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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(五)

 加藤清正、福島正則らの石田三成の襲撃に家康は驚いた。ここで三成を殺されては、たまったものではない。人々は家康が三成を殺したと噂するだろう。大老でありながら三成が殺されるところを眺めているだけだった、家康は三成が邪魔だったから見殺しにしたのだ、などと言われてしまっては、家康の声望は地に落ちるに違いない。

 確かに、三成の存在は家康にとっては危険である。利家の死により、三成の脅威は薄れたが、まだ油断はできない。三成は家康の暗殺を企んでいるという噂もあった。ことあるごとに秀吉の遺命をふりかざし、家康を断罪しようとする三成はうるさくてかなわなかった。秀吉亡き今、天下を治められるのは秀吉の残した子どもではない。この家康なのだという思いが、家康にはある。それを感じているのか、家康に摺り寄って来る大名も多い。秀吉の下で好人物に徹してきたが、今こそ家康に与えられた最後の天下取りの機会なのだ。

 佐竹義宣の助けを得て三成が伏見へ逃げ延びたと知り、ひとまず安心した。これで、三成を殺したと責められることはない。だが、七将は家康のもとへやって来て、三成を誅せん、と息巻いている。このままでは、大老として天下を騒がせた責任を負わなければならないかもしれない。それは何としても避けたかった。

 家康は自分の声望を傷つけず、七将も敵に回さず、そしてできれば三成を奉行から追い落とすことのできる対応を考えていた。三成の背後には宇喜多秀家や佐竹義宣がいる。家康に擦り寄る者がいるように、三成と親交が深い者もいるのだ。まさか義宣が三成救出に動くとは思わなかった。こうなるのならば、以前から義宣と親交を深め、家康の養女を義宣の側室にでもさせればよかった。

 佐竹義宣は、家康にとっては邪魔な存在だった。家康の領地と義宣の領地は接する部分が多い。義宣は与力を合わせれば八十万石余りを要している上に、徳川とは違い、父祖伝来の地である常陸を領地にしている。家を支える地盤がしっかりしているのだ。しかも、源義光(みなもとのよしみつ)を祖とする由緒正しい源氏の名門である。源氏を自称する家康としては、佐竹の持つ源氏の名門の光は少しばかり煙たかった。

 三成と昵懇の義宣が隣国というのは、あまりよいものではない。いつ何が起きるか分からないのだ。義宣は秀吉の前では実直な人柄のように見せていたが、常陸一国の支配のためには、国人を城に呼び寄せて謀殺する陰湿なところもある男だ。警戒していて損はない。常陸一国を敵に回すのは痛い。脇腹を常に狙われるようなものだ。佐竹と上杉は先代以前より親交もあり手を結ばれては脅威だ。そのために、婚姻関係を結ぼうとしたのだが、かえって義宣の心証を害してしまったようだった。正室がいるというのに、知らないふりをして正室をすすめたのは失敗だった。側室と言えば良かったのだろう。

 家康が考え込んでいると、毛利輝元の使いで安国寺恵瓊がやって来た。大老のひとりである輝元は、三成と家康の和議を望んでいるらしい。自ら和議を斡旋するとの申し出だった。

 これは都合がいい。大老のすすめで和議を斡旋したとなれば、大義名分はこちらにある。三成を豊臣の天下を騒がせた不忠であると裁くこともできるだろう。家康は、輝元の要請で三成と七将の間の和議を斡旋するという形を取ることにし、家康のもとへやって来ている七将の前へ出た。

「太閤殿下の喪はまだ明けておらぬ。秀頼君の天下において、私怨にて武器を持ち天下を騒がせるなどもってのほかじゃ。早急に兵を退かれよ。ただし、各々方のお気持ちは、この家康よう分かっておりますぞ。そもそも、各々方がこのような行動に出られたのは、治部に原因があるのでしょう。治部は奉行の職を辞し、佐和山に蟄居といたす。いかがかな?」

 家康の裁量に満足したのか、七将は兵を退いた。三成にはこれに加え、いずれ嫡子を奉行職につけると約束をし、家康の息子である結城秀康に佐和山まで送らせた。さすがの三成も、この結果に異議を唱えることはできなかった。

 三成が奉行を辞めさせられ領地に帰ったことで、七将は溜飲が下がったらしく、おとなしくなった。三成の失脚にも成功したし、事態は家康の思ったとおりに進んでいる。だが、七将の三成襲撃騒動で一つ片付いていない問題があった。義宣だ。義宣はこの騒動で三成に加担したことは誰もが知っていることだ。三成へ加担し、騒動を大きくしたことを家康に詫びさせるのがいいだろう。

 家康は、古田織部と細川忠興を呼んだ。


 なぜ三成が佐和山に蟄居となったのか、義宣には理解できなかった。しかも、三成を襲った七将は責められることがなかったというのは、どういうことだ。納得できないが、決まってしまったことは仕方がなかった。

