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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(十)

 義宣は一門、重臣を集め評定を開いた。上方から届いた書状についてどう思うか、佐竹家はどう動くべきか話し合うためである。だが、義宣の心は決まっていた。石田方に合力する。それでも、家中の意見を聞かなければならない。義宣の独断で家にとっての大事を決めるわけにはいかないのだ。

 上座に座る義宣の隣に父が腰を下ろした。父の表情は、若かりし頃に戦場を駆け巡っていた時の様な厳しいものだった。隠居暮らしといえども、鬼義重は健在だ。一番厄介なのは、家臣たちよりもこの父なのだろう。

「皆も承知の通り、先日内府殿は上杉家の討伐を命ぜられ、我が佐竹家は仙道口より上杉を攻めることとなっておった。しかし、お屋形様のもとへ石田治部殿ら奉行衆からの書状が届いたのじゃ。さて、我らは内府殿にお味方すべきか、それとも治部殿にお味方すべきか、各々方は如何お考えか。上下の隔てなく、忌憚のない意見を述べられよ」

 筆頭家老の和田(わだ)安房守(あわのかみ)昭為(あきため)が評定を進めた。昭為は譜代の重臣だが、表立って新参者を貶すことはなく、譜代を鼻にかけている様子もない。筆頭家老という地位もあるため、今回の評定の進行役を任せた。

「内府殿は八州を領し、その威風を天下に靡かせておられます。故に奉行衆は別心を疑い、内府殿の東征を幸いとして幼君の命にかこつけ檄を諸国に発し、内府征伐を企もうとしている。武勇といい、知謀といい、内府に戦って勝つ者は恐らく天下におらんでしょう」

 真っ先に口を開いたのは、昭為の甥の野上(のがみ)刑部左衛門(ぎょうぶさへえ)だった。野上の言葉に頷きながら、野上と親しい川井伊勢守(かわいいせのかみ)忠遠(ただとお)が続ける。

「奉行衆がたとえ上方の諸将を集めたとて、はたして諸将を抑えることかないましょうか。早く内府殿にお味方し、軍忠を励ますことこそ、御当家の繁栄のためと存じますが」

「まったく、伊勢殿の申される通り。お屋形様、何も迷われることなどございますまい。当初のご予定通りに、仙道口から兵をお進めになっては?」

 大窪長助(おおくぼちょうすけ)小泉藤四郎(こいずみとうしろう)ら野上や川井と親しい譜代の家臣たちは、口々に川井に賛同し、家康に味方するようにと主張した。義宣は何も言わずに黙って話を聞いている。父も何も言わない。

「しかし、内府に味方すれば、上杉に攻め入られることはないだろうか? 上方と上杉が呼応して兵を挙げたとは思えぬが、今後同盟を結ぶことは大いに考えられる。そうなった場合、江戸の前にまず我らが上杉に攻められるかもしれぬ。しかも、上杉家と当家の誼は、昨日今日のものでもなし」

「式部様のご懸念、私もご同意いたします」

 義宣の叔父にあたる小場式部大輔(おばしきぶたゆう)義宗(よしむね)の言葉の後、すぐに政光が発言をした。小場には政光の弟を養子に迎えさせている。その小場の後ならば、政光も発言しやすかったのかもしれない。本人にはまったくその意図はなかっただろうが、小場の言葉は政光の発言の呼び水となった。

「内府殿が権威を笠に太閤殿下の遺命に背き、幼君をないがしろにし、天下を奪わんとするは無道にございます。治部殿ら奉行衆は、これを悟りて内府殿を征伐しようとしたまでのこと。どうして忠臣ではないと言えるのでしょうか。権威を恐れ、お家を栄えさせるために内府殿にお味方すれば、内府殿と同じく無道と誹られましょう。また、式部様のお言葉通り、お屋形様、北城様は上杉家との誼がおありです。太閤殿下や治部殿への恩義を忘れ、上杉家への誼も忘れ、子孫の眉目を辱めんよりは、むしろ死すとも忠臣に与すべきと愚考いたします」

「黙らぬか。豎子(じゅし)ともに謀るに足らず。誰の許しを得て大事の評定に口をはさむ」

 政光の主張に川井は青筋を立ててどなり散らした。対する政光はあくまでも冷静だ。むしろ、どなり散らす川井を蔑んでいるようにも見える。政光は優秀な人間で、義宣は気に入っているのだが、独善的なところがある。だから、ここまで嫌われているのだ。

 だが、誰の許しを得ての言葉か、といきり立つ川井は分かっているのだろうか。政光は義宣の許しを得ているから、この評定の場に参加しているのだ。川井の許しはまったく必要ない。政光を侮辱するために言っているつもりだろうが、義宣も川井に侮辱されているような気持ちになった。

「お許しならば、安房様にいただきました。安房様は先ほど、上下の隔てなく、と仰せになりました故、未熟者ではございますがご当家のため、お屋形様のためを思い、愚考を披露いたしたまでのことにございます」

