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道程  作者: 実川
三 那須の女と伊達の女編
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那須の女と伊達の女編(十六)

 小田原落城後、秀吉は奥州征伐を発表し、義宣は宇都宮国綱とともに、会津への先導と宿舎の用意、食糧の調達を命じられた。

 宇都宮に到着してから、義宣は秀吉に呼び出された。義宣の申告した常陸一国と下野の一部について、すべて佐竹領と認める朱印状を渡されたのだ。これで、佐竹家の所領は安堵され、常陸一国は名目上佐竹家のものとなった。だが、実質は独立した江戸や大掾らが存在している。常陸はまだ佐竹家のものではない。

 だが、秀吉の朱印状さえあればこれからは違う。大義名分を掲げて討伐することができるのだ。しかも、秀吉から義重は常陸の旗頭に任じられた。義重は隠居の身であることを理由に、義宣を旗頭にしてほしい、と秀吉に書状を送ったため、義宣が常陸の旗頭だと秀吉に認められることになった。

 政宗に攻められ、所領を失っていた弟の盛重も、秀吉のおかげで江戸崎を与えられ、大名として返り咲くことができた。だが、所領の大きさは会津とは比べ物にならないほど小さい。それでも、再び大名になれただけでもありがたいと思うべきだろう。

 二番目の弟の能化丸は、此度の小田原攻めの道中に病死した岩城常隆の後嗣として、岩城家に入ることになった。常隆の母は父の妹で、義宣の従兄弟にあたる。常隆のもとに、先年政宗に城を攻め落とされた須賀川の阿南が養女とともに身を寄せていると聞いていたが、二人は母の伝手を頼って佐竹家にやって来たがっているらしい。父からの書状で知った。義宣もそのことには賛成だった。母の良いようにすればいい。

 これで、義宣の頭を悩ませていた所領の問題は解決したが、その代わりに秀吉に叛いた織田信雄を預けられてしまった。信雄のことは父に任せ、太田城に幽閉することにした。常陸の旗頭となったのだから、江戸重通に水戸城を明け渡すように通達したが、重通は義宣の通達を無視した。いずれ、どうにかしなければならないだろう。妹のなすが嫁いでいることもあって、穏便にことを済ませたいのだが、そうはいかないかもしれない。

 秀吉からの命令は次々と義宣のもとへ舞い込んでくる。今度は、早々に妻子を上洛させなければならなくなった。まずは、父と母を上洛させなければならない。まだ幼い末の弟の彦太郎ひこたろうも連れて行かなければならないだろうし、多賀谷重経から預かっている姫も連れて行った方がいいだろう。重経も大名なのだから、その娘を常陸に置いておくわけにはいかない。

 義宣も近々、八重を上洛させなければならない。八重にこの話をしなければならないのかと思うと、頭が痛い。八重が義宣の話を聞いて、黙って上洛するわけがないのだ。そもそも、義宣の話を聞くかどうかもあやしい。

 秀吉は京へ戻って行ったが、戦の後始末のために奥州に残っている義宣のもとに、上洛した義重から書状が届いた。京は見るものすべてが珍しく、想像とはまったく違ったらしい。秀吉とも謁見したが、義重の態度が横柄で、周りの大名たちは憤慨したそうだ。秀吉は武辺者の父は宮中の作法など知らないのだから仕方がない、むしろ好ましい、と笑い飛ばしたという。いかにも義重らしいが、義宣が上洛する際には、宮中の作法を徹底的に身につけてから秀吉に謁見しなければならないと思った。

 結局、義宣が常陸へ戻ったのは十月に入ってからのことだった。だが、すぐに秀吉から、義重に代わって義宣と義久が上洛するようにと命じられた。上洛の際は、義宣の妻子も連れてくるように、と書状には書かれている。

 そのことを八重に告げようと、まず吉野を呼び出したが、やって来た吉野は浮かない表情をしていた。

「お殿様、無事のお帰りお祝い申し上げます」

「ああ。お前も知っているだろうが、此度大名の妻子は上洛して、京の屋敷に住むこととなった。父が母と弟を連れて上洛しただろう? 同様に、八重にも上洛してもらわなければならない。ところで、俺が留守中、八重は息災だったか?」

「それが」

「どうした?」

「御台様は、お殿様がご出陣なさってから、体調を崩されまして、今もよくなったり悪くなったりを繰り返しているのです。吐き気が酷く、起きているのも苦痛という日もあったほどで。しかも、その原因も分からないものですから、御台様のおそばには、わたくしと朝霧以外は近づかないようにしております。大殿様も大御台様もご心配くださったのですが」

