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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(九)

 岩城貞隆は次兄の蘆名盛重、弟の多賀谷宣家とともに今後の進退について話し合っていた。佐竹宗家の兄である義宣は、水戸に帰って家臣たちと進退を議すと言っていたが、おそらくは石田三成に味方するのだろう。そうでなければ、わざわざ水戸に帰ったりはしない。

 貞隆はどうすべきか迷っている。もともと、今回の上杉討伐は家康に味方をするつもりで磐城を出てきた。家康に見方をすれば、上杉の領地である会津のどこかを加増されるのではないか、と淡い期待を貞隆は抱いている。石田方に味方をして、岩城家にとって何かいいことはあるのだろうか。義宣にとってはいいことがあるのだろうが、貞隆はそこのところの判断がつかなかった。そのために、盛重と宣家を集めたのだが、この二人の反応はいまいちだ。

「蘆名の兄上は、如何なさいますか?」

「私か? 私は、宗家の兄上の仰せのままに動くつもりだよ。私は江戸崎の大名と言っても、宗家の属国のようなものなのだから」

「そうですか」

 盛重は佐竹宗家の決めたことにならば、この言葉通り、言われたままに動くのだろう。貞隆はこの次兄のことをよく知らない。盛重は貞隆が生まれる前に白川家へ養子に行っており、その後は蘆名家の婿養子になった。ともに過ごしたことはほとんどない。宗家の意のままに動く、何とも意志の弱い男だという印象だ。

「宣家は、どうするつもりだ?」

「多賀谷の養父(ちち)は、何かことが起きた場合は佐竹宗家の言うとおりにせよ、と申しておりましたので、宗家の兄上とともに動くつもりでおります」

 宣家の養父は、義宣の妻の父である多賀谷重経だ。義宣と宣家は多賀谷家の姉妹を妻に迎えている。この多賀谷重経という男は、なかなかの比興者であると貞隆は思っていた。今回の上杉討伐も、廃嫡した嫡男はちゃっかり家康の息子の結城秀康の配下に入っているのだ。自分と宣家は義宣とともに石田方について、どうなっても多賀谷家を残すつもりでいるのだろう。

 だが、一歳違いの弟の宣家は情けない男だった。子どもの頃、よく喧嘩をしたものだが、貞隆に負けるとすぐに母の胸に飛び込んで、母に守ってもらっていたのだ。貞隆から見て、宣家はいつまでも母に甘える情けない弟でしかない。今でも、母は宣家のことを特別に可愛がっているらしい。

「岩城の兄上は、どうなさるのですか? 蘆名の兄上や私とともに、宗家の兄上とともに動きますか?」

「俺か? そうだな」

 佐竹家の与力であり、貞隆の妻の父である相馬義胤は、今のところ中立の立場を取っている。相馬との関係から、貞隆も中立の立場を取るべきか、それとも宗家との関係で義宣と行動をともにするべきか。家臣たちは、大事の時には何よりも宗家の言うことに従うこと、と再三貞隆に言っていた。今は亡き傅役の北義憲も、義宣に従うようにと何度も貞隆に言い聞かせていた。義憲はもうこの世にいない。だが、貞隆の脳裏には義憲の言葉が響いていた。

「俺も、宗家の兄上に従おう」

「では、弟たちの意見は決まったと、兄上にお伝えしよう。貞隆、宣家、きちんと国許に知らせるように」

「はい、蘆名の兄上」

「分かっております」

 義宣に弟たちの意見を伝えに行く盛重の背中を見送りながら、果たしてこれでよかったものか、と貞隆は首をひねった。だが、家臣たちは宗家の意見に従うように言っていたのだし、義宣は上杉を攻めるつもりがないのだし、これでいいのだろう。貞隆はまだ十七歳で、経験が浅いと自分でも分かっている。兄や家臣の言うことを聞くのが無難だと思う。少しばかり納得はいかないが、貞隆は兄の義宣と行動をともにすることにした。


 上杉討伐に向かったはずの義宣が、水戸に戻って来た。水戸へ戻るなり義宣は、政景ら新参者を呼んだ。譜代の家臣たちには聞かせられない密談があるらしい。突然の義宣の帰りに、政光は意気込んでいるようだった。政景も、何か起こるのだろうとは思っている。

「突然だが、出陣中の俺のもとへ、治部殿から書状が届いた。これがその書状だ。まずは、中を読んでみろ」

 義宣に渡された書状を、宣政から政光、憲忠、政景と順に読んだ。石田三成が上方で挙兵した。義宣に合力するようにと書いてある。だから、義宣は水戸へ戻って来たのか。政景が顔を上げると、義宣はにやりと笑った。