「うむ。確かに、わしは上下の隔てなく、と申した。それがお屋形様のお望みであるからの」

「しかし、内府殿が無道ならば、それに味方する者もまた無道とは。内膳、刑部やわしを愚弄する気か」

「私は刑部様や伊勢様のことであるとは、一言も申しておりません」

「伊勢殿、大事の評定じゃ。まず落ち着かれよ」

 昭為に促され、川井は渋々座りなおした。川井は政光を睨みつけている。政光に義宣の考えを代弁させようとしたのは、間違いだったのだろうか。だが、義宣が言ったところで揉めることには変わりがないに違いない。

「内膳は恩義だの誼だのを口にしているが、まあ確かにそれも大事と認めよう。しかし、お家が滅んではどうしようもない。拙者は、上杉や奉行衆に味方をして、徳川に攻められることの方がよほど脅威であると思うがな」

「いや真壁殿、仮に内府殿にお味方いたしたところで、その後どうなるだろうか? 内府殿にとって、隣国の大大名、佐竹は脅威と思われるのでは?」

「式部殿、浪人上がりのお味方をなさるか」

「今はそのようなことで揉めている場合ではなかろう」

 小場は政光の味方をしているわけではないのだが、評定の場はすっかり譜代と新参者で意見が対立してしまっている。父はまだ何も言わない。どうしたものか、と思っていると宣政がぽつりと呟いた。

「もし上方で変事が起きれば、大御台様、御台様はご自害なさるでしょうな。若君は如何か」

「何だと、右近?」

「御台様方はもともと人質として伏見屋敷におられるのです。上方を把握している奉行衆が、大名の妻子を人質にせぬわけがない。大御台様、御台様と若君は恐らく奉行衆の質となっておいでかと。内府殿にお味方した場合、ご自害なさるか、奉行衆の手にかかるか、いずれかでしょう」

 宣政の言葉に、川井も川井に賛同する者たちも何も言えなかったし、小場のように上杉につくことを考えている者たちも何も言えなかった。宣政は普段、政光よりも弁は立たず、あまり目立たないが、やはり政光より十四歳上なだけある。宣政は常に謙虚で、譜代の受けも悪くないのだ。

 その後、議論は川井と政光のやり取りのように白熱することはなく、堂々巡りに陥った。義宣も父も何も言わずに議論に耳を傾けている。議論を聞きながら、この場に参加し、一門筆頭の権力を持っている義久が、まだ一度も自分の意見を口にしていないことに気づいた。義久の言葉で、この議論は恐らく収束する。義久にはそれだけの影響力がある。義久は、何を考えているのだろうか。

 黙っていた義久が進み出た。ついに義久が自分の意見を述べるのだ。

「天下の諸大名が各々の考えで動けば必ず戦となる。庶民は長く愁訴を抱き、困窮にいたるでしょう。たみは戦を疎んじるものです。それは、上方も常陸も同じこと」

「つまり、御東殿は何を仰せなのかな?」

 昭為に続きを促され、義久は言葉を続けた。

「太閤殿下亡き後、内府殿の権威は日々に盛んであります。これは自然の道理であり、一朝一夕の故ではありません。殿下亡き後も庶民が変わらぬ暮らしを続け、大きな戦も起こらず天下が静謐であったのは内府殿のお力があればこそ。秀頼公は幼くして未だ白黒もお分かりにはなりますまい。そもそも、奉行衆が才智拙く幼君を補佐することができなかったが故に、治部殿襲撃や此度の会津征伐が起こったのです。奉行衆は内府殿に天下を治める賢才あることを忌み、幼君の命をかたって諸大名を動かしております。一旦は義兵の名を借りて勝ちに乗りましょうが、合力している諸将は必ず己が家のことを第一とし、諸奉行の命令は行き届かなくなりましょう。衆口諤々(しゅうこうがくがく)として群議は決せず、果たして敗れん」

 義久の目が義宣を見つめていた。それぞれ正しいと信じる議論を述べたて群議が決しない様は、まさしく今の評定と同じ状態だ。果たして敗れん、とは佐竹家のことを言っているのか。義久はそれ以上何も言わない。ただ、じっと義宣を見つめ、視線を逸らさなかった。義久の言いたいことは分かる。無意味な評定を続けず、早く徳川方につけと言っているのだ。

 義久が自分たちの思っていることをすべて代弁してくれた、と納得しているのか川井ら譜代の連中は静かになった。政光と宣政は、義久の論に何も言い返せずにいる。

「世はすでに乱れている。浮説が飛び交い、未だ義兵の真偽を決することはできない。何れを敵とし、何れを味方とすべきか、明日皆に申し渡す。父ともよく相談する」

 これ以上評定を続けても、堂々巡りに結論は出ない。評定を終わらせ、義宣は家臣たちを解散させた。父と相談すると言えば、ある程度家臣たちも納得するだろう。

 夜が更けてから、義宣は父と二人きりで杯を交わした。父と二人でじっくり話をするのは久々だった。だが、父の表情は晴れない。義宣も同じ様な顔をしていることだろう。

「父上、今日の評定、如何思われましたか?」

「わしの意見を言う前に、当主の意見を聞こう」

「私は、式部や内膳の意見に賛成です。内府に味方すれば、上杉に攻められるかもしれませんし、勝利に貢献したところで、あの内府が我らを父祖伝来の地である常陸に残すとは考えられません。ここ数年で江戸に入った内府からすれば、何代にも渡り五百年以上この常陸で生きてきた我らは脅威でしょう」

