岩瀬の姫編(八)
祥が十四歳になった時、突然下河辺の館に義宣がやって来くることになった。鏡田や侍女たちは、義宣が祥の縁談をまとめに来たのではないか、と騒いでいた。阿南もひそかに縁談を期待しているように見えた。祥には、義宣がなぜやって来るのかまったく分からなかった。
須賀川落城後、祥の着物はあまり種類が豊富ではなかった。打掛も小袖も焼けてしまったのだ。岩城家で、奥方のお下がりをもらったし、芳も昔着ていたという物をいくつかくれたが、昔のようにたくさんの着物があるわけではない。その中から、鏡田は一番上等な物を選んで祥に着せた。朽葉色の落ち着いた小袖に青の打掛。どちらも芳のお下がりだった。
よく似合っていると褒めながら、鏡田は念入りに祥に化粧をした。鏡田も侍女たちも、可愛らしい、美しい、と褒めていたが、鏡で見る限りでは、いつもとほとんど変わりがないように思える。美しいと言われていた父には似ていない、地味な顔だ。
鏡田に連れられて広間へ行くと、阿南に入るように言われた。
「義宣殿、私の娘でございます。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんね」
「いえ。私の方が挨拶へ参るのが遅れたのです。伯母上、どうかお気になさらず」
「お初にお目にかかります。二階堂の娘にございます」
平伏したまま挨拶をしたので、義宣がどんな人かは見えなかった。声を聞く限りでは、同じ従兄でも政宗とは違うように思える。生真面目そうな印象を受けた。阿南も楽しげに話をしているのだから、義宣は悪い人間ではなさそうだ。
「これは、可愛らしい姫君だ。顔を上げられよ。姫は、いくつになったのかな?」
義宣は父親の義重と同じことを祥に聞いた。何だか、少しおかしかった。顔を上げて義宣の顔を見た。義宣は、顔つきが母親の芳に似ているわけではなかったのだが、どことなく芳とは親子なのだ、と感じさせる雰囲気があった。
「十四歳になりました」
「そうか、十四か。妹よりもひとつ年上なのだな」
また義重と同じことを言った。笑ってしまいそうになるのを、祥は抑えた。初対面の義宣の前で笑っては、はしたない姫だと思われ、阿南に恥をかかせてしまう。それに、あとで阿南や鏡田に怒られるのは嫌だった。
「この館での生活に不便はないか?」
「はい」
「それはよかった」
祥に向かって頷いた後、義宣は阿南と話を始めた。二階堂旧臣の話や、芳のことなどを話した後、義宣は帰った。何をしに来たのか、よく分からない。ただ、挨拶をしに来ただけだったのだろか。
「お養母さま、佐竹のお屋形さまはどうしていらっしゃったのでしょう?」
「さて、どうやら本当に、ただ挨拶をしに来たようでしたね。お祥の歳を聞いた時は、やはり縁談のことかと思ったのですが、その話もありませんでしたし」
「後室御前、今回は姫様のご様子を窺っただけで、今度は縁談の話にいらっしゃるのですよ。まずは、姫様のことを知った上で、相手をお決めになるおつもりでは?」
「果たして、鏡田の言うとおりなのでしょうか。私は義宣殿ではありませんから、どうなるのかは分かりません」
鏡田は義宣が来たことを前向きにとらえていたが、その後三月以上経っても義宣から縁談が持ち込まれることはなかった。阿南は諦めていたようだったが、鏡田は縁談が来ないことを怒っていた。久しぶりに大蔵が下河辺を訪れた時も、鏡田は愚痴をこぼした。
「佐竹のお屋形様は何をお考えなのでしょう。二階堂家の嫡女でいらっしゃる姫様に、いまだにしかるべき縁談をお持ちにならないなんて」
「鏡田、仕方がないじゃない。二階堂の姫と言っても、二階堂家は先の戦で滅ぼされたのだから、わたしのお婿さまになってくださる殿方は、なかなかいらっしゃらないと思うわ」
「しかし、姫様はお屋形様の従妹ですし、もう十四歳におなりです。お屋形様も姫様のお年をご存知ですのに。このまま姫様がいかず後家になってしまわれたら、と思いますと、わたくしは夜も眠れませんわ」
大袈裟にため息をつく鏡田を見て笑いながら、祥はそっと大蔵に耳打ちした。
「眠れないと言っているけれど、鏡田はよく眠っているのですよ」
祥の言葉に大蔵が小さく笑うと、鏡田に聞こえたのか、睨まれてしまった。
「姫様、笑いごとではありませんよ。姫様が婿を迎えられて、二階堂家の後継ぎの顔を見ることを、口には出さずとも後室御前は楽しみにしておいでなのですから。婿が無理ならば、せめてお屋形様の養女にしていただいて、しかるべき方にお輿入れできればよいのですけれど」
