那須の女と伊達の女編(十九)
義重は義宣と入れ替わる形で京から帰国していたが、それを奥には知らせずにいたのは、江戸と大掾に知られないためだった。今回の義重の帰国の目的は、江戸と大掾を攻めることだ。奥の女に知られたところで、情報が漏れるとは考えにくかったが、義重も義宣もまだ上洛中だと相手に思わせることが今回の要なのだから、義重の帰国を知っている者は少ない方がいい。
三成から正式に江戸と大掾の征伐許可をもらったことを義宣から知らされ、表の留守役たちにも告げると、皆は久々の戦に興奮しているようだった。今、城に残っているのは義重の家臣である老臣たちばかりだ。久々の戦に興奮する気持ちも分かる。
帰国してすぐに作戦を話し合い、まずは江戸から先に攻めることにした。江戸には義重の娘のなすがいる。先に大掾を攻めた場合、残された江戸がなすを殺してしまうかもしれない。なすは、まだ十歳の幼子だ。義重や義宣の都合で江戸に送ったが、命を散らすにはあまりにも幼すぎる。できることならば、佐竹に戻したかった。母親である芳もそれを望むだろうし、義宣もなすの命は助けたいと思っているはずだ。
義重がなすを救出したいという旨を伝えると、家臣たちも賛同した。佐竹の一人娘だ。死なせたくないという思いが一番だが、まだ十歳なのだからこれからまた違う家に嫁がせることもできるだろう、とも考えていた。家臣たちも、それは分かっているだろう。
作戦が決まった頃には、すでに夜は更けていた。家臣たちを自分の屋敷に帰した後、義重は何となく散歩に出た。久々の城を歩いて見てみたいと思ったのかもしれない。冬の夜風は冷たかったが、このくらいの冷たさが義重には心地よかった。
散歩の途中、女を見つけたのは偶然だった。枝の折れる音と人の気配を感じ、その場に行ってみると、義宣の御台付きの侍女が、赤子を抱えていた。吉野と名乗った侍女は、その子どもは自分が産んだ不義の子だと言った。御台は病に臥せっていて何も知らないのだから、内密にしてほしい、と言われたが、本当に御台が何も知らないということはないだろう。
吉野は義重が問いただしても、決して相手の男が誰かを明かさなかった。義宣ではないと吉野は言ったが、ここまで必死に隠そうとし、しかも御台には内密にしてほしい、と言うのだから、義重はこの赤子は義宣の子に違いない。奥に入れる男は、義重と義宣を除けば、義久くらいだ。その義久も、芳が用事を言いつける時に限り、特別に奥に入れるのだから、ほかの男と吉野がいつどのようにして不義を働いたのか疑問だった。だが、義宣の子だとしても、もう赤子は死んでいる。今更、どうしようもないことだ。だから、相手の男の罪を問うことはやめた。
吉野と赤子のことは、本人の希望通り御台には内密にした。吉野は御台付きの侍女なのだから、御台との間に本人同士で話がついているのだろうし、出奔しようとした侍女のことをわざわざ教える義務は義重にはない。義宣が帰国をした際に、義宣に報告すればいいだろう。その時、御台にも告げるかどうかは、義宣と御台の問題だ。
江戸、大掾攻めが近づくにつれ、義重は吉野のことも御台のことも忘れて行った。密かに兵を集め、義重は江戸の居城である水戸城を急襲した。義重の思惑通り、江戸の連中は義重も義宣も親子そろって上洛中とばかり思っていたらしく、義重の急襲に大した反撃もできずに水戸城は陥落した。城が落ちる前に、なすだけは家臣が助け出し、義重のもとへ連れて来ている。
なすの夫であった宣通は、父親の重通とともに城を捨て、結城家を頼って逃げ出したようだった。逃げ出した者の命まで奪おうとは義重は思っていない。江戸が滅亡し、水戸城が手に入れば問題はないのだ。今の太田城より、江戸の居城であった水戸城の方が交通も商業も利便性が高い。
