那須の女と伊達の女編(十)
義宣がいろいろな女に手をつけているという噂が、奥にいる女たちの間で広まっていた。
初めのころ、それは噂に過ぎないのではないか、と芳は思っていたが、小大納言の話は具体的で、これが事実なのだと確信するに足りるものだった。
義宣は、侍女だろうが家臣の娘だろうが、気に入った女がいれば手をつけて、それなりの金を渡して家に帰しているらしい。中には気に入られてしばらく側に置かれた女もいるようだが、それも側室というわけではなく、義宣が飽きたらほかの女と同じように金を渡して実家に帰しているそうだ。ほかにも、家臣の妻として嫁がせた女もいると聞いている。
そうしていろいろな女に手をつけるくせに、御台のもとには全く足を運んでいないらしい。
義宣は何を考えているのだろう。女たちを自分の意のままに操れる道具だとでも思っているのだろうか。
侍女も家臣の娘も、義宣に呼ばれたら断れるはずがない。そして手をつけられてしまえば、嫁に行くのも難しくなりはしないだろうか。義宣の世話をしている侍女に手をつけるならば、まだ理解できる。それ以外の女にも手をつけて、責任を果たそうともしないのはどうかと思う。
女たちの世話を見るのが嫌ならば、黙って御台のもとへ行けばいいのだ。義宣は、今まで側室をひとりも置こうとしなかったではないか。だが、義宣がどのような意図で側室を置いていないのかは分からないが、芳の目から見て、義宣と御台の中が睦まじいようには見えなかった。だから、義宣は御台を相手にしないのかもしれない。芳としても、あの御台の産んだ子どもが嫡男になるのかと思うと、溜め息をつきたくなるが、御台との不仲の結果がこれなのならば、どうしたものかとも思う。
本当に、義宣は何を考えているのだろうか。突然、女漁りに目覚めたのか。分からない。だが、これは注意すべき行為だ。義重もいろいろな女に手をつけていた時期はあったが、今の義宣ほどではなかった。同じ女として、義宣に手をつけられた女たちが不憫だ。
「義宣」
廊下で芳の姿を見かけた途端、きびすを返そうとした義宣を呼び止めた。義宣は渋々といった様子で振り向いた。
「お前は、いろいろな女に手をつけているそうだね。そして、飽きたら実家に帰しているそうではないか」
「生活に困らないだけの金は渡してあります。何か問題でもありますか?」
「もし、その女がお前の子を身ごもっていたらどうする?」
「その時は、俺の子ではないと言えばいいでしょう。事実、本当に俺の子かどうか、そんなことは分からないではありませんか。俺以外の男とも寝ているかもしれませんからね」
「義宣、お前」
何と自分勝手な言い草だろうか。これでは、手をつけられた女たちがあまりに哀れだ。今のところは、義宣の子を身ごもった女がいるという話は聞いていないが、もし今後そのような事態が起こったら、と思うと寒くなる。その子どもが女ならば、まだいい。だが、男だとしたら、御台に子ができぬ以上、その子どもが嫡男となるのだ。
「義宣」
「何ですか」
「お前は、手をつけられた女たちの気持ちを考えるべきだ。もっと、女を大切にすべきだよ」
芳の言葉を聞いた瞬間、義宣の目が見開かれた。そして、はっ、と乾いた笑いを義宣は漏らした。嫌な笑い方だと思った。
「母上がそのようなことをおっしゃるのですか」
「義宣」
義宣の顔に暗い陰が見える。怒りと諦めが入り混じったような目で、義宣は芳を見ている。
「母上にだけは、言われたくありませんでしたよ」
そう言って立ち去る義宣の背中を、芳はただ黙って見ていた。義宣の背中は、無言で芳を拒絶していた。
なぜ、義宣がそう言ったのか、芳には分からなかった。
義宣が奥の女たちに手を出しているらしい、という話で奥は持ち切りだった。誰が情けを受けた、誰が誘われた、という話ばかりで、八重はうんざりしていた。
