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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(六)

 佐竹家一門である北家の北義斯と、その息子の義憲が死んだという知らせが国許から届いた。義憲は義宣と同い年で、子どものころはよく一緒に遊び、ともに元服をした仲なのだ。弟の貞隆が岩城家へ養子に入った時には、傅役として義憲を同行させた。同い年の義憲の突然の死は、義宣にとって衝撃だった。

 家中では、一門の中で一番力を握っている義久が北家親子が目障りとなり暗殺したのではないか、という噂もあるようだった。それについては、義宣は何とも言えなかった。ただ、北家親子が死んだことにより、東義久に匹敵するような力を持つ一門衆は誰もいなくなった。

 上方では、三成が失脚してから、家康の専横が続いているようなものだった。大老の宇喜多秀家、毛利輝元は帰国し、上杉景勝も帰国が決まった。義宣も景勝の帰国と同じ頃に帰国する。常陸へ戻るのは久しぶりだ。水戸城の整備もしなければならないし、国許でやるべきことは多い。

 ともに帰国が決まったので、義宣は上杉屋敷の景勝を訪れた。上杉家は会津に転封となってからは隣国である上に、先代以前からの交流があり、義宣と景勝も昵懇の仲と言ってもいい。ここでさらに親交を深めておくのは悪くない。義宣は家康と不和とまでは言わずとも、良い関係を築いてはいない。ここで景勝とまで不和になってしまえば、佐竹は会津の上杉と江戸の徳川という大大名に挟まれてしまう形になる。

「会津中納言殿、此度はご帰国おめでとうございます。私もようやく帰国がかないました」

「これで、ようやく国許の政務が見られる。会津は未だ不慣れであり、整備も進んでおらぬ。帰国はありがたい」

「しかし、これで残された大老は内府殿だけということですね」

 義宣の言葉に景勝は黙って頷いただけだった。景勝は非常に無口である。そのことには慣れているが、景勝が何を考えているのかまでは読み取れない。

「内府殿が帰国をすすめられた。我らは会津へ帰国し、国の整備を行う。それだけのこと。侍従殿は如何か?」

「はい。私もそのつもりでおります」

 景勝はまたしても頷くだけだった。その後は特に話題もなく、上杉家の執政である直江兼続と少し話をして義宣は帰った。三成は佐和山へ蟄居となる前、しきりに家康暗殺を計画していたが、上杉では家康に対して何らかの行動を起こすつもりはないようだった。義宣も、今の段階ではどう動くこともできない。景勝の言うとおり、帰国して国許の政務を見るのみだ。

 帰国の準備を進めながら、義宣は琳と徳寿丸にしばしの別れを告げに行った。生まれてから半年近く経ち、徳寿丸はだいぶ大きくなったが、やせ気味のような気がする。乳母の話では、乳をあまり飲まないらしい。癇の虫が強いとも聞いている。

「近日中に、俺は水戸に帰ることになった。留守の間、徳寿丸のことを頼むぞ」

「はい、分かっております」

 義宣を見る琳の目は、昔のようにどこか怯えるようだった。徳寿丸が生まれた頃は、母になったためか少し明るくなった、と感じていたのだが、今ではもとの琳に戻っている。義宣に対して従順だが、怯えるような目をしていて、こちらが悪いことをしているような気持ちになる。

 徳寿丸が生まれてからも琳と褥はともにしているが、医師から琳の体は出産に耐えられないかもしれない、と言われたこともあり、琳との間にこれ以上の子宝は望めないという気持ちが強くなっている。できれば、正室である琳との間にもうひとり男子がほしいのだが、それは無理なのかもしれない。待望の世継ぎである徳寿丸も、家督を継げるようになるまで生きられるのだろうか。

