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道程  作者: 実川
三 那須の女と伊達の女編
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那須の女と伊達の女編(一)

 太田城内は朝から騒々しかった。出迎えの支度は整ったのか、婚儀の準備に抜かりはないか、家臣たちや侍女、女中たちは慌ただしく駆け回っていた。

 その騒がしさの中、義宣は自室でひとり黙って座っていた。幼馴染の北義憲や佐竹家一門筆頭の東義久が様子を見に来たが、追い返した。ひとりでいたかったのだ。

 義宣の許嫁である那須家の姫が、今日佐竹家へ輿入れする。

 那須の姫は、義宣が三歳の時に許嫁と決められている。那須家との和睦の証の婚約だったそうだ。その時、那須の姫は五歳だったと聞いている。義宣よりも二歳年上の姫だ。

 義宣と那須の姫の婚約が成立した時に、父の義重は盛大な結納を那須家へ送ったとも聞いている。だが、その後十三年もの年月が経ち義宣は十六歳になった。那須の姫は十八歳だ。義重と和睦の証に婚約を承諾した那須の姫の父は死に、那須家の当主は姫の兄に代替わりした。義宣も自分の許嫁のことなど忘れてしまいそうになっていた今更になって、正式に結婚が決まった。

 許嫁と言っても、義宣は那須の姫のことなど何一つ知らない。那須家へ婚儀の取り決めの使者として赴いた家臣は、那須家の末娘として大層可愛がられた美しい姫だとと言っていた。

 どのような姫がやってくるのか。しかも相手は年上だ。緊張する。だから、誰にも会いたくなかった。緊張している姿を見られたくなかった。

「若殿」

 声をかけられ思念が途切れた。振り返ると、義宣の傅役であった山方久定やまがたひささだがいた。久定は嬉しそうににこりと笑った。

「那須の姫君がご到着なさいました」

「分かった」

 胸の鼓動が速くなった。声が上ずっていたような気がする。久定とともに、那須の姫を出迎えに行ったが、歩いている感覚がなかった。

「どうやら、輿渡へ出向いた者の話によりますと、那須家からの護衛の者はこちらまでついてきたそうにございます」

「そうか」

「何でも、那須の姫君が、帰ろうとする者たちを引き留め、こちらまでつれてこられたとか」

「そうか」

 花嫁の嫁行列は、領地の境目など夫側の家と妻側の家で定めた場所で、実家から婚家へ引き渡されることになっている。そうすることで、両家の婚姻は対等の立場で行われたものだと主張するのだと父が言っていた。

 輿渡が済むと、嫁行列の護衛はそのまま婚家までついてくるか、実家へと帰るか、どうするべきと決められているわけではないのだから、那須家の者がこの城までついてきても問題はないのではないか。

「わざわざ引き留めてまでこちらにつれてこられるとは、那須の姫君は寂しがりなのでしょうか」

「そうかもしれんな」

「若殿」

「何だ」

「いいえ」

 久定の言いたいことは分かる。緊張しているのか、と聞きたいのだろう。確かに緊張している。久定の話に返事はしているが、どれも生返事になってしまった。

 緊張しているせいで早足になってしまったのか、思っていたよりも早く輿の前に到着してしまった。義宣の姿を見て、家臣たちが頭を下げた。それを見て、輿のすぐそばに控えていた少女が、輿の中に囁きかけた。その少女は、恐らく那須の姫が実家から連れてきた侍女なのだろう。

 少女は頷くと、輿の前に履物を揃えた。輿から細い足が覗いた。その足だけで義宣の鼓動は高鳴った。すっと、鶴が降り立つように目の前に那須の姫の姿が現れた。佐竹家の居城である太田城は、舞鶴城とも呼ぶことを思い出した。だが、姫は頭を下げたので髪に隠れて顔は見えない。

 一瞬の間の後、姫が顔を上げた。隠れていた顔が見えた。姫と視線がぶつかる。時が止まったかのように感じた。胸に針を刺されたような痛みもある。

 口元を硬く引き結び、姫は睨みつけるように義宣を見ている。美しい姫だ。姫も緊張しているのか表情が硬く険しくなっているが、それでも、義宣がこれまで見た女の誰よりも美しかった。

 その後、婚儀の準備が行われた。義宣も衣装を婚礼用に改められ、白無垢を着た姫と二人並んで広間の上座に座った。

 仲人に酒を注がれ、三三九度を行い、夫婦の契りを誓った。これで義宣と姫は正式に夫婦となったのだが、杯を重ねただけで夫婦になったのだと言われても、全く実感はなかった。

 家臣たちは義宣と姫の婚礼を喜んでいるようだった。義重も嬉しそうだった。義宣に結婚をしたという実感はなかったが、宴は盛り上がった。だが、その騒々しさの中、母の芳の顔だけはいつまでも険しいままだった。

 婚礼の宴が終わり、義宣と那須の姫は寝所へ向かった。婚儀は終わった。これからは、この那須の姫と夫婦として生きていくのだ。今宵が明けて初めて、義宣と姫は夫婦になる。

那須資胤なすすけたねの娘、八重やえにございます」

「佐竹次郎義宣だ。よろしく頼む、八重殿」

「はい、次郎様」

 二人の間に沈黙が流れる。八重はにこりともしなかった。輿から下りた時と変わらない、硬い表情のままだ。あの時は八重も緊張しているのかと思ったが、今もまだ緊張しているのだろうか。それとも、笑うのが苦手なのだろうか。

 家と家同士の政略結婚に、大きな期待をしていたわけではないが、ここまで堅苦しいとは思わなかった。八重の表情が硬いままなので、義宣も緊張してしまう。寝所の空気は重苦しかった。

「八重殿」

 八重の細い手首を掴むと、八重の肩が震えた。八重の表情が硬かったのは、やはり緊張のせいだったのか。

 そのまま手を引き、八重を抱きしめた。腕から義宣の緊張が伝わって、八重に笑われてしまうかもしれない。手が震えそうだ。

 ぎこちない動きで八重を褥に横たえる。八重はおとなしく義宣のなすがままになっていた。八重の白い肌が薄暗い部屋の中に浮かび上がる。太田城内に咲く白い梅や雪よりも白く、その白さに息を呑んだ。

 年上の美しい妻に、未熟で頼りがいのない夫だと思われたくないと強く思った。

 義宣と八重の影が重なり、二人は夫婦になった。

 だが、最後まで八重の表情は硬いままで、緊張ではない冷たさを感じた。その冷たさは、母に似ていた。

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