那須の女と伊達の女編(二十一)
父に太田城をまかせ、義宣は家臣を引き連れて水戸城へ移った。八重は予定通り太田城に蟄居させたままにしている。しばらくは水戸城の改築や城下の整備に専念したいが、三成からは近々秀吉が九戸征伐を命じるだろうと知らせがあった。またすぐに国許を離れなければならないのかもしれない。
三成の書状は、九戸征伐のことだけではなく那須家のことにも触れていた。資晴が家康を通じて復興を目指していることは知っていたが、秀吉が資晴の息子である藤王丸に知行地を与えることを検討し始めたらしいのだ。秀吉の怒りは収まったのかと思ったが、それと八重のことは別の問題らしく、早々に那須の女は離縁した方が良いと三成にまた忠告されてしまった。
その書状を太田城から水戸城へ来ていた義重に見せると、義重は渋い顔で義宣に書状を返した。
「御台は、太田城ではなくどこかの寺にでも幽閉した方がよいのではないか?」
「寺に幽閉ですか?」
「そうだ。いくら蟄居、謹慎させているとはいえ、御台はまだ城内に住んでおる。それよりは、寺に幽閉した方が殿下の心証は良くなるのではないかのう。お前が、あくまでも離縁をしたくない、と言うならばな」
義重の言葉には少しとげがあるようだ。義重も、八重のことは離縁した方が良いと思っているのだろう。それは当然だ。義宣の方がおそらくおかしいのだ。だが、現在の当主は義宣だからか、義重は離縁しろとは言ってこなかった。
「父上は、母上が政宗を助けたと知った時、母上を離縁なさりませんでしたね」
義宣は嫌みを言いたい訳ではなかった。ただ、母が義久に命じて政宗を助けた時、義重はなぜ母を離縁しなかったのだろう、と思い、この問いをしてしまった。その理由を聞けば、義宣が八重を離縁したくないと思う気持ちにも説明がつくかもしれない。
「あれはお前たちの母親であったことだし、此度のように実家が改易されたわけでもないからな」
「では、もし小田原で伊達家が改易されていたら、母上を離縁なさりましたか?」
「せんだろう。わしひとりが伊達の女を離縁したところで、伊達にゆかりのある女はほかにいくらでもおる。それに、お前の母は政宗の叔母でしかない。だが、御台は違う。改易された当主の妹だ」
確かに、父の言うとおり父と義宣では置かれた状況が違う。そのためか、義宣が納得するような答えは得られなかった。
「父上は、二度も政宗を助けた母上を、憎いと思ったことはないのですか? なぜ、側室を置かれないのですか?」
この問いに、義重は面食らったようだった。息子を前に、その母親のことをどう言えばいいものか、迷っているらしい。眉間にはくっきりと皺が刻まれている。だが、この問いの答えが聞ければ、義宣は今度こそ自分の感情にも説明がつくような気がした。
「憎いと思ったことがないと言えば嘘になるかもしれん。だが、憎いという感情だけでは、お前たちは産まれておらんのだぞ。それに、あれはああ見えて、嫉妬深い。表には出さぬが、わしが女に手をつけたと知ると、内心は烈火のごとく怒るのだ。そういうところが、まあ、可愛いと思えなくもない。何より、長年連れ添っておれば、情も移るというものよ」
「そうですか」
「わしも、昔のお前のように女中に手をつけたことくらいある。だが、あれを怒らせると恐ろしくてな。孕ませるような失敗だけはせぬように、あれには知られぬように手をつけておるのだ」
義重の話を総合すれば、義重は母を憎らしいと思ったことはあるが、結局のところ母を愛しく思っているようだ。それが、夫婦の絆、夫婦の情というものなのだろうか。義宣と八重の間に、そのようなものが存在しているとは思えない。八重とは、連れ添って六年だ。六年しか経っていないのか、と思うが、もう六年も過ぎたのか、とも思う。その間、八重に嫌われはしたが、嫉妬などされたことはなかった。
「そうだ。お前は、あれに似ているかもしれん」
「母上に?」
頷く義重を見て、義宣はそうだろうか、と内心首を傾げた。義重の話を聞き、母に似ていると言われても、義宣は自分の気持ちに説明をつけることなどできなかった。説明はつかないが、まだ八重を離縁したくないと思っている。
会話を打ち切り、義重は太田城へと戻って行った。義重を送った後、義宣は太田城にいる八重の侍女に宛てて書状を書いた。吉野が死んだ今、八重の侍女は朝霧といった女だったはずだ。
八重を離縁したくない。だが、秀吉の心証を損ねたくはない。義重に言われた通り、義宣は八重を寺に幽閉することにした。いずれ、秀吉の許しを得たら、寺へ八重を迎えに行く。それで、この場を何とかしのぐしかなかった。