「お屋形様、徳寿丸様は最近ですと、お抱きしていると私の髪や御台様の御髪を引っ張られるようになったのでございます。そうですね、御台様」

「え、ええ。そうなのです、お屋形様。それに、最近ではわずかな間ですけれど、支えがなくても座れるようになって。日々、元気に成長しております」

 黙って徳寿丸を見つめていた義宣に、琳の侍女の昌が話しかけてきた。それに合わせて、琳も徳寿丸の話をする。琳には徳寿丸が虚弱児であると言ってはいなかったが、やはり気づいているのだろう。だから、昌も琳も徳寿丸は健やかに成長していると言いたいのだ。

「お屋形様がお留守の間も、私がちゃんと徳寿丸を見ています。どうか、道中お気をつけて」

「ああ。では、琳、昌、頼んだぞ」

 死なせるなよ、とはさすがに言えなかったが、義宣の本音としては徳寿丸に死なれては困る。父が今の義宣の年の頃には、弟の盛重も生まれていた。だが、義宣には今後男子が生まれるかどうかは分からない。虚弱児の徳寿丸に対して諦めの気持ちも強いが、やはり嫡子として期待もしてしまう。

 琳と徳寿丸に別れを告げ、義宣は弟の岩城貞隆とともに帰国の途についた。岩城家の当主となっている貞隆も帰国を許されていたため、兄弟で帰国することにしたのだ。

 常陸へ向かう途中、義宣は徳川秀忠からの書状を受け取った。江戸と常陸は隣国といえども、義宣はいつも江戸以外の宿に泊まって上洛しているため、今回はぜひ江戸の宿に泊まってほしい、という内容だった。弟の貞隆もぜひ、と書いてある。ここまで言われてしまうと、断る理由がない以上、秀忠の饗応を受けるべきだろう。おそらく、これも上方にいる家康の指示に違いない。

「貞隆、お前もぜひ江戸に泊まってほしいそうだが、どうする?」

「拙者は、兄上に従います。先日亡うなった北家の又七郎は、何事も兄上のご指示に従うように、とよくよく拙者に言っておりました故」

「そうか」

 貞隆にも異存はないようなので、義宣は秀忠のすすめ通り江戸で饗応を受けた。秀忠の対応は丁寧で、佐竹家中への配慮が細々と行きとどいていた。しかも、義宣や貞隆に刀や時服を贈っただけではなく、義久にまで時服と白銀を贈って来た。義宣も太刀や馬を献じたが、秀忠のもてなしに釣り合うものではなかった。江戸を発つときも秀忠は自ら義宣を見送りに出た。ここまで丁寧にされると、家康の思惑が透けて見えるようで、薄気味悪かった。

 常陸に着いてからは、まず国許を見ていた父と話をした。国許では特に目立った問題はないようだ。父は上方の情勢も聞きたがったが、徳寿丸の様子も聞きたがるので、徳寿丸はひとりで座れるようになったと琳から聞いた話を伝えた。父は孫の成長を喜んでいた。少し、胸が痛んだ。

 ひとしきり話をすると、父は逆修善根供養のために高野山へと発った。最近、父は国許の寺社を再建するなど、信心に篤いように見える。

 留守の間に溜まっていた様々な政務を一通りこなしてから、ようやく義宣は祥のもとへ足を運んだ。祥に会うのはほとんど一年ぶりだ。祥の部屋へ行くと、祥は笑顔で義宣を迎えた。一年前よりも、美しくなったような気がする。

「お久しぶりにございます、お屋形さま。お世継ぎのご誕生、まことにおめでとう存じます。御台さま、若君さまがお健やかにいらっしゃいますように、と祈っておりました」

 久しぶりに会ったというのに、祥は義宣に甘えようともせず、頭を深く下げて徳寿丸の誕生を祝った。義宣の寵愛をいくら受けていても、あくまでも自分は側室であるという態度を崩さず、正室である琳をたてている。