 三成の救出にあたった時、酷い咳をしていた義久だが、今は何も変わりがないように見える。嫌な咳だと思ったが、重い病というわけではなさそうだ。義久は母の命令を聞いて政宗を助けて以来、義宣にとって癇に障る存在だったが、今死なれては困るのだ。義久のことは好きではないが、その能力は認めざるを得ない。秀吉に認められただけのことはある。

 三成が失脚してから数日後、義宣のもとに古田織部が訪れた。古田織部は義宣にとって茶の湯の師匠である。なかなか厳しい指導をされたため、義宣は少し織部が怖い。

「侍従殿、お久さしうございますな」

「織部殿、ご無沙汰しております。一体どのような用向きでいらっしゃったのでしょう?」

「侍従殿は治部殿を救った。これを知らない者はおりません。なぜ内府殿に謝罪なされないのですか?」

「なるほど、そういうことですか」

 織部は何を言っているのだ。義宣は家康に謝らなければならない理由などない。何も恥じるところがないのだ。義宣は胸を張って織部に答えた。

「私は、もとより諸将に恨みはありません。ただ、治部殿は亡き太閤殿下、秀頼様の命に背いたことはなく、諸将が治部殿を襲おうとしたのは私怨にすぎません。私は今まで治部殿に恩を受けてきた身。治部殿の命が危うい時、それを黙って見過ごすことはできなかった。ですから、ただ私の命にかけて治部殿を救っただけのこと」

「しかしなあ、侍従殿」

「それでも、私が内府殿に謝るべきだとお考えならば、織部殿がよきにはかられよ」

 織部は渋い顔をして、その後は茶の湯の話を少しだけして帰って行った。その数日後、今度は織部と同じく利休七哲のひとりである細川忠興が義宣のもとを訪れた。忠興は先日、三成を襲った七将のひとりだ。忠興が何のために義宣のもとを訪れたのか疑問だったが、奥へ通した。

「突然の訪問失礼致した。此度は、内府殿のお言葉を伝えに参ったのだ」

「内府殿のお言葉?」

 なぜ、忠興に家康の言葉を告げられなければならないのだ。もしかしたら、織部の訪問と忠興の訪問、そして家康の言葉は繋がっているのか。

「先日、侍従殿が織部殿に言われたことを、私も織部殿から聞きましてな。私も石田治部を襲った一人ではありますが、あまりにも感銘を受けたため、内府殿へもお伝えしたのです」

「はあ、それは恐縮です」

「内府殿がおっしゃるには、あのような急な事態に臨んで、旧恩に死をもって報いようとなさる侍従殿のお心、まこと義の至れり、と。内府殿曰く、侍従殿に対してどうして別心があろうか、とのことにございました」

 やられた。ここまで言われてしまえば、義宣は家康のもとへ出向いて頭を下げなければ面目が立たない。義宣が家康に頭を下げれば、三成と義宣が先日の騒動を起こし、家康が寛大な対処をしたと思われるだろう。だが、頭を下げに行かなければ、家康が義宣に別心はないと言っているにも関わらず、義宣が頑なに己の非を認めないと思われる。いずれにせよ、家康の声望を高めるだけだ。家康はそれが狙いだったのか。そのために、織部を義宣のもとへ寄こしたのだ。

「そうですか。内府殿がそうおっしゃっているのならば、私も内府殿のもとへ参らぬわけにはいきません」

「では、そのように内府殿へお伝えしよう」

 家康の思い通りに運んだのだろう、と思うと悔しかったが、義宣は向島の家康の館へ向かい、家康に頭を下げた。

「此度はご挨拶が遅れまして、まことに申し訳ありませぬ。先日の騒動をお詫びいたします」

「これは、佐竹侍従殿。顔を上げられよ。侍従殿は治部への旧恩に報いただけではないか。何と実直で義に篤い行動だろうか。家康、感激こそすれ、異存はありませぬぞ」

「かたじけなく存じます」

 何の罪もない三成を失脚させた張本人が何を言っているのだろうか。深々と頭を下げつつ、義宣は内心そう思っていた。同時に、家康という男の恐ろしさも感じていた。家康は自分の思い通りにことを運んでいる。恐ろしい狸だ。これは狸ではなく、鵺なのではないか。恐ろしいとは思ったが、家康のやり方には反感を覚える。何もかも強引過ぎるのだ。

 その後、佐竹屋敷には家康の息子の徳川秀忠が、家康の代わりに挨拶にやって来た。まるで、利家と家康が互いの屋敷を訪問した時の再現だ。秀忠は父の家康とは違い、腰が低く丁寧な印象を受けた。なぜか、義宣に好感を抱いているようでもあった。義宣も秀忠も、周囲に所謂二代目として見られていることに、親近感を覚えているのだろうか。

 家康は毛利輝元と誓書を交換し、兄弟のように親交を深めることを約束した。そして、向島の館から伏見城へと居を移した。世上では、家康を天下様と受け止めているようだった。やはり家康は、底知れぬ力を秘めた鵺なのかもしれない。

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