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道程  作者: 実川
五 落月の秋編
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落月の秋編(二)

 正純の言葉が信じられず、様子を窺ってみたが、やはり正純は本気で家康の娘を義宣にすすめているようだ。

「本多殿、内府殿の姫を私の正室に、とは一体どういうことなのだろうか?」

「佐竹様は、御台様を亡くされて久しいにも関わらず、新たなご正室をお迎えではないと伺いました。主はならば我が姫を、と考えられたのです。姫と申しましても、家中で佐竹様に相応しい年頃の娘を、主の養女に迎えて主の娘をするのですが」

「内府殿の養女を私の妻に」

「常陸と江戸は隣国同士。絆を深めることに何の問題もありますまい。佐竹様、お断りなさる理由はありませぬな」

 義宣の答えも聞かずに、一方的に話を進めようとする正純の態度に、義宣は腹が立った。家康の養女を妻に迎えることを断る理由がないはずない。断る理由だらけではないか。正純は何を言っているのだ。

「本多殿、長谷川殿、わざわざ足を運んでもらって申し訳ないが、その話は聞かなかったことにしよう」

「何故でしょう? 私には理解できませぬ」

 正純の態度の高慢さに、義宣は苛立ち手にしていた扇で畳を叩いた。長谷川は驚いたようだったが、正純の態度は崩れない。憎らしいまでに冷静だった。

「本多殿は私に妻がおらぬと思われているようだが、私には多賀谷家から迎えた立派な妻がいる。しかも、妻は身ごもっており、間もなく子も生まれる。本多殿は、その妻を離縁して内府殿の養女を迎えろと言っているのか?」

「そうでしたか。それは存じ上げませなんだ」

「そもそも、亡き太閤殿下は大名同士の私婚を禁じられている。秀頼様をお支えなさる内府殿が、自ら私婚の禁止を破られようとは。私には、お断りする理由しか浮かばぬがいかがだろうか?」

 正純と長谷川を睨みつけると、長谷川は慌てて平伏した。正純も平伏したが、長谷川のように慌ててはいなかった。正純は自分が正しいと思っているに違いない。家康のために動いている正純は、確かに徳川の家臣としては正しいのかもしれないが、義宣にとっては非常に不愉快だった。

 長谷川と正純を帰した後、憲忠と政光を呼んだ。この二人は次の間で正純たちの話を聞いていたはずだ。

「まったく、何なのだ、あの本多正純の態度は。無礼にもほどがある。まるで、自分だけが正しいと思っているようだ」

「確かに、本多殿の殿への物言い、無礼千万。しかし、どこか石田様の言動に近いものを感じました」

「治部殿と正純が似ている? そんなわけはないだろう、半右衛門。治部殿は、あそこまで独善的な男ではない」

「石田様だけではありません。それがしの隣にいる内膳も、同じ様なものです」

 憲忠が政光を指すと、政光は心外だと言いたげに憲忠を見た。政光は浪人出身の出頭人で、義宣は重用していた。確かに、秀吉が三成をそばに置くことや、家康が正純をそばに置くことと、義宣が政光を重用することは似ている。それに、政光の態度が義宣の威光を笠に着て独善的である、と譜代の老臣たちは言っていた。実際のところは、政光が独善的なのではなく、老臣たちの方が政光の言い分を理解できないだけなのだが、政光の言葉の端々には、頭のかたい老臣を馬鹿にするような響きがあることは確かだ。三成も豊臣家の武断派の諸将には嫌われている。

 言われてみれば、正純の態度は三成や政光に似ているかもしれない。三成と政光が、一部の人間には嫌われる理由が、分かった気がする。

 正純が義宣にすすめた家康の養女との縁談は、側近にだけ伝え、家中には黙っていた。もちろん、琳にも伝えていない。大事な時に、余計な負担をかけるわけにはいかないのだ。

 義宣のもとに家康の使者が来て数日後、家康が私婚の禁止を破り、伊達政宗や福島正則、加藤清正と婚約を結んでいたことが明らかになった。それは明らかに秀吉の遺命に背く行為であり、大坂の大老、奉行は糾問使を伏見の家康のもとへ派遣した。

