岩瀬の姫編(二)
黒川城を出て、祥は須賀川城へ到着した。須賀川城では、城門の前で家臣たちが祥の輿を待っていたようだ。
輿が到着すると、先頭に立っていた男が祥の輿の前に跪いた。祥に祖父がいたら、このくらいの年なのだろうか、と思うほどの年齢に見えた。鬼や熊は、きっとこの男に似ているのだろう、と思った。男の体は大きくて、顔は怖かった。
「黒川の姫様、家臣一同、姫様のお越しを心待ちにしておりました。さあ、後室御前が姫様をお待ちですぞ」
男は祥に手を差し伸べてきたが、その手を取っていいものか迷う。祥の迷いが伝わったのか、男は不器用に笑ってみせた。笑っても、顔が怖いことに変わりはなかったが、少し優しくなったような気がした。伸ばされた手に自分の手を重ねると、男は祥を優しく抱きあげた。視界が広がる。男に抱き上げられた祥を見て、並んでいた家臣たちは皆その場に伏した。洟をすする音が聞こえるから、泣いている者もいるのかもしれない。祥を抱き上げている男の顔を見ると、この男も泣きそうだった。
「どうして、泣いているのですか?」
「それは、姫様が亡き福王丸様によく似ていらっしゃるからにございます」
「福王丸様?」
「姫様のお父上です」
「父上に」
「姫様のお鼻は、お父上にそっくりですなあ」
しみじみと男が言うので、そうだろうか、と祥は首を傾げた。祥は父よりも母に似ていると思う。父に似ているのは、血の繋がりがない姉の方だった。奥の女たちは、父のことも姉のことも美しいと褒めていたのだから、二人は似ているのだろう。
「いや、美濃殿、お口のあたりなど、福王丸様にそっくりでございましょう」
「おう、そう言われてみれば、確かに」
「美濃殿、箭田野殿、お鼻もお口も福王丸様にそっくりではありますが、それだけではない。福王丸様の生き写しのようではありませぬか。お懐かしや」
祥を抱いている男は、美濃と呼ばれた。この美濃が、祥の鼻が父に似ていると言うと、その場に伏していた者たちも口々に父を懐かしみ、祥は父に似ていると言いだした。ここにいる人間は、父を慕っているのだと思うと、少し安心した。
美濃に抱かれたまま、祥は本丸に通された。本丸の広間には、美濃よりも少し年が下に見える女性がいた。女性は、まっすぐ祥を見つめている。この人が、父の母親であり、母の姉である阿南の方なのだろう。姉妹でも、母とはあまり似ていない。だが、父は母親似だったようだ。
「後室御前、黒川の姫様をお連れしました」
「美濃、ご苦労です」
祥を下ろすと、美濃は姿を消した。広間には、祥と女性の二人だけになった。
「私は須賀川城の城主、阿南といいます。蘆名盛隆殿の姫ですね」
「はい、祥と申します。お祖母さま」
祥が返事をすると、阿南の目には涙がいっぱいたまった。阿南が目を瞑ると、涙は筋になって流れ落ちた。阿南の手が伸ばされ、きつく祥を抱きしめた。阿南の涙が、祥の頬にも落ちる。
「かわいそうに。父を亡くして、さぞ辛いことでしょう。大人の都合でひとりこの婆のもとへやってくることになって。まだこんなにも小さいのに、申し訳ないことをしました」
「お祖母さま」
祥がかわいそうだと言って、阿南は涙を流した。父は、阿南にとって息子なのだから、息子を失って阿南も辛いと思う。だが、阿南は自分の辛さよりも祥の悲しみを心配してくれた。
「今日から、私がお前の養母です、お祥」
「はい、お養母さま」
この瞬間、祥は阿南の養女になり、阿南は祥の養母になったのだった。阿南の腕は、あたたかかった。
「美濃、そこにいるのでしょう」
「はっ、後室御前」
阿南が声をかけると、祥を抱いて本丸まで連れてきた美濃が、広間に入って来た。美濃の目は真っ赤になっている。顔は怖いが、美濃は泣き虫なのかもしれない。
「お祥、この者は、我が二階堂家の家老である、須田美濃守盛秀。私が須賀川城の城主ということになっていますが、実際のところ、城代である美濃のおかげで、二階堂家は成り立っているのですよ」
「祥です。よろしくお願いします、美濃」
阿南の真似をして、盛秀のことを美濃と呼ぶと、阿南も盛秀も小さく笑った。なぜ、笑うのだろう。
「姫様、それがしのことは、爺と呼んでくださいませ」
「爺?」
「はい。姫様のお父上も、それがしのことを爺とお呼びになっておりました」
「分かりました。爺、さっきはありがとう」
「姫様にお礼を言われるとは、爺は感激いたします」
盛秀は真っ赤に腫れた目を、手の甲でこすった。そんなに強くこすっては痛そうだ。
「お祥の父上である盛隆殿は、ちょうど今のお祥と同じ歳の時に、二階堂家から蘆名家へ人質として、この須賀川城を出たのです」
「では、六つの時に?」
「ええ。美濃はお祥の姿が、六つの時の盛隆、いえ福王丸に重なって見えるのでしょう。だから、泣いてしまうのです。美濃は、見かけは怖いのですが、心優しいのですよ」
