落月の秋編(十六)
関ヶ原で三成が家康に負けた。
その知らせに、義宣は呆然とした。詳しいことは分からないが、三成は家康に合戦で負けたのだ。三成の行方は知れないらしい。今のところは、それしか分からなかったが、三成が負けたことに変わりはないのだ。
義宣は急いで政光、宣政、政景を呼んだ。家中にも家康勝利の知らせが広まっているのか、三人とも義宣を案ずるような顔をしていた。
「治部殿は負けた。つまりは、俺も負けたということだ。内膳、お前はすぐに会津へ行け。これ以上、半右衛門を会津へ置いておくわけにはいかない。撤退の支援をしろ」
「お任せください」
「右近は家臣たちをまとめろ。動揺が広まらないようにするんだ」
「承知いたしました」
「主馬、治部殿から送られた書状はすべて処分する。上杉とやりとりをした書状もだ。お前に任せた」
「かしこまりました」
家康勝利の知らせを受け、上杉はどう動くのだろうか。家康が勝利した以上、戦の発端となった上杉との同盟が知られては佐竹家は危ない。三成の書状が見つかっても危険だ。すべて処分するしかない。
これから、どう動けばいいのだろうか。まずは、家康に戦勝祝いの使者を送らなければならない。それは家老の小貫頼久を派遣する。小貫は岐阜城を落とした時も戦勝祝いに派遣しているため、徳川家中とは多少の面識がある。義宣も家康と秀忠に書状を送った。家康が勝利した以上、家康の機嫌を少しでも損ねないようにするのだ。
家康勝利を知り、父も太田城から水戸城へやって来た。父は怒っているだろう。義宣は三成に味方すると決めた。父や家臣たちの反対を押し切って決断したのだ。父は家康に味方をするべきだと言っていた。
「父上、此度はこのような事態となってしまい、申し訳なく思っております」
「何を言っている。まだ終わったわけではなかろう。お前は内府に死ねと言われたのか? 常陸は没収とでも言われたのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが、治部殿が破れた以上、治部殿に味方した私にも咎めがあるものと思います」
「いつ、お前が石田三成に味方をしたのだ、義宣?」
父は怒っているわけではなかった。ただ、ひたすら冷静だった。冷静であらなければ、と義宣も思っているのだが、義宣よりも父は冷静だった。おそらく義宣は自分で思っている以上に動揺しているのだろう。父が何を言っているのかよく分からなかった。義宣は確かに三成に味方すると宣言したし、そのために上杉と同盟も結んだ。父もそのことは知っているはずだ。
「義宣、お前は内府殿が岐阜城を落とされた時、祝いの使者を送ったな? 今も戦勝祝いに使者を送っておるな?」
「はい。小貫頼久を派遣しております」
「うむ。ほかにも、内府殿が江戸城を出陣した時は、川井忠遠に内府殿を追いかけさせて、内府殿に逆らうつもりは毛頭ないと弁明させた。それに、上杉と小競り合いをしている従兄の伊達政宗にも、昵懇になりたいと書状を送った」
「父上、私はそのようなことは」
「中務を上田の真田討伐に派遣し、江戸中納言殿に味方させようともした。では、逆に治部のためにお前は何をした?」
父の言う川井に家康を追いかけさせたことも、政宗に書状を送ったことも義宣は知らなかった。だが、父はそれらを義宣が行ったこととして話をしている。父が独断で行ったことなのだろうか。父は自分の裁量で動くと言っていたが、これがそのことなのか。
「私は、家臣たちに治部殿に味方すると宣言しました」
「それは違うな。お前はすべて秀頼様次第、秀頼様にお味方すると言ったはずだ。だから、内府殿に人質を送らなかった。ほかには、何かあるか?」
「会津に援軍として梅津半右衛門を派遣しました」
「それは上杉を抑えるために派遣したのであって、上杉への援軍ではない」
「父上」