「そんな話、聞いていないぞ」

 八重が原因不明の病で、何カ月も寝込んでいるとは知らなかった。病身をおしてまで上洛せよ、とはさすがに秀吉も言わないだろう。病の原因が分からないということは、人にうつる病かもしれない。八重を上洛させるわけにはいかないようだ。

「医師にはみせたのか?」

「もちろんです。ですが、ただ首を振るばかり。気鬱の病というわけでもないようで」

「では、お前と朝霧という者以外、八重とは顔を合わせていないのか?」

「その通りです。もし、大殿様や大御台様に万が一のことがあっては、一大事ですので」

「だが、お前たちには何もないようだな」

「しかし、今後何が起こるかは分かりません。ですから、お殿様も御台様にはお会いにならないでください」

 昔から、比較的義宣に対して友好的だった吉野が、ここまで食い下がるのだから、八重の病というのは事実なのだろう。義重や母に確かめられないため、吉野の言葉を信じるしかないが、今回は八重の病を信じることにしよう。

「分かった。此度の上洛、八重は常陸に残して行く。だが、必ず八重に伝えろ。次回は上洛してもらう、と」

「承知いたしました」

 吉野に八重のことを託し、義宣は上洛に向けての準備を整えた。念のため、八重を診察した医師にも話を聞いたが、吉野と言っていることは同じだった。義久とともに上洛すると、確かに京は義重の言っていた通り、想像とは違った場所だった。いくら関東が田舎だと言われていても、ここまで違うとは思わなかったのだ。

 義重は義宣と入れ替わりで常陸に戻っているため、屋敷には母と彦太郎、それに多賀谷の姫しかいなかった。母に挨拶をすると、三成からの書状が届いた。内密に相談したいことがあるのだそうだ。

 三成から内密の相談、と言われても義宣には思い当たることがない。八重を連れてきていないことを咎められるのかと思ったが、書面から察するにその話ではないようだ。急いで三成の屋敷を訪れると、義宣を出迎えた三成の表情は硬かった。佐竹にとって、良い話ではないことだけは確かだ。

「佐竹殿、お家の一大事です」

「私が、妻を上洛させなかったことについてですか?」

「いいえ。しかし、そうですか、佐竹殿は奥方を此度の上洛にお連れではないのですね。それは、かえって好都合でしょう」

「それは、どういう意味でしょうか?」

「佐竹殿の奥方のご実家、那須家が改易処分となりました」

 三成の言葉に、義宣は言葉が出なかった。頭の中に様々な考えが浮かぶが、どれもまとまったものとはならない。ただ、佐竹家が連座処分とならないことを祈るしかなかった。

 三成の話によると、八重の兄の那須資晴は、秀吉からの再三の出陣要請にも応じず、結局小田原へ参陣することはなかったらしい。そのことに秀吉は怒り、那須に戦うつもりがあるのならば攻め込もう、とまで言っていたそうだ。

 資晴は秀吉に対抗するために寺に立てこもり、ますます秀吉の怒りを買ったのだと三成は言った。

「では、我が義兄は今後どうなるのでしょうか?」

「烏山城は明け渡し、現在は佐良土さらどに妻子とわずかの家臣を連れて蟄居となっております」

「何ということだ」

 これを八重が聞いたらどう思うだろうか。それよりも、佐竹家はどうなってしまうのか。常陸への帰路についている義重にも急いで書状を送らなければなるまい。

「佐竹殿、大事なのは改易された那須家の今後よりも、あなたの今後でしょう」

「はい、まったくその通りです。しかし、突然のことで、私には良い考えが浮かばないのです」

「離縁なさるしかありますまい」

 三成の言葉が義宣の胸に突き刺さる。離縁。つまりは、八重を離縁して那須へ帰せということか。改易され、城を失い、佐良土の館で蟄居をしている資晴のもとに。

「離縁ですか。しかし、石田殿、実は此度の上洛に妻を伴わなかったのは、妻の体調がすぐれず、上洛には耐えられそうにないと判断したからでして」

「佐竹殿、あなたは家臣、領民すべてがかかった父祖伝来の地と、奥方とどちらが大事なのですか?」

「それは」

「よろしいですか? 殿下はお怒りなのです。那須家に対して。殿下は那須に連なるものすべてに怒りの矛先をお向けになるでしょう。あなたの奥方もその対象なのですよ。その奥方を離縁せずに側近く置き続けることが、どれだけ危険かお分かりか」

 三成の言うことは正論だ。八重を離縁しなければ、佐竹家にも累が及ぶだろう。三成はそのことを心配して、義宣に助言を与えてくれているのだ。秀吉に長く仕えている三成が言うのだから、そうしなければなるまい。

