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道程  作者: 実川
二 岩瀬の姫編
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岩瀬の姫編(五)

 戦の準備で、城内は慌ただしかった。阿南は、伊達と戦うことを決意したらしい。祥も、蘆名家を滅ぼした伊達家から婿を迎えるのは絶対に嫌だった。だが、今回の戦が、勝ち目の薄い戦だということは、阿南に言われて祥にも分かっていた。

 普段も表の政務で忙しくて、なかなか祥と遊んでくれない阿南は、ますます忙しくなったようで、日に一度顔を出してくれるだけになってしまった。源一郎も大蔵も、父親の盛秀の命で、居城の和田城に戻ってしまい、しばらく顔を合わせていない。

 奥の女たちも戦の準備で駆けまわっている。祥も、何か手伝えることがあれば手伝いたかったが、鏡田に止められた。祥は二階堂福王丸の娘であり、阿南の養女となって二階堂家の嫡女となった。二階堂家中の希望の光のようなものだから、何もしなくてもいいと言うのだ。そんなことはないと思ったが、祥にできることも思い当たらなかったため、鏡田に言われた通りおとなしくして過ごしていた。祥が男ならば、戦場に出て皆と戦えると思うのだが。

 いよいよ伊達勢が須賀川に迫っているとの知らせが、奥にも伝わってきた。その知らせを奥に伝えた阿南は、祥の手を引いて膳の用意をしている女中たちのもとへ連れて行った。

「よいですか、お祥、お前も女中たちの手伝いをして、出陣式に出す肴を作りなさい。お祥が作るのを手伝ったと知れば、家臣たちの士気も上がるでしょう」

「まことですか?」

「ええ。出陣式には、お前も参加するのですよ。家臣たちに、労いの言葉をかけるのです」

「はい、分かりました」

 女中の手伝いと言っても、祥にはほとんど何もできなかったが、言われた通りに肴を膳に並べることはできた。準備ができたころ、阿南がまた顔を出し、今度は祥を本丸の大広間まで連れて行った。大広間には、具足を身に付けた家臣たちがいた。祥が初めて須賀川城に来た時のようだった。居並ぶ家臣たちの中には、具足姿の源一郎もいた。今回の戦が、源一郎の初陣になるのだろうか。

 盛秀の前に打鮑、勝栗、昆布と三組の杯を乗せた膳が運ばれてきた。祥も作るのを手伝った膳だ。打って勝って喜ぶ、の縁起を担いでいるのだそうだ。

 盛秀の隣に阿南が立ち、祥は阿南の隣に立った。盛秀は、厳めしい顔をしている。怖かったが、とても強そうだった。

「伊達勢が、須賀川に迫っています。皆に武運のあることを、祈ります。この膳は、皆の武運と勝利を祈って、姫も作るのを手伝ったものです」

 阿南に軽く背中を押され、祥は一歩進み出た。家臣たちの視線が集まる。初めて須賀川城に来た時と同じだ。

「わたしも、皆の武運と勝利を祈っております。わたしも男ならば、皆とともに戦いと思っています」

「姫様のお言葉で、我ら死をも恐れぬ兵となりましょうぞ」

 おお、と叫び声が上がる。盛秀が作法に従って膳を食べると、そのまま宴になった。祥は、阿南とともに家臣たちに声をかけて歩いた。この家臣たちが、祥や奥の女たちを守ってくれるのだと思うと、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。ただ、武運を祈る、としか言えなかった。

 宴が終わり、家臣たちは居城や持ち場に戻って行った。盛秀は、まだ阿南と話すことがあるのか大広間に残っている。源一郎も、父に従って残っていた。阿南と盛秀が話し始めるのを見て、祥は源一郎のもとへ行った。具足姿の源一郎は、普段の源一郎とは別人のようだった。鏡田が好きだと言っていた平重衡は、きっと源一郎のような武士だったのだろう。

