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道程  作者: 実川
一 無垢の子ども編
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無垢の子ども編(十三)

 義宣と琳の間に、子どもができる気配は全くなかった。琳が義宣の継室になって、もうすぐ三年になろうとしていた。

 もともと、琳が義宣の妻になった時がまだ十三歳の少女だったのだから、その少女に子どもを期待する方がおかしいのだ。初めの頃など、怯える琳と閨を共にすることすら難しかったというのに。

 だが、琳が幼いことも、琳が怯えて閨事がままならなかったこともおかまいなしに、譜代家臣の連中は、お世継はまだか、と何度も義宣に言ってくる。先の御台とは六年間の結婚生活だったが、子どもは一人もできなかった。琳とはまだ二年だ。年が明けてようやく三年目になる。そう簡単にできはしないだろう。まして、琳は先の御台と違って、まだ少女だ。先の御台は、義宣よりも二つ年上だった。

 それでも連中は義宣を急かす。父が今の義宣の年の頃には、既に弟の盛重も生まれていたのだと言って、義宣にも早くお世継を、と期待する。

 連中が世継を望むのは、佐竹家が安泰でなければ我が身も安泰ではいられないからだろう。

 毎日のように、直接、または遠まわしに世継をせがまれ、うんざりだった。御台様にお世継ができないのならばご側室を、とまで言われた。

 そこまで言うのならば、側室の一人でも迎えてやろうと思った。それで、連中の気が少しでも晴れておとなしくなるというのなら、女の一人や二人を側室にすることなど、簡単なことだ。誰か適当な女を側室にしてしまえばいい。

 そう思ったが、義宣は琳を継室に迎えた時のことを思い出した。連中は、多賀谷の姫でも文句を言っていた。人質だった娘を、と。適当な女を側室にすれば、また面倒が起きるだろう。だが、どこかの家の姫を側室にしたところで、家同士の衝突があるに決まっているのだから、それは更に面倒だった。

 何をするにも、老臣たちが障害になる。それが昔から嫌だった。

 こめかみを押さえつつため息をついた時、ある姫の存在を思い出した。あの姫ならば、連中も文句を言わないだろうし、面倒が起きるはずもない。

 岩瀬いわせの姫。

 その姫を、側室にすると決めた。


 金阿弥に酌をさせながら杯を重ねていると、金阿弥が首を傾げた。何か気になることでもあったのだろうか。

「どうした、金阿?」

「いえ、今日の義宣様は、いつもより上機嫌のように見えましたので、良き女性でも見つけられたのかと思いまして」

「良い女を見つけたと言ったら、妬けるか?」

「まさか」

 義宣の問いに嫌味なくらいにこやかな笑顔を浮かべて金阿弥は答えた。最近、可愛げがなくなってきている。思っているであろうこととは裏腹のことを言うのだ。可愛くない。今も少しくらいは面白くないと思っているはずだ。もっとも、可愛くないところが可愛いのだが、本人はそれを分かっていない。

「まあ、良い女を見つけたというのは、嘘ではないな」

 意地悪く笑ってみせると、金阿弥はあからさまにむっとした。どんなに言葉で本心を偽っても、表情は昔と変わらず正直だ。

「譜代の老臣どもが、俺に世継はまだか、側室を迎えろ、と言っているのは、お前も知っているだろう?」

「はい」

「あつらえ向きの女がいたんだよ」

「そうですか。義宣様にとって都合のよろしい姫君がいらっしゃるとは思えませんがね」

「それがいたんだ。誰だと思う?」

「さあ?」

 わざと金阿弥をからかうような物言いをするのは意地が悪いと思うが、いちいち義宣の言動に反応する金阿弥がいけない。つい意地悪をしたくなってしまう。だが、そろそろからかうのはやめた方がいいだろう。金阿弥が気の毒だ。

「岩瀬の姫だ」

「岩瀬の姫君?」

「ああ。母の姉の娘、つまりは俺の従妹だな。須賀川二階堂すかがわにかいどうの姫と言えば分かるか?」

 そこまで言うと金阿弥は、ああ、と呟いて頷いた。どこの姫のことを言っているのかようやく分かったようだ。

 岩瀬の姫は、義宣の母の姉の養女だ。産みの母親も義宣の母の姉である。血の繋がった従妹の姫ならば、誰も文句は言わないだろう。譜代連中も何も言わないはずだ。そして、母は恐らく琳を御台に迎えた時よりも喜ぶだろう。

 家柄の問題は、岩瀬の姫が義宣の従妹ということで十分だった。

「それだけではない。あの姫は、俺の伯母にあたる養母ともども佐竹家の庇護のもとに生きる身だ。側室にしても、俺がこの姫に実家のことでわずらわされることはないだろう」

「本当に、義宣様にとって都合のよろしい姫君ですね」

「そう思うだろう?」

 義宣がふっと笑うと、金阿弥は大袈裟にため息をついてみせた。どうしたというのだ。

「それでは、私がこうして呼び出されることもなくなるのですね?」

「何を言っている?」

「だって、ご側室を迎えられるのですから、私はもう不要でしょう?」

 清々しますよ、と続けた金阿弥は、本気でそんなことを思っているのだろうか。いつものように意地を張った言い方をしているのかと思ったが、琳を迎えた時もこんなことを聞かれたことを思い出し、もしかしたら金阿弥は本気で言っているのかもしれないと思った。

「まさか。何度言わせれば気が済むんだ? お前は、俺が好きなんじゃないのか?」

「それは、その」

「それは?」

 顔を覗きこむと、金阿弥は目を逸らして俯いた。この反応を見れば言われずとも金阿弥の気持ちは分かるが、言葉にしてほしかった。金阿、と名を呼ぶと、金阿弥は恥ずかしそうに義宣を見上げた。

「好き、です」

「俺もだよ」

 そう言って金阿弥の頬に手を当てて、甘やかすように優しく口を吸った。こういう時の金阿弥は、素直に義宣のいうことを聞く。

 子どもの頃から金阿弥は何も変わらない。義宣には、金阿弥だけだった。

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