「幸い、奥方にはまだお子がありませんでしたね。もし嫡男がお生まれになっていたら、嫡子ではなく庶子とするか、養子に出すかしなければならなかったでしょう」

 三成の言葉は正しい。分かっている。だが、あまりにも正しすぎて、そこまで言わずとも良いではないか、とも思う。だが、三成が正しいことも、三成に悪意がないことも分かっている。そもそも、なぜ八重を離縁することに対して、ここまで抵抗を感じるのか、義宣は不思議だった。

 八重はこれまで義宣に従順な妻だったことは一度もない。子も産んでいない。そして、改易された家の娘だ。離縁すべき条件はそろいすぎていると言っても過言ではないだろう。それに、義宣は小田原征伐の前に八重との不仲を決定的にした。八重は自分を那須の女だと言い張り、義宣を心底嫌っている。それなのに、なぜ義宣は三成の助言に素直にうなずけないのだろうか。

「しかし、石田殿、確か細川殿の奥方は明智光秀の娘であったにも関わらず、殿下は細川殿に幽閉していた奥方を連れ戻すようにとおっしゃったはずです」

「あの時は、殿下の温情を示す良い機会だったのです。細川殿の奥方のような例外を持ちだされても困ります。佐竹殿、此度の殿下の小田原征伐での狙いは、殿下の武威を天下に示すことでした。逆らうものをねじふせてこそ、殿下のご威光が広く関東、奥羽まで届くというもの。ご理解くださらぬか。殿下は佐竹殿のことは好ましくお思いなのですから、殿下に命じられる前に先手を打って離縁なさいませ」

「しばらく、お待ち下さりませぬか?」

「承知いたしました。しかし、早めに離縁なさることをおすすめいたします」

「石田殿、ご厚意感謝いたします」

 義宣が頭を下げようとすると、三成は手でそれを制した。今まで硬かった三成の表情が少し和らぐ。

「悪い知らせはここまでとしましょう。実は、佐竹殿にはもう一つお伝えせねばならないことがあるのです。こちらは良い知らせだと思いますので、ご安心を」

「は、はあ」

 八重の実家が改易され、佐竹家も連座の可能性があるため八重を離縁しろ、という話以上に悪い知らせなどないように思う。ならば、どのような知らせだろうと良い知らせだ。

「常陸の旗頭である佐竹家に逆らう、江戸、大掾、そのほかの国人を征伐しても良いと殿下からのお許しが出ました」

「まことですか?」

「はい。今や常陸は佐竹殿の領地。旗頭に従わない者は、殿下に逆らい天下の平和を乱すものと同類と見なし、征伐せよ、とのことです」

「これは、石田殿のお取り成しでしょうか?」

「私は、殿下に少しばかり口添えをしたのみです」

「かたじけなく存じます。さっそく、国許へ向かった父に知らせましょう」

 三成に深く感謝を述べ、義宣は急ぎ屋敷へ戻った。屋敷にいる母に那須家改易のことを告げると、母はあからさまに眉をしかめた。ともに上洛している義久にもそのことを告げると、義久も三成と同じことを言った。八重を離縁した方がお家のためだと。

「だが、俺は御台を離縁するつもりはない。御台は原因不明の病で臥せっているのだ。今離縁するのはあまりに忍びない」

「では、どうなさるおつもりですか?」

「ひとまず、御台の病が癒えるまで、太田城の御台の部屋から一歩も外に出さないようにしようかと思う」

「城内で蟄居させると?」

「ああ。そのことは父に頼もうと思う。それに、殿下から反抗的な国人を征伐しても良いとお許しをいただいた。石田殿のおかげだ。御台のことも、石田殿は大層心配してくださった」

「では、国人たちの征伐も大殿様にお任せなさいますか?」

「隠居の身である父には申し訳ないが、そういうことになるな」

 口では申し訳ない、と言ったが、義重は久方ぶりの戦に意気込むことはあっても、煩わしく思うことはないだろう。これが、常陸での最後の戦になるかもしれないのだから、義重は意気込むはずだ。もちろん、義重にばかり戦を任せてしまい、情けない息子だという思いもある。

 義久と相談の結果、まずは最も佐竹家に反抗的だった大掾を討つことに決めた。その次は江戸だ。なすを迎えながら、佐竹に従おうとしない。江戸は佐竹の家臣となっていることを理解していないのだ。常陸を治めるのに都合が良い水戸城を明け渡すように要請しても、一向に受け入れる気配がない。

 義重には書状で、那須家改易のことと、国人征伐のことを知らせた。それと同時に、八重にも実家が改易されたことを告げる書状を、吉野に宛てて送った。

 実家が何よりも大事だと言いきった八重は、この知らせを聞いてどうするのだろうか。義宣にはまったく予想がつかなかった。

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