那須の女と伊達の女編(九)
小糸と寝たのは、これで何度目になるだろうか。まだ片手で数えられるだけの数のような気もするし、それよりも多いような気もする。だが、十度は越していないと思う。
初めのうち、当主である義宣と閨を共にすることが恐ろしかったのか、それとも義宣の妻である八重に見つかることが恐ろしかったのか、何に怯えているのかは分からなかったが、小糸は震えて小さくなっていた。
数を重ねるごとに震えは収まり、最近では甘えるような態度も見せるようになってきた。八重ならば絶対に見せないような姿だ。
小糸を抱くようになってから、八重のもとへは一度も足を運んでいない。
今も小糸は義宣にしなだれかかるようにして甘えている。甘えられて悪い気はしないが、最近の小糸の態度は甘えを通り越して、義宣に媚びているように見えた。
「お屋形様」
「何だ?」
「あの」
義宣を見上げる小糸の目は、まとわりつくような媚びを感じさせた。不快だと思った。
「何か言いたいことがあるのか?」
ええ、でも、と焦らすように小糸はなかなか話を切り出さない。話したいことがあるから声をかけたのだろう。早く言えばいい。何だ、ともう一度催促すると、小糸は義宣の肩にぴたりと寄り添い、呟いた。
「いつ私を側室にしてくださるのですか?」
「側室?」
小糸の言葉はあまりにも予想外で、思わずそのまま聞き返してしまった。だが、小糸の方は聞き返されることに驚いたようだった。
「はい。あの、お屋形様は私を側室になさるおつもりなのではないのですか?」
「違うな」
「え?」
小糸を側室にするつもりなどない。小糸を抱いたのは、小糸を側室にするためではない。女の柔らかさ、あたたかさを求めていただけで、誰でもよかった。側室にするつもりもなかった。何度か小糸を抱いたのは、新しく女に手をつけるのも面倒だと思っただけで、別に小糸を気に入っているわけではない。
「で、ですが、私はもう七度もお屋形様の閨に呼ばれて」
「それがどうした」
小糸の顔が強張っていく。目には涙がたまり、わっと泣き出してしまった。
「私は、お屋形様の側室になれると思い、お屋形様にこの身を差し出したのです。お屋形様と初めて閨を共にした時、私には許嫁がおりました。ですが、お屋形様のお情けを受けた身では、もう許嫁のもとへ嫁ぐわけにはまいりません。許嫁と一緒になれないのならば、お屋形様の側室にと思ったのです。浅はかな考えとお笑いになるかもしれませんが、私にはもうそれしか考えられなかったのです」
「そうか、分かった」
「では」
涙で濡れた小糸の顔が明るくなった。小糸の話を聞いて、最近媚びるような態度を取っていたのは、側室にしてくれとねだるためだったのかと納得した。納得すると、小糸に対する気持ちも一気に冷めていった。もともと気持ちなどないのだが、もう顔も見たくないと思った。
「勘違いするな」
「え」
「お前の事情は分かった。だから、お前の嫁ぎ先を手配してやる。家臣の子弟の中に、ちょうどお前に見合った年の者がいるだろう。そいつの妻にしてやる」
「そんな、相手の方に、私がお屋形様のお情けを受けた身と知れたら」
「何も言わないだろうよ。俺の家臣だからな」
一門や譜代などの家臣の子弟ではなく、もっと力のない末席の子弟にくれてやればいい。文句は言わないだろう。
小糸はただ泣きじゃくるだけだった。目の前でずっと泣かれていても鬱陶しいだけだったので、侍女を呼んで小糸を連れていかせた。侍女は、義宣と小糸を見て目を丸くしていた。
その後、小糸の嫁ぎ先を手配し、小糸の父親には金を一粒くれてやった。それで、小糸の問題は終わらせた。
小糸との関係が終わってから、義宣はひとりの女を何度も抱くことはやめた。多くとも、関係を持つのは三度までと決めた。あまり何度も閨に呼ぶと、小糸のように側室にしてくれと言いだしかねない。そのような面倒な事態は避けたかった。
ひとりの女との関係は薄くなったが、代わりに複数の女を相手にするようになった。二、三度閨に呼んで相手をさせて、女が甘えて媚びないうちに、嫁ぎ先を決めるか、金を払って関係を終わらせた。
最近では、義宣が八重ではなく侍女などの奥で仕えている女ばかり相手にしている、という噂が女たちの間で流れ始めたようで、自ら義宣のもとへやってくる女もいた。あわよくば側室に、という魂胆が見え透いていて嫌気がさした。
母や八重に見いだせなかったものを、女たちで埋めようとしたはずだったのに、何度も同じことを繰り返すたびに、心はますます冷たく空しくなっていくばかりだった。
あの女たちは、義宣が佐竹家の当主であるから、体を義宣に差し出すのだ。
今夜も、女に金を握らせて追い返した。ひとりで天井に視線を向けていると、襖の向こうから、お屋形様、と声をかけられた。
「何だ?」
「お見送りいたしました」
「そうか」
今日追い返した女は、無事に送られたらしい。そういえば、義宣が追い返す女をいつも送っていくのは、同じ女だった。
襖を開けると、女は驚いて顔を上げたが、急いで頭を下げた。なぜか、この女を相手にしようと思ったことは一度もなかった。この女からは、義宣に媚びる態度が見えないのだ。
「次の相手はお前にする、と言ったらどうする?」
女は考えているのか、深く俯いたまま動かなかった。しばしの沈黙の後、顔を上げて義宣の顔を見つめ、口を開いた。
「尼になりとうございます」
「尼?」
冗談だろう、と思ったのだが、女の目に迷いはなく、言葉もまっすぐだった。夜の闇のように、女の目は深く、それが少し恐ろしかった。
「お屋形様がおなごの心を弄ぶことも、おなごがお屋形様のお情けにあらぬ期待をかけることも、業のなせることなのでしょう。このむなしく悲しき連鎖を断ち切るために、私は尼となって仏に祈りを捧げて生きたいと思います」
「お前は、俺を蔑んでいるのか?」
「いいえ」
「では、何だ」
「ただ、お屋形様もおなごたちも、悲しいと」
悲しい。何を言っているのだろうか。確かに、義宣自身もこの行為に何の意味もなく、空しいだけだとは思っている。だが、女たちも結局は金を握らされ、嫁ぎ先を決めれば誰も文句は言わないではないか。
仏に祈られるほどのことはしていないはずだ。だが、女の目は義宣を責めているようだった。
失礼します、と言って去って行った女は、二度と義宣の目の前に現れなかった。もしかしたら、本当に尼になったのかもしれない。だが、義宣は女たちを閨に呼ぶことをやめようとは思わなかった。