 糾問使は家康の答え次第では大老から外れてもらう、とまで家康に言ったが、当の家康は一時忘れていただけのことだと返答した。しかも、家康を大老から外すということは秀吉の遺命に背くことになるのだと、かえって糾問使に逆襲をしたのだった。その結果、三成ら五奉行は謝罪のために剃髪し、秀吉の遺命を守ることを家康に誓約することになった。

 正純らが持ちこんだ縁談は、義宣にとってはとんでもないものだったため断ったが、もし義宣に妻がおらず、家康の養女と婚約を結んでいたら、今頃はどうなっていたのだろう。家康が婚約を結ぶ相手に加藤清正、福島正則、伊達政宗を選んだのは、敵に回すと厄介だとおもったからだろうか。そうならば、義宣も家康に厄介だと思われているのかもしれない。義宣が、隣国の大大名である家康に警戒心を抱くのだから、家康が同じ様に思っていてもおかしくはない。

 糾問使が派遣された時、伏見の徳川屋敷には家康に心を寄せる諸将が、警護にあたるために駆けつけていた。親子ともに秀吉に仕えた黒田長政や、淀の方の妹を妻に迎えている京極高次までが家康の警護にあたっていることに、義宣は驚いた。奉行に剃髪をさせたり、諸将が警護に駆けつけたり、秀吉の死後、家康の力は急速に強まっているようだ。

 この事件の後、義宣も家康の養女を妻に迎えないか、とすすめられていたことを三成に告げると、剃髪姿の三成は眉間に深い皺を刻み、苦々しい表情を浮かべた。

「内府は何を考えているのだ。なぜ、佐竹殿に奥方がおらぬと思ったのか。ならば、佐竹屋敷にいるおなごは誰だというのだ。もしかしたら、内府お得意の物忘れだったのかもしれませんな。佐竹殿もお忘れになるのが一番です」

「はあ」

「此度の一件、内府は自分の思い通りにことが運んだと思っているかもしれませんが、そんなことはありません。大坂の前田殿は非常にお怒りです」

 前田利家は家康と並ぶ大老だ。利家が家康に対して何か行動を起こせば、家康も大きな顔はしていられないだろう。三成は利家に大きな期待をしているようだった。

「しかし、前田殿はそう長くありますまい。前田殿が亡くなられた時が、一番危ないと私は思っております。いざとなれば、力尽くでもあの古狸を排除せねばならぬかもしれません。あの男がいる限り、豊臣家に平穏が訪れるはずがない」

 正純の物言いと三成の物言いは似ている、と憲忠は言っていたが、確かに似ているかもしれない。だが、正純には腹が立ったが三成には腹が立たない。随分と勝手な思いのような気もするが、三成には秀吉との間に色々と便宜をはかってもらっているし、宇都宮家が改易になった時に連座とならなかったのは三成のおかげだ。義宣には三成への恩がある。それに、義宣は三成のこうした物言いが嫌いではなかった。

 一時、三成が家康の暗殺を企んでいるのではないか、という噂も流れたことがあったが、それは単なる噂ではなかったのかもしれない。三成の決意を聞いていると、家康の排除のためには暗殺もやむを得ない、と思っているように聞こえる。

「佐竹殿、どうか内府にはお気をつけください」

「承知いたしました。此度の一件で、私も内府殿への警戒心を抱きましたよ。妻のいる人間に向かって、縁談をすすめるとは。それに、私は豊臣家だけではなく、治部殿にも恩義がある。その恩を忘れるほど、私は薄情ではないつもりです」

「そのお言葉、亡き殿下もお喜びでしょう。もちろん、この三成も嬉しく思っております。佐竹殿、若子がお生まれになるとよいですね」

「ありがとうございます。若子でも姫でも、私のとっては初めての子。無事に生まれることを祈るばかりです」

 さりげない三成の気遣いが義宣は嬉しかった。三成のもとを去り屋敷へ戻ると、随分と屋敷の中は慌ただしかった。表の男たちはどこかそわそわしているだけで、奥の方の様子がおかしい。もしかしたら、子が生まれたのだろうか。

 奥の女を呼んで話を聞くと、琳が産気づいたのだそうだ。もうすぐ、義宣の子が生まれる。

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