八重はほかの女にばかり手を出して、自分のもとへは一向に足を運ばない義宣に対して悋気を起こしているわけではない。ただ、あきれ果てているだけだ。
別に、義宣が女に手を出すことはかまわない。側室を置きたければ好きなだけ置けばいい。だが、誰かれかまわずに手をつけて歩いているということには、あきれて言葉も出ない。とりあえず、吉野は義宣に何もされていないようなので安心した。
はあ、と溜め息をつくと、吉野は八重を見て苦笑した。
「姫様、悋気ですか?」
「まさか。なぜ、わたくしがあの男のためにそのような気持ちにならなければならないの?」
「まあ、悋気は七去の一つですし、悋気を起こされないことはよろしいことだとは思いますが、姫様はお殿様に対して無関心すぎです」
吉野の言う七去は、妻を離縁できる七つの事由のことだ。その中には、嫉妬をすることも含まれていた。
「源氏だから、光源氏の真似事でもしているのかもしれないけれど、わたくしからすれば、ただあきれるばかり。穢らわしい。それに、七去と言えば、わたくしは子もなしていないし、舅と姑に従順でもない」
那須の兄も、正室以外の女に手は出していた。だが、兄は義宣と違い、手を出した女は側室にしていたし、責任を持って世話を見ていた。父もそうだった。義宣は違う。つまみ食いでもするように、好き勝手に手を出して、捨てている。
「では、お殿様が光源氏ならば、姫様は藤壺といったところでしょうか?」
「次郎殿の初恋の相手がわたくしだと言いたいの?」
八重が光源氏を例えに出したからか、吉野は無理やり藤壺の名前を出したような気がする。藤壺といえば、光源氏の初恋の相手で、永遠の理想ではないか。義宣にとっての藤壺が、八重のはずがない。
「私はそう思いますけど」
「吉野、そなたはあの男の肩を持つのが好きね」
「肩を持つわけではありません。姫様とお殿様が睦まじくなさったらいいなあ、と思っているだけで」
それは無理な話だ。八重は義宣と睦まじくする気などまったくない。八重はあくまでも兄のために佐竹家に嫁いだのだ。そして、八重が義宣を拒んだのではなく、佐竹家が八重を拒んだのだ。だから、八重も義宣と睦まじくする気がない。義宣のことなど、どうでもいいのだ。
だが、最近の義宣の行為と、兄が佐竹と同盟を結んでいる宇都宮を攻めたことで、八重の気持ちは無関心から、義宣を忌む方へ傾いていた。
「それにしても、次郎殿に手をつけられた女の中で、次郎殿が初めて契った男だという女がいたのなら、その女が哀れ」
「なぜですか?」
溜め息をつきつつ眉をしかめる八重に、吉野は首をかしげてみせた。その姿に、今度は八重が苦笑した。
「その女が死んだ時、三瀬川を渡るためには、次郎殿に背負われなければならないのだもの。ほかに恋い慕う男がいたとしても、死後の世界で待っているのはあの男。一体、あの男は何人の女を三瀬川の向こう岸へ運ばなければならないいのかしら」
女が死んでから往生するためには、男に背負われて三瀬川を渡らなければならない。その男は、女が初めて情を通じた男でなければならないのだそうだ。だから、義宣がその女にとって初めての男だとしたら、死後に愛しい男に会いたいと切望しても、義宣の背に乗らなければならない。女にとって、それは苦痛以外の何物でもないだろう。愛しい男がいるのならば、その男に会いたいはずだ。
「確かに、死後の世界で待っているのは、恋い慕う殿方の方が嬉しいです」
「やはり、吉野もそう思うでしょう?」
「はい。ですが、姫様もお殿様に背負われるのですよね」
「わたくし? わたくしはあの男に背負われたくないわ」
「ですが、お殿様に背負われなければ往生できないではありませんか」
嫌だなんておっしゃらないでくださいよ、と八重を心配する吉野に、八重はただにこりと笑ってこたえた。