「鏡田の言っていることは分かるわ。わたしも、お婿さまを迎えて男子を産むことが、わたしの使命なのだと心得ています。そうでなければ、本当に二階堂家は滅んでしまう。でも、お養母さまも亡き二階堂のお祖父さまにお輿入れされたのは、十八歳の時だそうね。わたしは、まだ十四歳よ」
ねえ大蔵、と大蔵に同意を求めると、大蔵は曖昧に、はあ、と言うだけだった。大蔵は、ここ最近下河辺にやって来ると元気がない。昔のように庭を駆け回りたい、とはさすがに祥も思わないが、昔と変わらず接してほしいと思う。大蔵は、祥と阿南のもとへ来てはいるが、昔ほど楽しそうではなかった。
「大蔵殿を味方につけようとしてもいけませんよ。大蔵殿も、今では元服をなさって、盛方殿と名乗っておいでです。大蔵殿とて、まもなく奥方をお迎えになるのですから。そうでございますよね、大蔵殿?」
「は、はあ。まだ、それがしにも縁談は参りませぬが、数年のうちには、妻を迎えることになるかと」
「そうですか。大蔵も、もうそのような年になったのですね」
祥が十四歳になったのだから、大蔵は十六歳だ。確かに、妻を迎えてもおかしくはない。あと二年経てば、死んだ源一郎と同じ年になる。改めて大蔵を見てみると、大蔵は勇ましい若者に成長していた。兄の源一郎は、鏡田の言っていた平重衡のような凛々しさがあったが、大蔵は父の盛秀に似たたくましさがある。
祥の視線に気づいたのか、大蔵ははっとして祥から顔を背けてしまった。そういえば、昔から大蔵は、たまに祥から顔を背けていた。怖い顔に似合わず泣き虫の盛秀のように、大蔵はもしかしたら照れやすいのか恥ずかしがりなのかもしれない。
他愛ない話をして、大蔵は帰って行った。今回は、せっかく下河辺にやって来ても鏡田の愚痴ばかり聞かされて、大蔵は面白くなかっただろう。気の毒なことをした。
「姫様」
「何、鏡田?」
「もう、大蔵殿がおひとりでいらっしゃった時は、お会いしてはいけませんよ」
「なぜ?」
突然のことに、祥は目を丸くした。幼いころから一緒に遊んで育ってきたというのに、会ってはいけないとは、どういうことだ。祥が首を傾げても、鏡田は厳しい顔をするだけだった。
「大蔵殿は元服をなさった男です。輿入れ前の姫様と、これ以上ご一緒させるわけには参りません。大蔵殿には、わたくしから申し上げておきました。後室御前もご承知です」
「鏡田、わたしと大蔵の間に何かが起きるとでも思っているの?」
「はい。ですから、わたくしは釘を指すつもりで、今日は姫様の縁談の話をしたのではないですか。姫様がいくら大蔵殿を幼馴染とお思いでも、男と女なのです。お分かりですね」
羞恥で祥は頬が熱くなるのを感じた。おそらく、顔は真っ赤になっているだろう。小袖を握り締める手が震えた。鏡田にこのような心配をされていたことが恥ずかしい。大蔵のことをそんな目で見ていた鏡田を不躾だとも思ったが、鏡田にそう思わせてしまったのは祥のせいでもあるのだ。それを思うと、恥ずかしいし情けなかった。何より、幼いころからの大蔵との関係を汚してしまったようで、大蔵に申し訳なかった。
祥は、自分があまりにも幼かったのだと思い知らされた。いつまでも、子どものままでいられるはずがなかったのだ。
「分かったわ、鏡田。もう、大蔵とは二人で会わない。こんな心配をさせてしまって、ごめんなさい」
「わたくしの方こそ、出すぎた真似をいたしました。どうか、お許しください」
「いいの、いいのよ。わたしが、分かっていなかっただけなの」
その後、大蔵は盛秀たち須賀川衆とともに年始の挨拶に来る以外では、下河辺の館にはやって来なかった。年に一度見る大蔵は、年々盛秀に似たたくましい青年に成長していった。だが、妻を迎えたという話は一度も聞かなかった。
祥も、義宣が下河辺を訪れて何年経っても、縁談はまったくなかった。縁談がないまま、祥は阿南が夫に嫁いだのと同じ、十八歳になっていた。この年でも縁談がなければ、本当にいかず後家になってしまうかもしれない。義宣は、下河辺にいる二階堂の従妹のことなど、忘れてしまっているのだろうか。祥は結婚に憧れているわけではない。もちろん、昔聞いた平重衡と大納言典侍のような夫婦に憧れるようにはなったが、それよりも阿南に二階堂家の後継ぎの顔を見せたいのだ。
その年の瀬、義宣から初めて書状が届いた。阿南とともに、京見物に来ないか、という内容だった。
十八歳になった祥は、さすがにもう子どもではない。この書状の意味するところは理解できる。義宣は、祥を側室にするために上洛させるのだ。




