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道程  作者: 実川
三 那須の女と伊達の女編
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那須の女と伊達の女編(二十)

 義宣の姿を認めると、八重はすぐに自室へと顔を引っ込めた。だが、義宣は八重が障子を閉める前に、閉めかけた障子を開け放った。八重は義宣を睨みつけるように見上げている。なすと話している時は、自分が八重を道具としか思っていないのか、なぜ離縁したくないと思うのか、と考えていたが、八重の顔を見ると、そのような考えは頭の中から消えてしまった。

「久しぶりだな、八重。病は癒えたようで何よりだ」

「心にもないことをぬけぬけと。よくも、わたくしの前に姿を見せられたものだこと」

「夫が妻を訪ねて何がおかしい?」

「夫? 妻ですって? 笑わせる」

「ところで、いつもお前に付いている吉野の姿が見えないが、どうしたんだ?」

 吉野の名を口にすると、八重の表情にわずかに動揺の色が見えた。八重は父も知らないことを知っているに違いない。吉野の死には、何か隠しておかなければならない秘密があるはずだ。

「吉野は、わたくしの病がうつって死にました。気の毒に、わたくしにずっと尽くしてくれていたというのに」

 八重の言っていることは嘘だ。吉野は父に殺された。これで、八重と吉野は共謀していたことが分かる。おそらく、八重も吉野の赤子のことは知っていたはずだ。今となっては、本当に八重が病で臥せっていたのかどうかもあやしい。吉野の不義が知られぬように、口裏を合わせていたのかもしれない。

「八重、お前は本当に病で臥せっていたのか?」

「いきなり、何を言うかと思えば」

「お前が臥せっている姿を誰も見ていない。吉野ともう一人の朝霧とかいう者しか見ていないはずだ。本当に病だったという証はあるか?」

「吉野は、わたくしの看病をしていて、わたくしの病がうつって死んだのです。それが証ではありませんか」

「吉野は、出奔しようとしていたところを父に見つかり、父の手で殺されている」

 父から渡された吉野の切られた髪を八重に突き付けると、八重は小さく悲鳴を上げて吉野の遺髪を義宣の手から奪い取った。八重の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「事実はどうなんだ? お前は、なぜ俺とともに上洛しなかった? 吉野の子の父親は? 俺が家のために駆けずりまわっている間、お前たちは奥で何をしていたというんだ」

 吉野の遺髪を握り締めたまま、八重は俯き小さく笑った。何がおかしいというのだろうか。義宣が不在の間、この城の中で何が起こっていたのだ。小田原参陣に会津征伐、上洛と上方の情勢についていくのが精一杯だった義宣は、奥で何が起こっていたのかまったく分からない。しかも、今は八重の実家が改易され、義宣の立場は危うくなりかけている。その那須の女である八重は、何がおかしくて笑っているのだ。八重の態度に、義宣は苛立った。

「わたくしが、なぜ上洛をしなかったのか? そんなことも分かりませんの? あなたのような男とともに京になど、行きたくなかったからに決まっているではありませんか。しかも、わたくしの可愛い吉野が身重とあらば、吉野を置いて行くことなどできるはずもありません。あなたが留守の間、わたくしたちは吉野の子を無事に産ませようとしていた。それだけのことだわ」

 八重が上洛しなかったのは、義宣とともに行くのが嫌だったからだと言うのか。笑みを浮かべる八重が憎く思えた。

「お前は、奥を取り締まる御台という立場にありながら、侍女の不義密通を見逃すどころか、それを祝ってやろうとしていたのか?」

「何が悪いの? たとえ、どんな事情でできた子であろうと、その子に罪はない。子には、何の罪もないというのに」

 吉野の子は、父の話によれば生まれてすぐに死んだはずだ。そのことを思い出したのか、八重はさめざめと涙を流している。義宣のことを気にかけたことなどないというのに、死んでしまった吉野とその子のためには、八重は目を赤く腫らして涙を流す。そのことも、義宣の苛立ちを増させた。