「姫様、私も此度の戦で初陣を飾ります」

「初陣ですか」

「父とともに、大手南ノ原口を守ります。姫様や後室御前の籠られる本丸には、決して敵を近づかせませぬ。大蔵は、まだ幼い故、母たちとともに和田城に残っております」

「そうですか」

 勝ち目の薄い戦が、源一郎の初陣。源一郎は笑っているが、源一郎を前にすると、祥は笑えなかった。

「姫様」

「はい」

「戦から戻りましたら、また、拙者の笛とともに箏を弾いていただけますか?」

 こっそり持って来ていたのか、源一郎は祥に笛を見せた。それは、いつも源一郎が吹いている笛だった。よく、源一郎の笛とともに箏を弾いた。源一郎と一緒だと、必ずどこかで間違えてしまうのだった。

「はい。はい、もちろんです。その時は、わたし決して箏を間違えません。だから、どうか、源一郎に武運がありますように。どうか」

「そのお言葉を聞けただけで、私は果報者にございます」

 白い歯を見せて笑う源一郎は、凛々しかった。盛秀に呼ばれ、源一郎は祥に背を向けて去ってしまった。源一郎の姿が見えなくなっても、祥は広間の入り口を見つめていた。祥には、源一郎の武運を祈ることしかできない。それが、悔しかった。その日は、珍しく阿南とともに眠りについた。

 政宗が片平かたひら城を出馬したと知らせが入った。須賀川には、佐竹と岩城いわきからの援軍も駆け付けてくれている。だが、兵の数では圧倒的に伊達勢が有利だった。

 祥は阿南や鏡田たちとともに本丸に籠ったが、伊達勢は支城にはまったく構わず、須賀川城だけを狙っているらしい。家臣たちの布陣は終わっている。源一郎も、今頃は盛秀とともに城門の守りについているはずだ。本丸には、女たちのほかに二階堂家の旗本衆が籠っている。

 戦が始まったらしい。阿南のもとに、伝令が絶えずやってくる。伝令の話を聞く限りでは、伊達勢に対して家臣たちはよく戦っているらしい。伊達勢を凌ぐ勢いがあるところもあるようだ。特に、盛秀が率いる和田城の者たちは、鬼神のような活躍をしているそうだ。源一郎も、盛秀とともに戦っているのだろう。祥は、拳を握りしめた。

 日が暮れ、今日の戦いはこれまでなのかと、侍女たちがほっと息をついた時、本丸に叫び声が聞こえてきた。祥は怖くて、思わず阿南にすがりついてしまった。

 家臣の誰かが本丸に飛び込んでくる。裏切り者、と叫ぶ声が聞こえた。火をつけられた、とも聞こえた。守屋筑後守、という言葉も聞こえた。

 二階堂四天王の一人であるはずの守屋が、城の西にある二階堂家の菩提寺、長禄寺に火を放ったのだそうだ。守屋は、以前から政宗に内通していたらしい。火はまたたく間に燃え広がり、本丸にまで延焼している、と家臣は言った。

 落城。祥にも、この城がこれからどうなるのか分かる。落城だ。

 祥たちは城と運命をともにするしかないのだろう。だが、本丸を守っている家臣たちはどうなったのか。源一郎はどうしているだろう。盛秀は無事だろうか。

 怯える女たちを一喝し、阿南は自害すると言った。政宗に捕らわれるくらいならば、二階堂家の誇りとともに自害すると言うのだ。祥もともに死ぬのだと思ったが、阿南は祥に逃げるように言った。

 阿南を置いて逃げられるはずがない。だが、祥は鏡田に抱きしめられて、動けなかった。阿南が短刀の鞘を払う。刃が光った。阿南の姿を目に焼き付けなければならない、と思ったのに、祥は思わず目を瞑ってしまった。