なすは、突然のことに事態を理解できていないのか、義重にすがって泣くばかりだった。娘のそのような姿を見るのは辛いが、義重にはどうすることもできない。
江戸を攻めた三日後、今度は府中城の大掾を攻めた。大掾は水戸城陥落の知らせを受けていたためか、江戸よりは抵抗らしい抵抗を見せたが、その抵抗も空しく一日のうちに府中城は落ち、大掾清幹は自害して果てた。
これで、佐竹家の常陸統一はほぼなったが、まだ江戸や大掾の配下だった者が多い南方では、佐竹に従おうとしない者が多い。それに、江戸と大掾の滅亡を受け、佐竹に対して反発する者も出てきた。義宣が帰国次第、南方の諸豪族も始末しなければならないだろう。
上洛中の義宣から、帰国は年明けの閏一月になると知らせが来た。常陸一国は佐竹家の所領であるという既成事実はできているため、南方も好きなように攻略して構わないらしい。義宣の帰国まで、義重は南方攻略の方法を考えていた。その合間に、なすの顔を見に何度も足を運んだのだが、なすは義重と顔を合わせても、口をきこうとはしなかった。こんな時に、母親がいればまだよかったのかもしれないが、あいにく芳は上洛中だ。義重が手を尽くしても、なすの機嫌は一向によくならなかった。
年の瀬が迫った頃、義宣は義久とともに秀吉から呼び出された。そして、義宣は従四位下・侍従に、義久は従五位下・中務大輔に任ぜられ、二人とも羽柴姓を賜った。義久はそれに加えて秀吉から桐の紋まで賜っている。義宣は、義久にだけ桐の紋の下賜があったことが気に入らなかったが、今はそれよりも秀吉が那須改易と義宣の妻が那須氏であることをどう思っているかの方が気がかりだった。
義宣と義久が任官の礼を述べ、金を差し出すと、秀吉は嬉しそうに笑っていた。どうやら機嫌がよさそうに見える。にこにこと笑ったまま、秀吉は口を開いた。
「ところで、常陸侍従の妻は那須の女だったな?」
「は、左様でございます」
「此度の上洛には連れて来なかったようじゃのう」
「妻は病で臥せっておりましたので。しかし、今は城内の局にて蟄居、謹慎させております」
「何と、まだ離縁してなかったのか。病だろうが何だろうが、那須の女などさっさと離縁してしまえばよかろうに。代わりの女などいくらでおる。常陸侍従にならば、もっと良い女をわしが手配してやってもよいのだぞ。関東の田舎女ではなく、京の美人など良いのではないか?」
秀吉のこの言葉で、義宣はいずれ秀吉の怒りも解けるのではないか、という期待は幻想にすぎないと思い知らされた。義宣は、黙って秀吉に頭を下げた。それを義宣が妻を離縁することを了解したものだと思ったらしく、秀吉は大きく頷いていた。
だが、秀吉の考えを知っても、義宣は八重を離縁しようとは思わなかった。
秀吉の謁見が終わると、三成が義宣のもとへやって来た。三成の話によると、那須資晴は徳川家康を通じて、嫡子の藤王丸を当主とし、大名として返り咲こうと画策しているらしかった。なぜ、妹婿の義宣ではなく家康を頼っているのだ。それが、義宣には酷く不快だった。
義宣が帰国すると、父から江戸と大掾攻めの詳細を聞かされた。隠居の父に頼ってばかりで情けない思いはあったが、どちらも首尾よく運んだようで安堵した。なすが父と口をきかないというのは、義宣も気がかりだったが、それ以上に父から見せられたものに義宣は驚いた。父が義宣に差し出したのは、女のものに見える長い髪だった。
「父上、これは一体?」
「御台付きの侍女の吉野という女を、お前も知っているだろう?」
「吉野ならば、私も存じておりますが」