「それはありがたい。それにしても、本当に久しぶりだ。祥に会える時を楽しみにしていたのは、俺だけか?」

「まさか、そんなことはありません。わたしも、義宣さまにお会いできる時を、ずっと心待ちにしておりましたのよ。お会いできて嬉しい」

 照れながらも、ようやく祥は義宣に甘えた表情を見せ、義宣の腕の中に収まった。きつく抱き合い、見つめ合い、口を吸う。やはり、祥は一年前より美しくなった。女の色香を感じるようになった。

 何度も口を吸い、そのまま褥に押し倒して体を重ねた。何度体を重ねても、祥は綺麗だと思う。

 睦言を交わしながら、会わない間の一年間に何があったのか、互いに話し合った。祥の一年は下河辺にいた頃のように平穏で、変わったことと言えば、たまに父が訪れていただけのようだ。ただ、阿南は年齢のせいもあるのか、少し元気がなくなったらしい。

「若君さまはお元気ですか? お生まれになって、もう半年経ちましたもの、可愛らしくおなりでしょう?」

 徳寿丸の姿を見てみたい、と言う祥に義宣は気が沈んだ。

「徳寿丸か。確かに、生まれた頃よりは可愛くなったと思う。だが、あいつは虚弱児だそうだ。俺の後を継げるかどうか、分からない」

「そうでしたの。申し訳ございません」

「いや、祥は悪くない」

「けれど、御台さまはさぞお心を痛めておいででしょうね。子のないわたしには、御台さまのご心痛を理解することはできないのかもしれませんが、お気持ちお察しします」

 祥の表情が暗くなったのを見て、義宣は祥を抱き寄せた。祥は一瞬ためらったが、素直に義宣の胸に顔を埋めた。その祥の髪を撫でる。祥と時を過ごしていると満たされた気持ちになる。嫌なことは一時忘れて、安らぐことができる。

「俺も、父として徳寿丸には健やかに育ってほしいと思う。だが、それは叶わないのだろうとも思う。だからというわけではないが、祥との間にも子がほしい。佐竹の血を絶やすわけにはいかない」

「わたしも、義宣さまのお子がほしいです。それに、わたしだって二階堂の血を絶やすわけにはいきませんもの」

「そうだな、祥は二階堂家の後を継いだ姫だ。祥との間に男子が二人生まれたら、そのどちらかに二階堂家を再興させると約束しよう」

「本当ですか?」

「もちろんだ。だが、そのためにはやることをやらなければな。正月前にはまた上洛しなければならない。その前に、色々と励むとしよう」

「それでは、わたしのもとへ何度もいらっしゃってくださいね」

「帰国している間に、子ができるようにか」

「まあ、義宣さまったら」

 じゃれるように抱き合い、義宣は一年ぶりの逢瀬を楽しんだ。祥も恥ずかしがる素振りを見せるが、義宣と過ごす時を楽しんでいるようだった。そんな祥が愛しいと思う。

 水戸にいる間、政務はもちろん見ていたし、水戸城の整備も進めたが、祥のもとにも足繁く通った。祥が懐妊すればいい。義宣も祥もそれを望んでいる。だが、祥には懐妊の兆しがまったく見えなかった。琳に子ができたのだから、義宣に種がないということはないはずだ。まだ側室に迎えて一年だ。琳も妻に迎えて三年目で身ごもった。焦ってはならないだろう。

 年が暮れるのははやく、気づいた時には上洛しなければならない頃になっていた。祥とは、またいつ会えるか分からない。最後に褥を共にした時、祥は水戸で徳寿丸の健康を祈っている、と言っていた。祥の祈りが届いて健康に育てばいいのだが。

 義宣は年賀のために上洛した。景勝は領内の仕置きのために上洛しなかった。景勝は領内の支城や道路の整備、兵糧のたくわえ、鉄砲の量産、浪人の召し抱えなどを行っていると、隣国である義宣は聞いていた。それは新たに会津へ入ったのだから、当然のことだと思っていたが、家康はそう思わなかったらしく、しきりに景勝に上洛を要求した。だが、景勝は上洛しようとしなかった。

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