無垢の子ども編(三)
お目見えの次の日から、金阿弥は人見家ではなく城で義宣に仕えるようになった。
髪を剃り茶坊主として仕えることになったのだが、茶坊主がどのような仕事をするのか分からず、城内での作法なども分からず、それらを覚えることで精いっぱいだった。幸いなことに、兄の憲忠がもともと義宣に茶坊主として仕えていたため、憲忠から詳しい話を聞けたのだが、憲忠はいつも金阿弥の面倒を見てくれるわけではない。だから、分からないことは同年代の小姓たちに聞いたのだが、小姓たちは何も教えてくれなかった。
城内の小姓たちは、佐竹家の譜代家臣の子弟なのだと憲忠に教えられた。譜代の子弟は、金阿弥のような浪人出身の子どもが、いきなり義宣に召しだされたことが面白くないのだそうだ。憲忠も、いつもその小姓たちの親に「浪人上がり」といわれていると言っていた。
慣れない城勤めに、冷たい同僚たち。登城してから家に帰るまで、毎日気を張りつめていなければならなかった。これならば、藤道のもとにいた方がよかったかもしれない、と思うこともあった。
だが、せっかく義宣が直々に金阿弥を召しだしてくれたのだ。だから、同僚たちに冷たくされようと、浪人の子どもだと蔑まれようと、せめて義宣の役に立てるようになりたかった。見様見真似で仕事を覚え、家に帰ってからも寝る間を惜しんで復習をした。その甲斐があって、三月も経つ頃にはひとりで大概のことはできるようになった。
ここまで頑張れたのは、義宣のおかげだ。義宣は優しかった。城に上がらなければ、会うことも声を聞くこともできない雲の上の人だったのに、浪人の子どもである金阿弥にとても優しかった。義宣のそばにいられることを思うと、やはり登城してよかった、と思う。
義宣は金阿弥が失敗をしても怒らなかった。次はうまくできるだろう、と言って励ましてくれた。暇があればそばに呼んで、家中の話や他家の話などをしてくれた。
菓子を与えてくれることもあった。大事にしまって家に持って帰ろうとすると、いつもその場で食べるように言われた。義宣がくれる菓子は金阿弥が口にしたことのないものばかりで、思わず、おいしい、と呟いてしまう。そうすると、義宣は、よかったな、と言って微笑んでくれる。それが少し恥ずかしかったが、嬉しかった。
金阿弥は、義宣から一度聞いた話は忘れないようにした。義宣の話を覚えていると、義宣は褒めてくれるのだ。義宣に褒めてもらえるのが嬉しくて、金阿弥は努力した。そのたびに義宣は褒めてくれた。頭を撫でてくれることもあった。
ほかにも、金阿弥が知らなかったことを、義宣はいろいろと教えてくれた。常陸の金山の話や、検地の話など、まだよく分からないこともあったが、教わることが嬉しかったし、知らないことを教えてもらうのは楽しかった。分からないことは、憲忠や憲忠の同僚の政光に聞いて勉強した。
義宣にはいつも優しくしてもらってばかりで、教えられてばかりで、今はまだ何も金阿弥には返せるものがないから、ただ懸命に努力した。いつか憲忠や政光のように、義宣の役に立てるように、と一心に思い勉強した。
だが、そうして義宣の役に立とうとしている金阿弥のことを、譜代の子弟たちはよく思っていないようだった。この間は、廊下を歩いていたら足をひっかけられて転んでしまった。怪我はなかったが、転んだ時は痛かった。人気のない部屋に連れ込まれて、いい気になるな、と言われたり、いろいろな悪口を言われたりしたこともある。ただ、義宣の役に立ちたいだけなのに、そう言われると悲しくなる。
それでも、金阿弥は意地悪をされているということを義宣には言わなかった。告げ口をしているようで、何となく嫌だったのだ。それに、義宣に言うと、ますます意地悪がひどくなりそうな気もしていた。
そのことを知っているのか知らないのか、それは分からないが、義宣は頻繁に金阿弥を呼んで、色々な話をしてくれた。頭を撫でられるだけではなく、膝の上に載せられそうになったときは驚いた。
「殿、いけません」
金阿弥がやんわりと義宣の腕を押し返そうとすると、義宣は不満そうな顔をした。だが、いくら子どもだからと言って義宣の膝に載るなど、いけないことだと思うのだ。初めて義宣に会ったとき、金阿弥を抱き上げた義宣に、藤道は、いけません、と言っていたではないか。
「嫌なのか?」
「いいえ、そんなことはありません」
嫌だなど、とんでもない。慌てて首を振ると、体が一瞬浮き、義宣と向かい合うように膝の上に載せられていた。
「嫌ではないのだろう?じゃあ、いい。俺がこうしたいんだよ」
義宣の腕が背中に回され、優しく抱きしめられた。義宣の体温が伝わってきて、とてもあたたかい。抱きしめられた瞬間は緊張したが、その緊張が解けていく。頭を撫でられるよりも、ずっと嬉しかった。
怒られるかもしれない。だが、もしかしたら義宣は許してくれるかもしれない。胸の前で握りしめていた手を、金阿弥はそろそろと伸ばし、義宣の首に抱きついた。義宣の体が一瞬びくりと動いたので、怒られるかと思って手を元に戻そうとした。
「いい」
「え?」
「そのままでいろ」
そのまま、というのは義宣の首に抱きついていてもいいということだろうか。戻そうとした手をそのままにして抱きつくと、義宣の腕の力が少し強まった。あたたかい。
義宣に抱きしめられていたのは、短い時間だったのだと思う。だが、金阿弥には時が止まったように長い時間に感じられた。義宣の腕が離され、膝の上から下ろされても、まだ義宣の腕の中のあたたかさが残っているような気がした。




