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道程  作者: 実川
三 那須の女と伊達の女編
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那須の女と伊達の女編(十四)

 八重を無理やり抱いてから、一度も八重の顔を見には行かなかった。会いに行ったところで、八重が義宣に会うとは思えなかったし、会いに行く時間がなかった。

 急いで小田原参陣の準備を整え、宇都宮と連絡を取り合い、すぐに宇都宮へ向けて兵を発した。宇都宮国綱と合流し、ともに北条方の城を攻め落としながら小田原へ向かうためだ。今回の出陣には、弟の蘆名盛重(もりしげ)も加わっている。義広は名を盛重と改め、今回の参陣で蘆名家再興を狙っているのだ。

 八重に構っている時間も余裕もなかった。だが、本当は八重に会うのが恐ろしかった。あのようなことをして、八重はどんな目で義宣を見るのか。考えただけで、恐ろしかった。

 国綱と合流してからは、少しでも秀吉の心象をよくしようと、下野、壬生、鹿沼の城を攻めた。それに少し時間がかかり、小田原へは思っていたよりも遅く到着してしまったが、城攻めをしていたのだから、遅参だと叱責を受けることはないだろう。まだ小田原へ到着していないものもいると聞いている。政宗は、まだ参陣していないようだった。

 政宗がいまだ到着していないということに安心していると、義久が書状を持ってやってきた。

「お屋形様、石田治部少輔様からの書状にございます」

「そうか。石田殿は何と?」

 秀吉の側近中の側近である石田三成からの書状に、義宣は驚いた。まさか、安心していたが、秀吉は義宣が遅参したと思っているのだろうか。だが、書状を持ってきた義久の表情を窺うと、そこまで深刻な内容ではないようだ。

「関白殿下へのご進物が見苦しくては、お屋形様のためにならない、と。ほかにも、細々と注意が書かれておりました。殿下への謁見は明日とのこと」

「それは、我らの進物では見苦しいということか?」

「おそらくは、そのような意味かと」

「今更言われても、どうすることもできないな。仕方がない。明日の謁見で頭を下げるしかないだろう。今日は休むぞ」

「承知いたしました」

 義宣に三成からの書状を渡し、義久は去って行った。義久に渡された書状には、秀吉がいかに義久を高く評価しているかが書かれていた。

 秀吉は、義宣が若いゆえに佐竹家中の仕置きは義久に任せようと思っていた、とか、秀吉が佐竹家の中で知っているのは義久だけである、とか、義久を賛美することばかり書いてある。

 その内容に、義宣は義久を呼びつけて、これはどういうことか説明させたかった。だが、義久を怒っても仕方がない。秀吉は、気に入った者がいれば破格の条件で引き抜こうとするのだと聞いたことがある。おそらく、これもそうなのだろう。そもそも、秀吉が佐竹の中で義久しか知らないということはありえないのだし、ここで義久に腹を立てては秀吉の思うつぼだ。

 義久もそれを分かっていて、義宣に書状を渡したのだろう。だが、そこまで考えて如才無く振舞う義久に腹が立った。

 やはり、幼いころから変わらず、今でも義宣は義久に劣ったままなのだと痛感させられる。

 翌日、国綱と連れ立ち、一門衆の義久、義憲、義種らを連れて秀吉の陣へ向かおうとすると、佐竹の陣所の前で立っている者たちがいた。秀吉が寄こしたのだろうか。

「お初にお目にかかります。関白、豊臣秀吉が家臣、石田治部少輔三成と申す。佐竹殿、宇都宮殿でございますか?」

「私が、佐竹義宣にございます」

「宇都宮国綱でござる」

 義宣と国綱が返事をすると、三成は丁寧に頭を下げた。昨日の書状では、少々高圧で冷たい印象を受けたのだが、本人にそのような印象は抱かなかった。

「関白殿下がお待ちです。ご案内いたしましょう」

 案内する、と言って三成は歩き出した。国綱と顔を見合わせ、義宣たちはその後をついていくことにした。

「佐竹殿、昨日の書状、ご気分を害されましたか?」

「昨日の書状とは、我が臣、東義久への書状のことでしょうか?」

「左様です。殿下の命に従って書いた部分と、私の独断で書いた部分があったのですが、佐竹殿にしてみれば、不愉快な内容だったかと思いまして」

「はあ」

 三成が言っているのは、義宣の進物が見苦しい、と書いたことと、義久を賛美したことについてだろう。おそらく、前者は三成の独断で書いたもの、後者が秀吉の意をくんで書いたものに違いない。

「申し上げにくいのですが、殿下は本日の謁見でも、東殿を我が家中へ加えようとなさるでしょう。しかし、それは遊びのようなもの。自分の見こんだ者が、どの程度の器か見極めようとなさっているだけなのです。どうか、お怒りになりませぬよう」