「見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」
「ふふ、良いではありませんか。私も、お祥を見ていると福王丸を思い出します。お祥は、母にも似ていますが、父にもよく似ていますね」
「後室御前、姫様に我が愚息をご紹介してもよろしいでしょうか?」
「ええ。鏡田も、そこに控えているのでしょう。お入りなさい」
養母が声をかけると、二人の少年と一人の女性が広間に入って来た。盛秀の顔を見ると、盛秀はもう泣いていなかった。祥には優しい顔を見せていたが、怖い顔に戻っている。この顔が、盛秀の普段の顔つきなのだろう。別に、怒っているわけではないのだということは分かった。
「姫様、爺の息子どもにございます。ほれ、ご挨拶を」
「須田美濃守の嫡男、源一郎にございます。どうぞ、お見知りおきを」
「同じく、三男の大蔵です。よろしくお願いいたします」
「祥です」
祥に対して頭を下げる二人の少年に、祥も軽く会釈をした。だが、どうすればいいのか分からず、助けを求めるように養母の顔を見上げた。
「お祥、源一郎は十四歳。大蔵は八歳です。二人ともお前と歳が近いのだから、よき遊び相手になりましょう。源一郎、大蔵、お祥はまだ須賀川に不慣れです。仲良うしてください」
「もちろんです、後室御前。拙者どもでよければ、いつでも姫様のお相手をいたします」
「それがしも、兄と同じ気持ちでおります」
「お祥、挨拶を」
「源一郎、大蔵、よろしくお願いします。いろいろ、わたしに教えてください」
「はっ、喜んで」
源一郎が深々と頭を下げると、大蔵も慌てて頭を下げた。兄の真似をする大蔵の姿を見て、きっと自分もいつも姉の真似をしていたのだろう、と黒川の鶴千代が恋しくなった。源一郎も大蔵も元気が良くて、すぐに仲良くなれそうだ。特に大蔵は、二つしか歳が違わないので、源一郎よりも早く親しくなれるかもしれない。
「それから、この女はお祥の侍女となる者です。お前の身の回りの世話などは、一切この者に任せています」
「初めまして、姫様。鏡田と申します。何卒、よろしくお願いいたしますね」
「はい。世話になります」
「まあ、可愛らしい。わたくしは福王丸様のお姿は、ちらりとしか拝見したことがありませんが、福王丸様にそっくりの愛らしさ。後室御前、わたくしも姫様をお抱きしとうございますわ」
一度話し出すと、鏡田の話はなかなか終わらなかった。にこにこと楽しそうに話しているが、あまりによく話すので、祥はびっくりした。祥を抱いている阿南も、困ったように笑った。
「鏡田は良い侍女なのですが、よくしゃべるところが玉に瑕なのです」
こっそりと囁かれた一言に、祥は思わず笑ってしまった。確かに、鏡田はよくしゃべる。盛秀は慣れているのかもしれないが、源一郎も大蔵も目を丸くしている。それも面白くて、笑った。
「お笑いになったお顔も、何と可愛らしいのでしょう」
鏡田の言葉に、阿南も祥も笑った。盛秀も源一郎も大蔵も笑っている。鏡田は、なぜ笑われているのか分からないようで、首を傾げていた。
これから、家臣たちを広間に集めて、祥に挨拶をさせると阿南に説明された。源一郎と大蔵は一緒に残りたいと言っていたが、父である盛秀に帰されてしまった。盛秀も、家臣たちを呼びに広間から出て行った。鏡田は、祥と一緒に残るらしい。
家臣たちを集める前に、阿南にどう挨拶をすればいいのか教えられた。阿南に言われた通りに繰り返すと、養母は微笑んで頭を撫でてくれた。
盛秀に従って、広間に家臣たちが入って来る。祥を城門の前で迎えていた者たちだ。祥は上座に座る阿南の隣に座り、膝の上で拳を握りしめた。こんなにたくさんの人の前に座るのは初めてだ。緊張する。皆の視線が祥に向けられていた。
「蘆名家より迎えました、私の孫娘の祥です」
阿南に軽く背中を押された。挨拶をする合図だ。
「二階堂福王丸の、祥です。本日より、二階堂家の養女となりました」
阿南には、蘆名盛隆の娘ではなく、二階堂福王丸の娘と言うように言われていた。祥の言葉を聞いた家臣たちの中には、盛秀のように涙ぐむ者もいた。皆、祥の父である福王丸を懐かしく思っているのだろう。父のことを思ってくれる者たちが家臣で、祥は嬉しかった。
「私はいずれ、この姫に婿を迎えさせ、その婿殿に二階堂家を継いでもらうつもりでおります。皆も異論はなかろうな」
「後室御前の仰せのままに」
盛秀が平伏すると、ほかの家臣たちも平伏した。祥を抱いて、阿南が立ち上がる。祥は、阿南の養女だが、二階堂家の嫡女なのだと改めて感じた。
これから、どうなるのかはよく分からない。婿を迎えると言われても、まだ先のことだろう。ただ、黒川城を出た時は寂しくてならなかったのだが、今は須賀川城でもやっていけると思えるようになっていた。