「左様のう、義宣の考えも一理ある。しかし、お前は内府と戦って勝てると思うのか? 上杉と徳川、戦った場合どちらの方が、佐竹は勝てると思う?」

 父は上杉よりも徳川の方が強いと思っているようだ。戦った場合、上杉になら勝てるかもしれないが、徳川にはかなわないと思っているに違いない。

「私は上杉との同盟を考えております。上杉と同盟を結び、上方の奉行衆にお味方いたす。秀頼様はすでに奉行衆の手のうちにあるのです。大義は石田方にある。負けはしない」

「義宣、中務も言っていたがな、民は戦を嫌う。領主ならば、民のことも考えねばならぬ。内府と戦って、お前は民や家臣、その家族、何よりもこの家を守れると思うのか?」

「思います。徳川方と石田方、おそらく兵力は拮抗。となれば、大義があり、上方を押さえている石田方が有利かと。上杉と佐竹で徳川勢を関東に釘付けにできれば、勝てぬ戦ではありません」

「そう上手くことが運ぶだろうか」

「更に、伏見には母上と御台、世継ぎの徳寿丸がおります。見捨てることはできません」

 杯の酒を飲み干し、父は鋭く義宣を睨みつけた。

「このようなことは言うべきではないのかもしれぬが、世継ぎならばまた作ればいい。お前は子を作れる体だ。御台が自害したならば、岩瀬の姫を正室にしろ。母を見殺しにするのは辛かろうが、わしもあれのことは諦める。子にも妻にも代わりはいるが、佐竹の家の代わりはない。分かるか、義宣。ろくに戦場を駆けまわってもいないお前には、内府の恐ろしさが分からぬのだろう。それ故、甘いことを言っているのだろう。一度だけわしの考えを言うぞ。家を守りたいのならば、内府に味方すべきだ」

 父の気迫に義宣は何も言い返せなかった。子はまた作れる。妻はほかの女を迎えればいい。母のことは諦めればいい。だが、佐竹の家を潰すことはできない。父の言うことは分かる。義宣の戦の経験は、父に比べればあまりにも少ない。元服してからの戦も、ほとんどが父とともに出陣しており、指揮は父が執っていた。

 だが、義宣も佐竹家のことを思い、考えた結果、三成につくべきだと思ったのだ。何も三成への恩義だけで三成に味方しようとしているのではない。妻子恋しさに言っているのではない。そのことは、父も分かっているはずだ。

 家臣たちよりも、やはり父が一番手ごわい。それでも、義宣は石田方につくべきだと思うのだ。

「父上、私はやはり石田方につきとうございます。あちらには毛利、宇喜多ら大老に、奉行衆、何よりも秀頼様がおられる。負けるとは思えないのです。私には、石田方につくことこそ、お家を守る道と思えます」

「左様か。当主はお前だ、義宣。明日、家臣たちの前でその思いを伝えるがいい。隠居の身でありながらきついことを言ったな。許せ」

「いえ、隠居とはいえ、父上は父上ですから」

「わしは隠居だ。隠居の身なれば、自由もきく。何かあった時には、わしはわしの裁量で動くが、隠居のこと故、お前は関係ない。そのことを、忘れるでないぞ」

「はっ」

 もしかしたら父は、いざとなったら自分と太田城に詰める家臣だけでも、家康のもとへ行くつもりなのかもしれない。親と子で石田方と徳川方に別れるつもりなのだろう。それはそれで、家を残すためならば仕方がない。父は義宣の判断を認めたが、納得したわけではないのだ。

 翌日、義宣は再び家臣たちを集めた。その場で昨夜出した決断を伝える。

「昨日の評定では、内府殿にお味方いたすべきとの者が多かった。その考え、私も一理あると思う。しかし、私は石田方につくことこそお家のためと思うのだ。よって、佐竹家は治部殿にお味方いたす。源氏を名乗るいかがわしき内府に、真の源氏武者の力を見せつけてやろう」

 家臣たちは義宣の結論に平伏した。こうなっては、反論する者はいない。ただ、義久だけは昨日の評定の時と同じ目で、義宣を見つめていた。義久も父と同じく、義宣の結論を認めはしたが、納得はしていないのだろう。

 義宣は急いで三成に、石田方に味方する旨を伝える書状を送った。また、憲忠を会津の上杉のもとへ派遣した。上杉とは戦う意志はなく、同盟を結びたいことを伝えるためだ。憲忠には上杉とともに伊達家と戦うように命じた。

 家運をかけた戦の始まりだ。

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