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道程  作者: 実川
八 秋田の国主編
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秋田の国主編(十五)

 庭で須賀川衆の子どもたちと遊んでいると、二人の男が祥の住む館へ近づいてきた。一人は須田盛秀の跡を継いで須賀川衆筆頭となっている須田盛久(もりひさ)だ。だが、もう一人は見たことがない。横手城代となっている盛久が恭しく接しているように見える。ならば、もう一人の男が何者なのかは分かったようなものだった。

「お久しぶりにございます。ご息災なご様子で何よりです」

主膳(しゅぜん)殿もお変わりないようですね」

 盛久が頭を下げると、もう一人の男も祥に会釈した。祥も笑みを返す。

「お初にお目にかかります、昌寿院殿」

「昌寿院様、佐竹侍従義隆様でいらっしゃいます」

「まあ、藩主さま。このような婆のもとへわざわざお越しに」

「婆などと、昌寿院様はまだまだお若い」

「主膳殿はお口がお上手ですこと。佐竹のお屋形さま、こちらこそ初めまして。昌寿院と申します。お会いできて光栄です」

「いえ、私が一度、あなたにお会いしてみたかったのです」

 藩主が隠居暮らしの祥に何の用事があってやって来たのだろうか。だが、祥も一度義隆に会ってみたかった。義宣の跡を継いで秋田を治めている人物がどのような人なのか、会ってみたかった。どこか義宣に似ているところがあるだろうか、と思っていたが、見た目は義宣とあまり似ていなかった。血のつながりがあるといっても、伯父と甥なのだからあまり似ていなくても当然だ。

 義隆は誠実そうな好青年に見えた。誠実そうに見えるところは義宣に似ているかもしれない。義宣はいろいろと難しいところもあったが、人前では誠実な律儀者だった。

「私の代になってから横手が住みにくくなった、などということはありませんか?」

「ええ、ありませんよ。わたしも子どもたちも毎日楽しく健やかに暮らしております。藩主さまと主膳殿のおかげにございますね」

「それはよかった。養父に、あなたのことを頼まれていたのです」

天英(てんえい)さまが」

 義宣は年が明けてしばらくして、江戸で病死した。その知らせはすぐに祥のもとにも届けられた。義宣が死んだと聞いた時はしばらく泣き暮らしていたが、今ではひっそりと義宣の菩提を弔う暮らしにも慣れてきた。家中では義宣は法名である天英と呼ばれている。

 祥は義宣の死に目にあえなかった。ただ、盛久から義宣が江戸で死んだと聞かされただけだ。それが離縁されたということなのだと分かっているが、本当に祥は義宣にとって他人になったのだと実感して辛かった。

 義宣の側近だった政景も、後を追うように義宣の葬儀の前に病死したと聞いている。義宣は殉死を禁じていたそうだが、義宣の死から二月も経たないうちに政景は死んだため、殉死したのではないか、という噂もあったそうだ。

 だが、義宣に忠実だった政景が、義宣の葬儀というやるべき仕事を残したまま、義宣の遺言を破ってまで殉死をするとは思えなかった。だから、政景は本当に病死したのだろう。ただ、義宣の死に気落ちして病が悪化し、病死したのならば、結果として政景は殉死したと言えるのかもしれない。

 義宣の遺言は殉死を禁じるというものだったと聞いてはいるが、義隆は遺言以外に祥のことを義宣から頼まれていたのだろうか。

 義宣が死の直前、祥のことまで気にかけてくれた。そのことだけでも祥は嬉しかった。

「天英さまは何と仰せだったのですか?」

「本当は、主馬にあなたのことを任せるつもりだったようです。主馬へあてた遺言にあなたのことが書かれていました。私も、横手を疎かにするな、とは言われていたのですが」

「一体、何と?」

「岩瀬の葬儀は義宣の族の礼をもって執り行うこと、だそうです」

 義宣が政景にあてた遺言だが、これは確かに祥へ向けられた言葉だ。離縁された祥はもはや祥の側室ではない。義宣の妻ではない。他人なのだ。いとこ同士ではあるが、義宣が言っているのはそんなことではない。

 今でも義宣は祥のことを側室だと、妻だと思ってくれている。だから、祥が死んだ時には義宣の側室として扱うよう遺言を残してくれたのだ。

 驚きと喜びで声が出なかった。ただ口許を両手で覆って、涙を流すことしかできない。庭で一緒に遊んでいた子どもたちが、気遣わしげに祥のことを見上げている。

「昌寿院さま、どうかなさったの?」

「どこか痛いの? 主膳さまにいじめられたの?」

「いいえ、違うわ。嬉しいのよ。だから、大丈夫。でも、ごめんね、今日はもうお家にお帰りなさい」

「はい」

「また明日ね」

 子どもたちを帰してからも、なかなか涙は止まらなかった。祥の涙が止まるまで、義隆と盛久は黙っていてくれた。

「藩主さま、天英さまのお言葉をお伝えくださり、ありがとうございます。これでいつ死んでも惜しくありません」

「そのようなことをおっしゃらず、長生きしてください。子どもたちが悲しむでしょう」

「ええ、そうですね。それに、幼いころから仕えてくれているわたしの侍女も悲しみます」

 鏡田はもう古希を超えているが、まだまだ健康で祥のことを慈しんでくれている。むしろ昔よりも祥のことを子どものように扱っているような気がする。そんなことを思い出し、思わず笑ってしまった。

「御台さまはお元気ですか?」

 祥が覚えているのは儚げな少女だった御台の姿だ。だが、祥とあまり変わらない年のはずだから、今はもう少女ではない。

 御台様、と言われて義隆は一瞬考えるような顔をしたあと、納得したようだった。祥にとって御台は御台だが、今の御台はもう大御台と呼ばれているのだろう。

「御台様は髪を下ろされ、大寿院(だいじゅいん)様と名乗っておいでです。江戸の中屋敷でお過ごしですよ」

「そうですか、お元気ならば何よりです」

 義宣を亡くして、御台はどうしているのだろう。何を思っているのだろう。ふと、そんなことを思ったのだ。だが、元気に暮らしているのならばよかった。

 いろいろと話をして、義隆と盛久は帰って行った。もう二度と義隆に会うことはないだろうが、わざわざ離縁された側室のために、義宣の言葉を伝えに来てくれるような人物なのだから、義隆の治める国は優しい国になりそうな気がした。

 かつて義宣は、自分の命がある限り祥を愛しく思う気持ちは薄れない、と歌を贈ってくれた。それはそのまま祥の思いであり、祥の希望でもあった。

 義宣の命が儚くなってしまった今でも、祥の思いは薄れない。この命が尽きても、義宣だけが祥の愛したただひとりの夫だ。

「姫様、そろそろ館に入られませんと、お体に悪いですよ」

 鏡田が祥を呼ぶ声がする。まだ日暮れ前なのに、鏡田は心配性だ。

「分かったわ、今行く」

 風が吹いた。風は冷たい。そろそろ雪の季節だ。

 義宣と祥の道は一度離れてしまったが、今再び重なり合った。そんな気がした。

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