 八重には、これ以上吉野の出奔のことを聞いても口を割りそうにはない。それに、吉野の証言と父の見た吉野の姿、八重の言葉から考えるに、吉野の出奔は間違いなく不義の子をなした故のことだろう。八重が上洛しなかったのは、義宣についてくるのが嫌だったことと、吉野が心配だったことが理由だとも分かった。

 那須家改易の上に、侍女の不義密通、更には八重が病ではなくただの我がままで上洛しなかったことが明るみに出れば、ただでさえ不安定になりつつある義宣の立場は一層悪くなる。ここは、義重と同様に目を瞑るしかないだろう。

「分かった。吉野の不義密通は不問にしよう。八重も、次回から上洛すれば問題はないはずだ」

「上洛?」

「ああ。今は、殿下のお怒りが解けるまでお前を蟄居、謹慎させるが、いずれ許されたら、上洛してもらうからな」

「わたくしを離縁なさらないのですか?」

「ああ」

「信じられないわ。わたくしを上洛させて、関白の慰み者として差し出すおつもり? 改易された家の女にはそれが似合いだとでも? わたくしを差し出して、少しでも関白の機嫌を取るおつもりなのかしら?」

「そんなことは言っていないっ」

 八重の物言いに義宣は思わず怒鳴ってしまった。義宣が八重を離縁しないのは、そのように下衆な考えがあるからではない。八重を秀吉に差し出すなど、考えたこともなかった。だが、八重を離縁しないとしたら、八重に残された利用価値は、その程度のものだ。

 那須家との同盟の証としての意味は、八重にはすでにない。那須家は義宣ではなく家康を頼りに復興の道を探っている。もう、那須家と佐竹家の間で同盟が交わされることはないだろう。人質としての意味もない。資晴が義宣ではなく家康を選んだ時点で、八重は資晴に見捨てられたようなものだ。

 離縁しない理由など、どこにもない。秀吉には離縁するように言われているし、資晴は義宣の顔に泥でも塗るように家康に媚びている。

 義宣とともに上洛したくなかった、と言い放った八重が憎らしい。だが、離縁はしたくない。なすの言うとおり、八重を道具としか見ておらず、まだ何か利用価値があるとでも思っているのか。そんなことはないはずだ。ならば、なぜ八重を離縁しない。八重は、こんなにも憎しみをこめて義宣を睨みつけていると言うのに。

 だが、約一年ぶりに見た八重は、たとえ憎しみに燃える顔であっても、秀吉のすすめる京女の誰よりも、美しかった。

「とにかく、八重は太田城の奥の局で謹慎だ。奥の局から出ることは、決して許さない」

「分かりました。あなたがそのつもりならば、わたくしは自分の力で那須へ帰るわ。わたくしは、那須の女ですもの」

 最後にもう一度謹慎のことを告げ、義宣は奥を後にした。背後から八重の叫びが聞こえる。一年前ならば、吉野が後を追って来て、何とか義宣と八重の仲を取り持とうとしていたものだった。まだ一年前のことのはずなのに、ひどく遠い昔のように思える。

 八重のもとを去った義宣は、まっすぐ義重の部屋へ向かった。義重は、義宣の留守中に残された南方の豪族たちを一網打尽にする計略を練っていたのだ。あとは、義宣が義重と相談を重ね、実行に移せばいい。とりあえず、その間は八重には謹慎をさせておけばいいだろう。八重をどうするかは、次の上洛までに決めればいい。今は、まず南方の豪族を片づけることが先だ。

 義宣は、義重との相談の結果、南方の豪族たちを太田城に招くことにした。ちょうど、城内の梅が見ごろになっている。梅見の宴を開き、その場で佐竹への追従を誓わせる。書状には、梅見の宴を楽しみたい、ということだけを書いたが、佐竹への追従を誓わせられるということくらい、豪族たちは理解しただろう。

 二月九日、南方の諸豪族を招いた盛大な梅見の宴が太田城で開かれた。豪族たちの表情は暗い。江戸と大掾を討った佐竹を警戒しているのがよく分かる。居並ぶ豪族たちの前に、義宣は義重とともに現れた。その後ろには、義久、義憲、義種ら一門衆が続いている。