「その女のものだ。お前の留守と御台が病で臥せっていることをいいことに、吉野は不義を働き、子をなした。そして、その子を連れて出奔しようとしていたのだ。もっとも、その子は生まれてすぐに死んだそうなのだが。それをわしが見つけ、秘密裏に始末した。御台の実家が改易された上に、侍女の不義騒動が表沙汰になってはまずかろうと思ってな」
「それは、大変申し訳ありません。父上にはご迷惑ばかりおかけしてしまって」
義宣は、ただ父に頭を下げるしかなかった。吉野が不義を働き出奔しようとしていたなど、信じがたい話だ。義宣は吉野のことを詳しく知っているわけではないが、義宣が見る限りの吉野は、真面目で八重のことをよく思っている良い侍女だったはずだ。その吉野が、この時期に八重を裏切り見捨てるようなことをするだろうか。
父に迷惑をかけたことを詫び、義宣は奥へ向かった。八重に事態の真相を問わなければならないし、那須家改易のことも話し合わなければならない。八重と顔を合わせるのは、一年ぶりに近い。小田原参陣や会津征伐、上洛が重なり、八重の顔を見ていなかった。八重の方も、義宣には会おうとしなかった。だが、いい加減話し合わなければならない時がやって来たのだ。
八重のもとへ向かおうとすると、なすが立っていた。義宣を出迎えてくれているのだろうか。それにしては、なすの表情は暗い。
「兄上、お久しぶりです」
「なす、心配していたぞ。父上と口をきかないそうではないか。父上も心配している」
「だって、父上は宣通さまとなすを引き裂いたのです。確かに、江戸家の方々はなすに冷たかったけれど、宣通さまはなすを大事にしてくださっていたのに」
大粒の涙をこぼすなすに、義宣は何と言葉をかけていいのか分からず、膝をついて視線を合わせた。だが、今はなすに構っている場合ではない。はやく八重と話をしなければならないのだ。
「兄上も父上と同じです。兄上は、義姉上のところへ行かれるのでしょう? 義姉上のご実家が改易されたから、義姉上はもういらないとお考えなのでしょう?」
「そんなことはない」
「嘘。兄上も父上も、自分のことしか考えていないの。なすや盛重兄上や能化丸のことなんて、道具としか思っていないのです。義姉上のことも同じ」
なすの涙ながらの訴えが胸に刺さる。義宣は、弟や妹たちを道具だとは思っていない。だが、幼くして他家に養子に出され、嫁がされてきた弟、妹のことを真剣に思って来たかと言われると、そうではないのかもしれない。八重のことも、心配しているのは八重ではなく、自分の身と家のことだけなのか。確かに、一番心配なのは家の行く末だ。それは、八重を道具としか思っていないということなのだろうか。
「兄上はずるい」
そう叫んで、なすは義宣の前から走り去った。幼いなすの言う言葉は、子どもだからこそ偽りがない。だから、義宣の胸に深く突き刺さった。
義宣が八重を離縁したくないのはなぜだ。秀吉や三成の言うように、はやく離縁した方が良いに決まっている。八重は義宣を憎んでいる。義宣も、八重に拒まれたあの時から、八重が憎いと思っているはずだ。実家が大事で、義宣のことを一度も見ようとしなかった八重が、憎いと思ったのではなかったか。
なすの言うとおり、義宣が八重を道具としか思っていないのならば、ここまで悩まずとも、とっくに離縁しているはずだ。今の八重は、義宣にとって脅威ではあるが、利用価値などまったくない。
義宣となすのやりとりが聞こえたのか、八重が自室から顔を出した。義宣を見た瞬間、八重の目には蔑みと嫌悪が浮かんだように見えた。その表情を見ると、資晴が家康を頼りにしているという話も思い出し、八重のことが酷く憎らしく思えた。だが、離縁しようという気持ちにはならないのだった。