「我が佐竹家は内府殿にお味方せんとしたものの、背後に上杉があって動くに動かれなかった。内府殿にお味方するということは、すなわち秀頼様へお味方するということである。義宣が治部に味方したように見えるのならば、それは秀頼様のため、という治部の虚言にたぶらかされただけのことであり、秀頼様ならびに内府殿に逆らうためのものではない。そうだな、義宣」
父の意図がようやく分かった。父は家康に対する弁明について義宣に確認しているのだ。責任はすべて三成に負わせ、義宣は家康に味方する気だったということにする。すべては秀頼のためだと主張する。父が独断で行ったことは、義宣の命で行ったことになっているのだろう。もし三成が勝っていた場合、おそらく父は自分が独断で行ったことで義宣に責任はないことにするつもりだったのだ。父の周到さに頭が下がるとともに、自分の頼りなさを痛感した。
「不肖の息子で申し訳ありません、父上」
「過ぎたことだ。お前は治部が勝つと思った。今更、それが間違いだと言うことはできんよ。今はいかに内府殿に取り入るか、それが問題なのだ」
「はい」
「しっかりするのだぞ。お前は佐竹家の当主だ。内府殿に取り入るために、お前は表立って行動せぬ方がよかろう。わしに任せておけ」
義宣の背を強く叩き、父は去って行った。やはり父はいつまでも義宣の父なのだ。父にはかなわない。義宣は父に及ばない。父は三成についた義宣の尻拭いをしている。
伏見屋敷にいる家臣から上方の状況が逐一送られてきた。関ヶ原での戦いの後、三成の居城だった佐和山城は落城。毛利輝元はあっさり大坂城を家康に明け渡した。三成は山中に潜んでいるところを田中吉政に発見された。
捕縛された三成は、近いうちに死ぬのだろう。家康が三成を生かしておくとは思えない。三成のような人物が死ぬのは惜しいと思うが、佐竹家としては三成に自分に加担した人間のことを話されては困る。死人に口なしと言うが、三成が死ねば義宣が三成に味方したことを証言できる人間はいなくなる。上杉や毛利は自分たちの保身のために何も言わないだろう。
伏見にいる琳の侍女の昌から、徳寿丸が病死したという書状も届いた。ようやく生まれた世継ぎの死は残念だったが、取り潰しの危機を前にして、思ったほど衝撃は受けなかった。ただ、もし家康が佐竹家を取り潰すと決めた場合、義宣には世継ぎがいないため義宣の代で佐竹家は断絶となってしまうかもしれない。それは恐ろしかった。
京の六条河原において三成が小西行長、安国寺恵瓊とともに斬首された。三成の死は痛ましいと思うが、安堵する気持ちも強かった。
戦勝祝いに秀忠に送った書状に対する返書が届いた。天下は平らぎ家康は大坂に入ったため安心してほしい、これ以上の書状は省略する、という内容だった。あまりに簡潔な書状に少し落胆した。だが、まだ返書が来ただけいいのだろう。家康からは返書が送られてこない。家康は義宣に処罰を与えるつもりなのだろうか。怒りのあまり、返書を寄こさないのかもしれない。
上方では家康によって論功行賞が行われたらしい。大坂城から動かなかった毛利輝元は大幅な減封となった。家康に味方した諸将は加増を受けて大大名となっている。加増を受けた諸将の中には、かつて秀吉から領地を没収された那須資晴の名前もあった。死んだ前妻の八重の兄だ。資晴は家康に気に入られているという噂は義宣も聞いていた。家康はまるで天下人のようだ。家康は豊臣家の筆頭家老のようなものだが、実際は天下人と大差ないのだろう。佐竹家に対しては何の沙汰もなかった。そのことが義宣を不安にさせた。家康は何を考えているのだ。このまま佐竹家はどうなってしまうのだ。恐ろしい。
一日が以前より長く感じるようになったが、月日の流れは速かった。何の沙汰もないまま、年の瀬を迎えようとしている。不安でたまらない毎日だった。
家中はどんな処分がくだされるのかと戦々恐々としつつ、徳寿丸の喪に服していた。三成が家康に敗れてから、義宣は祥に会っていない。この不安を少しでも軽くしたくて、夜更けに祥の寝所に忍んで行った。ただ顔をみるだけでいいのだ。
寝所の障子を開くと、義宣の気配に気づいたのか祥が目を覚ました。顔を見るだけでいいと思っていたが、たまらなくなって義宣は祥を抱きしめた。