「心得ました」

 三成に言われずとも、たとえ秀吉が義久を褒めちぎっても、義宣はその場で怒りはしない。怒れば、義宣の器が小さいと思われるだけだ。殿下お戯れを、くらいで留めておけばいいのだろう。

「進物につきましても、正直なところ、これだけでは少々見劣りしてしまうのですが、そこは、関東武士は質実ゆえ、進物までは気が回らなかった、とでも申し上げればよろしいでしょう。そこに、殿下への忠誠を誓う言葉があればなおよろしい」

「は、はあ」

 三成は親切で義宣に忠告をしているのかもしれないが、これでは自分は田舎者のため進物が見苦しくて申し訳ない、と言えばいいと言われているようなものだ。義久に宛てた書状や、義久についての忠告もそうだが、真面目すぎてかえって反感を買う人間なのかもしれない。本人に悪気がないのは、話をしている表情を見れば分かる。

「さあ、佐竹殿、宇都宮殿、こちらが殿下の本陣です」

 秀吉の本陣に集まる物資、鉄砲、兵士、武将たちを見て、義宣は言葉が出なかった。それは国綱も同じだろう。今まで関東で繰り広げていた戦では、このような大量の物資も、兵士も見たことがなかった。これが、天下の戦というものなのか。三成の言葉は誤りではなかった。この規模の違いを見せつけられては、関東武士は田舎者、と言わざるを得ないだろう。

「殿下、常陸の佐竹義宣殿、宇都宮の宇都宮国綱殿が参られました」

「そうか」

 三成の言葉にこたえたのは、小柄な皺の多い男だった。唐織の羽織を着て、諸将を従え座っている。この男が、関白豊臣秀吉なのだろう。思っていた人物像とは違っていて、義宣は驚いたが、秀吉に向かって平伏した。

「常陸から参りました。佐竹次郎義宣にございます」

 義宣に続いて、国綱も平伏し、その後に義久、義憲、義種が続いた。三成に見苦しいと言われた進物だが、献上すると、秀吉は笑みを浮かべ喜んでいるようだった。天下人はこのくらいの芝居など、訳ないのだろう。

「我ら関東の者は田舎者ゆえ、見苦しい進物しか用意できず、まこと申しわけなく思っております。殿下の軍門に加わったからには、家中一同殿下の御為戦いましょう」

「いやいや、立派な進物の数々嬉しく思うぞ。しかし、それ以上に佐竹の武勇期待しておる。何せ、坂東太郎、鬼義重とうたわれた常陸介ひたちのすけの軍であるからの」

「ありがたきお言葉」

 今は義重の軍ではなく、義宣の軍なのだが、やはり佐竹といえば義重の武勇なのか。

「ところで、そちの後ろにおる者が、東義久か?」

「は。某が東源五郎義久にございます」

「そちの名は聞いておるぞ。さて、源五郎。此度の戦、我らと北条とその優劣を何と思う?」

「はい。関八州は由来、武を用いる地にございます。北条は雄を天下に称しておりますが、寡君義重、義宣の寡兵をもってすら負けたことはありませぬ。殿下は天下に威を誇り、天下の大兵をもって戦に臨むのですから、北条を破ることは、掌をかえすが如きことでしょう」

「おう、よう言うた、よう言うた」

 義久の言葉を聞いて、秀吉は呵々大笑し、着ていた唐織の羽織を脱いで義久の肩にかけた。

「佐竹には、源五郎のような優れた者がおる。羨ましい限りじゃ。その才を称えて、わしから褒美を授けるぞ」

「ありがたき幸せ。殿下の御為にも、今後とも義宣に尽くす所存にございます」

「まこと、佐竹には惜しい逸材よ。そちは幸せ者じゃの、次郎」

 笑いながら義宣に話を振った秀吉に、義宣は義久とともに頭を深く下げた。三成は遊びのようなものだと言ったが、秀吉はどこまで本気で言っているのか分からない。

 義久が何を思って、秀吉の問いに受け答えしているのかも、義宣には分からなかった。義久の考えは分からないが、義宣はこのやり取りに少し苛立ちを覚えた。

「そういえば、次郎の弟は蘆名の当主だったか」

「はい。今は名を改め、蘆名平四郎盛重と名乗っております」

「ほう。まあ、そちの弟のことは忘れておらぬゆえ、安心するよう伝えておけ」

「かたじけなく存じます」

 義広という名から、蘆名家の通字である盛の字を入れた盛重に改名していたことが、秀吉に好印象を与えたのかもしれない。蘆名家の再興が許されたと決まったわけではないが、盛重にとって悪くはない結果になりそうで、義宣も安心した。

 一通り挨拶がすむと、義宣と国綱は兵を率いて三成の麾下に加わるよう命じられた。三成とともに館林城を攻めることが、秀吉に臣従した義宣に最初に与えられた命令だった。

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