「聡いお前たちならば、俺がなぜ水戸へ戻って来たか分かるだろう? 内膳、分かるか?」

「はっ。この書状をご覧になり、殿は治部様へお味方なさるとお決めになったものと存じます」

「その通りだ。では、なぜ俺が治部殿に味方すると決めたのか。半右衛門、答えてみろ」

「宇都宮家改易の折、治部様にはお骨折りいただいたご恩があります。また、殿は治部様とはご昵懇の仲。その誼かと」

「うむ、それもある。だが、それでは足りないな。右近、どうだ?」

「はい。この書状の東国三十三国を殿の領地とするとの文言、これも殿のお考えの中にはおありと存じますが」

「そうだ。では主馬、なぜ家康ではいけない?」

「はっ」

 政景は軽く頭を下げた。政光や宣政、兄のように義宣の意に沿った答えをしなければならない。そのために、政景はここにいるのだ。政光たちは、義宣の望み通りの答えを出した。一瞬考え、政景は自分の考えを口にした。

「内府様へお味方なさったところで、江戸の隣国である常陸に大きな加増は望めぬと思います。それに、治部様の掌中には秀頼様がいらっしゃいます故、大義は治部様にあります」

「よし。お前たち、俺の考えをよく分かっているな。これならば、俺も安心だ。やはり、頭の堅い爺共とは違う」

 広げた書状を叩き、義宣は政景たちをじっと見つめた。義宣の目は、今まで見たことがないほどに真剣で鋭かった。

「俺は、これから父や一門、譜代の連中にこの書状見せ、進退を議論する。俺の考えは治部殿につくというものだが、父上は何かと内府を買っておられるご様子。俺はこの書状を見て、治部殿は家康に負けぬと思ったが、評定はもめるに違いない。我が佐竹家は古い家だ。俺には豊臣家における亡き太閤殿下の様な絶対的な権力はない。家臣たちの意見を鶴の一声でねじ伏せることはできん。父上もご健在であるし。父上は結局のところ、譜代連中の味方なのだから」

 こめかみを押さえて、義宣は眉間にしわを寄せた。義宣の意見に反対する義重や家臣たちの様子を思い浮かべているのだろう。政景にも容易に想像できる。老臣たちは頑固で、考えが古く、無駄に自尊心が高くて困った連中だった。ため息をつく義宣の前に、政光が進み出た。

「殿、評定の場で、私を殿の口にしてはいただけませぬか」

「内膳を俺の口に、か」

「はい。殿のお考えを私の口から申し上げます。最初から殿が治部様にお味方なさると仰せになれば、家臣たちは内心憤慨することでしょう。しかし、私の意見と譜代の意見の両方を聞いて、その結果答えを出したという形になされば、少しは違うのではないでしょうか?」

「だがそれでは、ますますお前は家中で嫌われるのではないか?」

「殿のお役に立つことが、私の何よりの望みにございます」

 政光に先を越された、と政景は思った。政景だけではない。憲忠も宣政も、先を越されたと思っただろう。義宣は満足げに笑みを浮かべた。政光の発言は、義宣の意にかなったものだったのだ。

「では、評定の場には内膳を同席させるとしよう。内膳は弁が立つ。譜代連中に何を言われたところで、反論できるだろう。内膳とともに右近も同席せよ。内膳だけでは、嫌みだの高慢だのと言われてしまうだろうから、右近が間に入ってやれ。右近は俺より十も年上だ。内膳より落ち着いていて、譜代の受けも悪くはない」

「は、お任せください」

「半右衛門にはいずれ会津へ行ってもらう。上杉とは同盟を結ぶつもりだ。その際に、同盟の証として上杉へ参れ」

「承知いたしました」

 政光も宣政も憲忠も、義宣に仕事を与えられた。活躍の場を手に入れたのだ。政景だけが、何も命令されていない。評定に同席するか、憲忠とともに上杉へ行くか、どちらかに自分も参加したかった。義宣にその気持ちを訴えようと身を乗り出すと、義宣と目が合った。

「主馬は、そのまま兵糧の管理と準備を続けるように」

「しかし殿、私も殿のお役に立ちたいのです」

「兵糧の管理も、立派な役目だ。俺は、お前の算用の腕を信頼して、兵糧を任せているのだぞ。主馬はまだ若い。今のうちに、様々な経験をしておくべきだ」

 義宣は政景の頭に手を載せて、子どもをなだめるように軽く叩いた。昔のように、子ども扱いされているような気持ちになった。政景はもう二十歳だ。確かに、この場にいる中では一番若い。経験も足りない。悔しい。このままでは、いつまで経っても、政景は尻奉公で出世したのだと言われてしまう。義宣との関係を後悔したことは一度もないが、自分の能力を評価されないのは嫌だった。

「いつか、主馬には大きな仕事をさせたいと思っている。お前はいずれ、俺の一番の側近になるぞ」

 耳もとでこっそり囁かれた言葉に、政景は素直に頷いた。義宣が政景を慰めて言っているのか、本気で言っているのかは分からない。だが、政景のことを気にかけてくれていることは分かった。それだけで、今は満足するしかない。

 評定に向かう義宣たちの後姿を見つめながら、政景は拳を握りしめた。頭を切り換えて、兵糧の計算をしなければならない。

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