「義宣さま、どうなさったの?」
「祥、俺は不安でならないんだ。これからどうなるのか分からない。常陸の領民を、家臣を、伏見の母や御台を、お前を守れないかもしれない。恐ろしい。負けるということが、こんなに恐ろしいと俺は知らなかった」
泣き言を並べる義宣の背中を、祥は優しく撫でた。そのまま義宣は褥に横になった。祥の手は義宣の髪に移り、撫で続けている。それが義宣には心地よかった。目を瞑ると、急に眠気が襲って来た。
どのくらいの時が経ったのか分からないが、顔に髪がかかった。祥が義宣の顔を覗き込んでいるのだろうか。髪がちくちくと顔に刺さる。目を開いた瞬間、目の前に現れた女の顔に義宣は息をのんだ。目を瞑ってしまいたかったが、なぜか目を逸らすことすらできなかった。
義宣の顔を覗き込んでいる女は、死んだはずの八重だ。八重が義宣を見つめている。
八重、と言いたかったが声が出ない。冷たい汗が背中を流れた。
お怨みします。貴方を、この家を。わたくしは貴方を許さない。当然だとは思いませんか。
八重の口が動く。だが、八重の声は口から発せられているようではなかった。直接義宣の耳に入って来るような、不思議な感覚だ。
八重がにこりと笑みを浮かべた。微笑みを浮かべた八重の顔は昔と変わらず美しかったが、笑みの形を作っただけで、目も口も本当は笑ってなどいない。美しいからこそ恐ろしく、義宣は八重の微笑みにぞっとした。
隣にいるはずの祥はどこへ消えたのだ。なぜここに八重がいる。確か脇差しが近くにあるはずだ。手探りで脇差しを探していると、八重の顔から笑みが消えた。冷たい無表情の後、八重は顔を歪めて高笑いをした。
わたくしを斬るおつもりね。斬ればいいじゃない。殺せばいいわ。以前と同じように、またわたくしを殺せばいいのよ。
うるさい。黙れ。言われなくても斬ってやる。脇差しはどこだ。脇差しを探す手が、誰かに握られた。
「義宣さま」
突然聞こえた声に驚いて体を起こすと、祥が義宣の手を握っていた。部屋の中を慌てて見渡したが、どこにも八重はいない。夢だったのか。だが、現実に八重がそこにいたような気がする。今も顔に八重の髪が張り付いているようだ。
「酷くうなされておいででした。お体の具合が悪いのですか?」
「いや、そんなことはない」
八重が死んで間もなく十年経つ。祥に八重に対して抱いていた感情を告白するまで、義宣は八重のことを意図的に忘れていた。夢に出てきたこともなかったはずだ。八重を忘れていた義宣を恨んで、今頃夢に現れたのだろうか。夢の中で八重に言われた通り、義宣が八重を殺したようなものだ。恨まれて当然だろう。
八重は義宣を恨んでいる。
はっとした。八重は義宣を恨んでいる。徳寿丸が夭折したのは、義宣のせいなのかもしれない。八重に恨まれている義宣の業だ。八重の恨みだ。八重の恨みが義宣だけではなく、義宣の子にも、佐竹の家にも及んでいるに違いない。義宣が八重に恨まれているために、徳寿丸は死に、佐竹家は窮地に立たされているのだ。
八重の恨みを鎮めなければならない。鎮魂の寺を建てればいいのだろうか。それがいい。義宣が八重のために寺を建立すれば、八重の兄である那須資晴も悪い気はしないだろう。資晴から家康に何か口添えがあるかもしれない。資晴は家康に気に入られている。それに、伏見に人質として置いている母と琳も、いずれは江戸へ置かなければならないだろう。寺を建立すれば人質を置く宿にも使える。
「祥、恐ろしい夢を見なかったか?」
八重の恨みは祥にも及んでいるかもしれない、と思い聞いてみたのだが、祥は首を振った。祥には何も影響がないようで安心した。
「義宣さまは恐ろしい夢をご覧になったのですか?」
「恐ろしい夢ではない。俺の罪を改めて教えてくれた夢だ」
八重の夢を見た後、祥と同衾するのもどうかと思ったので、義宣は自分の寝所に戻った。目を瞑っても、もう八重は夢に出て来なかった。だが、夢で聞いた八重の声はしばらく義宣の耳から離れなかった。