義宣に蟄居、謹慎を命じられてから、八重は一歩も奥の局から外には出なかった。そもそも、義宣に命じられずとも、奥の局から出るつもりなどまったくない。だが、奥にいても表の騒動は伝わってくる。先月の梅見の宴は、恐ろしい惨劇だったのだろう。話を聞いただけで、血の臭いが奥まで漂ってきそうだ。
激しい言い争いをしてから、八重は一度も義宣に会っていないが、義宣が太田城で反抗的な諸豪族を暗殺したという話は聞いている。陰湿で凄惨で、あの男のやりそうなことだと思い、嫌悪したものだった。
血塗られた城に八重を留めておくのも、義宣の嫌がらせなのかもしれない。八重を離縁しないと言い、血塗られた城に閉じ込め、義宣は八重を追いつめようとしているに違いない。離縁という手段ではなく、八重の自害という形で、那須家改易に決着をつけたいのだろうか。
だが、正室が自害など、名門である佐竹家には不似合いなのではないか。義宣が、正室の自害という外聞の悪いことを、好んで八重にさせようとしているとは思えない。あの男は、佐竹家という名門が何よりも大事なのだ。そのために、八重を犠牲にすることはあっても、自分が泥をかぶることはないに違いない。
吉野が殺され、多くの血が流された城の奥で、八重は日がな一日何をするでもなく過ごしていた。朝霧が話し相手になってくれるほかは、誰とも会わず、口をきかず過ごしている。少し、気が滅入ってきた。
佐良土で蟄居させられているという兄は、どう過ごしているのだろうか。懐かしい那須の地はどうなってしまったのだろうか。
朝霧は表に呼ばれて、局にはいない。暇を持て余した八重は、嫁いでくる時に那須から持ってきたものを探すことにした。少しでも那須にいた頃の思い出に浸れるものが見たかった。だが、物の管理はすべて吉野に任せていたため、八重ひとりではどこに何があるのか分からない。手探りで探してみると、白い打掛を見つけた。これは、嫁入りの際に兄の資晴が八重のために仕立てさせた婚礼衣装の打掛だ。
懐かしい。資晴は、この衣装を着た八重を美しいと言ってくれたものだった。同時に懐剣を渡して、八重が佐竹に嫁ぐ以上は、佐竹を攻めないと約束してくれた。資晴からもらった懐剣を、今も八重は大事にしている。その時は、まだ八重は那須にいて、吉野も隣で笑っていて、資晴もすぐそばにいた。あの頃のことを思うと、涙があふれる。
だが、今となってはこの白い花嫁衣装も、八重にとっては死に臨むための白装束にしか見えなかった。思えば、佐竹家に嫁いだ時から、八重は死んだようなものだったのだ。八重を佐竹の人間として認めようとしない姑や家臣。いきなり女中たちに手をつけだし、八重を手篭にした忌むべき義宣。吉野を殺した舅。義宣に罪があったとしても、その子には何の罪もないというのに、義宣との間にできた子は死んでしまった。多くの人間の血で赤く染まった太田城。なぜ、八重はこんなところにいるのだろうか。吉野は命をかけて八重を守ってくれたが、今の八重に生きる意味はあるのだろうか。
資晴は北条とともに豊臣秀吉や佐竹など滅ぼし、八重を迎えに来てくれるのだと思っていた。その資晴は、豊臣秀吉のせいで烏山城を追われ、佐良土に蟄居させられている。資晴が八重を迎えに来るということが、今となっては夢幻に過ぎないというのならば、いっそ八重を佐良土に送ってくれればいいのに。
打掛を手でなぞり、物思いにふけっていると、廊下を駆ける足音が聞こえてきた。この局にやって来る人間は朝霧だけだ。朝霧がこちらへ向かっているのだろうが、こんなに慌ててどうしたのだろうか。
「御台様、お屋形様よりの書状が届きました」
「そう。何と書いてあったの?」
「それが、御台様に耕山寺に移られるようにとのことです」
「寺へ移れですって? 今でさえ、わたくしは蟄居させられているというのに、あの男は、今度はわたくしを寺に幽閉しようとしているのか」
朝霧は否定も肯定もしなかったが、細かく震える手を見れば、八重の幽閉が事実であると分かる。義宣は何を考えているのだろうか。寺に幽閉など、このような屈辱に八重はもう耐えられなかった。血なまぐさい太田城も、どのようなものか知らぬ寺も、もう嫌だ。
「御台様、いかがなされますか? お拒みになれば、大変なことに」
「そうね。そなたの身にも危険が及ぶかもしれない。それは、わたくしとしても避けたいところ」
朝霧が怯えないように、にこりとほほ笑んでみせると、朝霧は明らかに安心していた。吉野が死に、梅見の宴での暗殺があり、朝霧も心穏やかではなかったのだろう。
「次郎殿に返書をしたためましょう。朝霧、筆と紙の用意をなさい」
「はい、ただいま」
来た時と同じように、朝霧は廊下を駆けて行った。何も急ぐ必要はない。返書など、書くつもりはないのだから。
資晴からもらった懐剣を手に取り、鞘を払った。懐剣の刃は鋭く光り、八重の顔を冷たく映し出していた。