「皆よく集まってくれた。私は、常陸一国は佐竹家のものと関白殿下から朱印状をいただいている。それにも関わらず、江戸や大掾は我らの命を聞かず、むしろ逆らった。それ故に、今日のような結果となったのだ。皆には、よく分別をしてもらいたい」

 義宣の言葉に、豪族たちは渋々頭を下げた。だが、中には頭を下げようとしない者たちもいた。それを義宣は見逃さなかった。後ろに控える義久に目配せをすると、義久は黙って頷き、姿を消した。

「皆の決意、佐竹は嬉しく思う。では、今日は我が城内の梅を存分に楽しんでもらおう。ちょうど、紅梅が見ごろになっているからな」

 義宣が言い終わると同時に、庭に張っていた幕が一斉に上がった。幕の向こう側には、刀を手にし、襷がけをした家臣たちがそろっている。豪族たちは、突然のことに反応が遅れているようだった。

小高治部少輔こだかじぶしょうゆう相賀詮秀おうがあきひで手賀高幹てがたかもと武田信房たけだのぶふさ、貴様らはお屋形様への追従を誓わなかった。よって、この場で死をもって従ってもらおう」

 家臣たちとともに幕の陰に移動していた義久が、先ほど頭を下げなかった四人を指差し、後ろに控えている家臣に合図を送った。家臣たちが四人に斬りかかる。だが、さすがに事態を理解した豪族たちが大人しく斬られるはずがなかった。小高らは家臣とともに佐竹家に刃向ったが、多勢に無勢では、抵抗の時間は短かった。四人は家臣ともども斬られ、その血は城を赤く染めた。

 小高らに刃が向かうと、その場にいた者たちは我先にと逃げ出そうとした。それを、義憲と義種が指揮を取り追いかけて行った。ある者は諦めておとなしく縛につき、ある者は自害して果てた。また、ある者は城外まで逃げおおせたものの、結局捕まり殺害された。おとなしく縛についた者たちは、命だけは助かるのではないか、と期待に満ちた眼差しで義宣を見上げていたが、義宣は義久にその者たちも殺させた。

 梅の咲く庭は血で赤く染まり、白梅もまるで紅梅のようだった。城の壁も豪族たちの血で赤く染められている。城内には、血のにおいが充満していた。もしかしたら、八重も奥でこの騒動を聞きつけ、血のにおいを嗅いでいるのかもしれない。

「お屋形様、此度の梅見の宴に招いた豪族は、すべて始末いたしました」

「そうか」

「これで、常陸一国は名実ともに我らが佐竹家のものとなりました」

「ああ。俺の威勢も常陸中に広まるというものだ。これで、佐竹に逆らおうとする者は、この常陸から消え失せただろう」

 義久の報告に義宣が頷くと、義重も感慨深げに頷いていた。父や祖父の念願だった常陸一国の統一が、義宣の代でなったのだ。秀吉という権力者の後ろ盾があってこその成果だが、常陸が佐竹家のものになったことに変わりはない。梅見の宴に豪族を呼び、その場で暗殺するという計略は、義重の考えに義宣が考えを加えてできたものだった。義重は、見せしめに何人か殺せばいいと言ったが、義宣は集まった者すべてを殺すことにした。それによって、佐竹家の威勢を示したかったし、自分自身の権威も示したかった。

 義宣は、居城を太田城から水戸城へ移すことにした。血濡れた城は佐竹家の新体制にはふさわしくない。何より水戸城の方が、利便性がいい。城替えとともに、義宣は口うるさい老臣たちからの脱却を目指していた。それがうまくいくかどうかは、まだ分からない。義重はわずかな老臣たちとともに太田城に残ることになり、家中では北城きたじょう様と呼ばれるようになった。

 太田城の奥の局で謹慎させている八重は、そのまま太田城で謹慎させることにした。那須家の問題が何とかなるまで、義宣は八重を太田城で謹慎させ、水戸城に呼ぶつもりはなかった。

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