 侍女たちの悲鳴が聞こえた。恐る恐る目を開けると、阿南の手は見知らぬ武士に掴まれていた。

「亡き二階堂盛義殿の奥方、阿南殿でいらっしゃいますね」

 阿南の腕を掴んだ兵が口を開いた。阿南は落ち着いた顔で頷いた。

「いかにも。私が二階堂盛義の妻です」

「我が主、岩城常隆いわきつねたか様がお呼びです。ご同行願います。輿の用意も整っております。さあ、姫様方もお早く」

 岩城からの迎えだと聞いて、その場は明るくなった。岩城常隆は、阿南の甥、つまりは祥の従兄弟にあたるのだと、鏡田が祥にそっと教えてくれた。阿南は、本当に岩城からの迎えなのか迷ったようだったが、侍女たちの喜ぶ姿に気が緩んだのか、静かに、はい、と言った。

 兵たちに言われた通り、用意された輿に乗ったはいいが、進むうちに阿南の顔が険しくなった。何故だろうか。祥には分からなかったが、養母はいきなり、輿を止めるように要求した。だが、その声を無視して輿は進んだ。

「お養母さま?」

「お祥、この輿は岩城のものではありません。伊達の陣へ向かっています」

 阿南の言うとおり、輿は止まることなく伊達の陣へと進んで行った。 輿が止まり、阿南とともに輿から降りると、目の前には眼帯姿の男がいた。阿南が祥の手を強く握った。祥も、阿南の手を握り返した。確かに、ここは伊達の陣のようだ。伊達家出身の阿南や母の持ち物にあった竹に雀とまったく同じ紋が陣幕にほどこされている。

「伯母上、姫、お初にお目にかかる。伊達政宗じゃ。須賀川からよう参られた」

「私は、悪鬼に伯母上と呼ばれる覚えはありません」

「さすがは、夫亡き後、女だてらに城主となられた女丈夫よ。手厳しい」

 目の前で笑う男が、伊達政宗。蘆名を滅ぼし、二階堂も滅ぼした男。片方しかない目を細めて笑う姿は、阿南の言うとおり悪鬼にしか見えなかった。恐ろしい。祥は、阿南の後ろに隠れたくなった。

「こちらが、わしの従妹の姫か。あまり伯母上には似ておりませぬな」

 政宗が祥の顔に触れようとした。祥が顔を背けるよりも先に、後ろで控えていた鏡田が、さっと祥を抱きしめて庇った。鏡田の胸に、祥はきつく抱きついた。

「何と、わしは姫に嫌われてしまったようじゃ。気の強い姫であることよ」

 当然だ。政宗に触れられたくない。従兄弟だとも思わない。

「しかし、伯母上。わしは、本当は伯母上と戦いとうはなかったのじゃ。何と言っても伯母上は、亡き父の姉上。須賀川を攻める時は、わしも心が痛んだ。せめてもの詫びに、伯母上と姫のために、新たに館を作ろう。姫にも、いずれ相応しい男を見つけよう。伯母上、政宗にすべてお任せくださいませ」

「誰が、お前の世話になるものか。岩城のものと偽りを申して、我らを捕らえたくせに。どの口が、私と戦いたくなかったなどと言うのですか。我らは真の岩城を頼りにいたします。それが許されないのなら、この場で殺しなさい」

「分かった、分かりました、伯母上。どうか、殺せ、などとおっしゃらぬよう。しばし、お考えください。家臣を九名つけます。この者たちに、何でもご命じくだされ」

 阿南の気迫に圧倒されたのか、政宗は去って行った。その場には、九人の伊達家の家臣だけが残された。

 阿南と祥、侍女たちには政宗の意向か、豪華な食事や菓子が九人の伊達家の家臣によって運ばれてきた。だが、阿南はその食事に一切手をつけず、侍女に持たせた小袋に入った白米だけを食べていた。祥もそれにならった。敵のほどこしなど、受けたくないのだ。

 翌日も政宗は、阿南に政宗の世話になるようにと言ってきた。阿南は再び断った。まるで、阿南と政宗の根競べのようだった。

 須賀川城が落ちて、家臣たちはどうなったのだろうか。伊達の陣にいて、祥が考えることは、源一郎や盛秀、それに和田城に残っていた大蔵たち須田家の人間が、どうなったのかということばかりだった

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