命じた。水戸城の普請が始まった頃、家康が上洛したという知らせを受け、義宣も上洛の準備に取り掛かった。

 今まで家康との交渉は父と義久に任せ、義宣は形式としては一年以上国許で蟄居していた。そろそろ義宣が家康に直接頭を下げなければならないだろう。だが、ただ家康に頭を下げるだけではだめだ。せっかく、義久が家康に対して義宣の潔白を証明しようとしたのだから、義宣も自分の身が潔白であると主張しなければならない。

 上洛の供に、騎馬百十騎、鉄砲百挺、弓百張、鑓百筋を従えることにした。世に恥じなければならないような隠しごとや罪があるわけではないのだから、堂々と上洛するのだ、という意思を示すつもりだ。

 上洛の準備を整え、義宣は祥のもとへ向かった。上洛すればまたしばらく会えなくなる。出立前に別れを告げておきたかった。義宣が水戸に留まっている間、祥と褥をともにしたことは何度かあったが、祥が身ごもることはなかった。徳寿丸が死んでから、義宣には子がない。水戸にいる間に祥に子ができたならば、もう少し気が楽になっただろう。後継ぎがいないことを理由に領地没収となってしまっては、たまったものではない。義久や祖先に顔向けできない。

 祥の酌で酒を飲みながら、義宣は義久のことを思い出していた。義久の死から二月以上経ったが、まだ悔悟の情は消えない。八重といい、義久といい、義宣は近しい人間を失って後悔してばかりだ。

「祥、別れは悲しいものだな。後悔ばかりしてしまう」

「それはそうでしょう。何度別れを経験しても、後悔しないことなどありません。だからこそ、わたしたちは生きている時を大切にしなければならない。別れは突然、訪れるものですから」

「生きている時、そばにいられる時、ということか」

「ええ。どんなに一緒にいて、どんなに大切にしていても、別れは辛く悲しいもの。少しでも後悔を少なくするためには、互いに慈しみ愛することが大切なのだと思います」

 祥は義宣よりも多くの近しい人間を失っている。その祥の言うことには、重みがあった。義宣は八重を憎いと思っていた。だが、本当はずっと八重に恋をしていた。八重が自害して、自分が殺したようなものだと今でも悔いている。義久も憎かった。失ってから、もっと早く頼りにしていることに気づけばよかったと後悔している。

 憎いと思った母も、ほとんど関心を持てずにいる琳も、今のままでは失った時に後悔するのだろう。上洛し、家康との交渉もうまくいったら、母のことも琳のことも、今よりも大切にしたいと思う。もちろん、祥のこともだ。

「俺は数日後には上洛する。しばしの別れだ。常陸に帰ってきた時、俺を出迎える者がひとり増えているといいのだが」

「あら、義宣さま。今まで悲しげなお顔をなさっていたのに」

「それとこれとは話が別だ。話は別だが、どちらも大事なことだ」

「はい。わたしもそう願っております」

 祥が目を伏せて、義宣の手を両手で包んだ。憂え顔で祥は義宣を見つめている。祥の言いたいことは分かる。また常陸で、義宣と会えるのか心配しているのだ。義宣も自分で、常陸に帰って来た時、とは言ったものの、本当に帰って来ることができるのか不安が残っている。

「義宣さま」

「何だ」

「お帰りをお待ちしております。また、梅の花を一緒に見たいわ」

「ああ、そうだな。一緒に梅を見よう。常陸の梅だ。俺の国の梅の花だ」

 義宣は祥を強く抱きしめた。祥も義宣の背に腕を回した。義宣は常陸に帰って来る。常陸以外に、義宣の国など存在しないのだ。

 祥に別れを告げ、義宣は兵を引き連れ上洛した。途中、一度振り返って普請中の水戸城を見上げた。義宣が帰って来る頃には、水戸城は今までよりも堅固な城になっているだろう。普請が終了した水戸城で、祥とともに梅を愛でるのだ。

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