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道程  作者: 実川
八 秋田の国主編
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秋田の国主編(六)

 政光が兵を進めると、憲忠がわずかな手勢を連れて砦に乗り込んだ。憲忠に続いて政光も砦に攻め入ったが、敵の守りは堅固で簡単に落とすことはできなかった。今福砦は敵の要所なのだ。そう簡単に落とせるものではない。

 敵の槍襖に向かって鉄砲を放つと、敵はようやく散らばった。だが、勢いが衰えたわけではない。政光にも憲忠にも敵は槍を持ってかかってくる。政光に向かって来た敵を馬上から槍で突き刺した。初めて戦場で人を突き殺した。生々しい感覚が手に伝わってくる。これが戦で人を殺すと言うことか。少し、譜代連中が戦をしたことのない政光を軽んじる気持ちが分かったような気がした。

 政光率いる先手は苦戦しながらも砦の第一柵を占領し、順調に第三柵まで兵を進めた。憲忠は何度も首級を上げている。政光も一度首級を上げた。家臣たちもおのおの敵の首級を携えて、大将である政光のもとに報告に来ている。佐竹兵は今福砦で目覚ましい活躍をしていた。これならば、幕府の佐竹家に対する心証もよくなるだろう。

 ふと、隣にいる憲忠を見ると、憲忠の体は血に染まっていた。返り血もあるだろうが、何か所か負傷しているのが分かる。黄色の陣羽織が赤く染まっているし、胴丸に深い傷が何か所もついている。

「半右衛門、本陣へ帰って早く治療をしろ。ひどい怪我だ」

 政光に言われて初めて気が付いたのか、憲忠は赤く染まっている自分の身を見て驚いていた。だが、本陣に帰ろうとする気配は見えない。

「半右衛門、早く治療をしなければ」

「俺はまだ戦える」

「ここで死んでどうする。怪我の手当てをしてから、また戻ってくればいいだろう」

 憲忠は、秋田に戻ってから義宣を支えていく人間だ。ここで死なれては困る。これから死のうという人間が、「死んでどうする」など自分で言っていてもおかしいとは思うのだが。

 政光の説得に納得したのか、渋々だったが憲忠は本陣に戻ると言った。憲忠の家人が馬を引いてきたので、憲忠はそれに乗った。だが、本心では本陣に戻りたがっていないのがよく分かる。政光を心配しているのだろう。

「内膳、勝ち戦におごるなよ」

「私はおごってなどいない」

「分かっているが、無茶はするな。では、本陣でまた会おう」

 また会おう、という憲忠に政光は頷くことはできなかった。ただ、小さく微笑んだ。

 憲忠を本陣に帰してから、佐竹勢は第四柵も落とし、今福砦を占領した。本陣の義宣は首実検を行ったようで、前線の政光まで功を賞する言葉が伝えられた。政光を馬鹿にしていた譜代の家臣たちは、あの世でさぞ驚いていることだろう。

 佐竹勢が今福の砦を落として一刻ほど後、大坂城から木村重成(きむらしげなり)が新手を率いて出陣してきた。その兵は三千を超え、政光の率いる佐竹勢だけでは太刀打ちできるものではなかった。木村勢に押され、佐竹勢は占領した今福砦をじりじりと後退し、最初に落とした第一柵まで押し戻されてしまった。鉄砲を打って応戦しているが、木村勢は新手であり数も多い。もとが少人数だった上に、朝からの戦闘で疲れきっている佐竹勢では、敵わない。

 何とか第一柵に留まり応戦しているが、このままでは義宣のいる本陣にまで敵が及んでしまう。援軍が来なければ佐竹勢は壊滅だ。それだけは避けなければならなかった。

 どうすればいいか迷っている時間はない。だが、必死で第一柵を死守する以外に、政光の取るべき方法はなかった。士気を失いかけている兵を励ましていると、本陣からの使番が政光のもとにやって来た。

「申し上げます。お屋形様、御自ら指揮を取られ兵をお進めになるそうにございます」

「何だと? お屋形さまは今福砦に向かわれていると言うのか?」

「はっ。木村勢だけではなく、大坂城から後藤基次(ごとうもとつぐ)もこちらに向かっております。先手の潰走を食い止めるため、お屋形様もご出陣なさるそうです。内膳殿は先手を率いて退却せよとのご命令が」

 義宣が今福砦まで兵を進める。ここで政光の率いる先手が潰走してしまえば、木村勢も新手の後藤勢も義宣の首を狙い進軍するに違いない。退却などできるか。意地でも踏みとどまり、義宣を守らなければならない。

 義宣が援軍に来るという知らせを受けると、兵たちの動きは今までとは比べものにならないほど機敏になった。兵の打った鉄砲が後藤基次の左腕をかすったが、致命傷にはならなかったようで後藤勢の勢いは衰えていない。木村勢も新たな鉄砲隊が城から水田を越えてこちらに向かってきているのが見える。

 政光が叱咤激励すると兵たちは勇気を奮って応戦いたが、木村勢の突進によって、先手はついに崩壊した。足軽が敗走した。政光は槍を持って足軽の敗走を止めようとしたが、止められなかった。先手は壊滅状態だ。

 このままでは義宣から預かった兵の命を無駄にしてしまう。これ以上戦死者を増やしてはならない。戦死をするのは政光だけでいいのだ。

 政光は、とっさに殿で引き上げようとした。その時、譜代家臣の大塚九郎兵衛が政光を見て笑った。それは、明らかに嘲りの笑いだった。

「内膳、貴様は何故このように退くのだ。足軽どもの敗走は当然だな」

 その言葉に、政光は腹が立った。なぜ、このような時まで馬鹿にされなくてはならないのだ。自分が馬鹿にしている大将に従っていたのは誰だ。政光を無能だと思うのならば、よい策を政光に伝えればよかったではないか。同時に、譜代どもの嘲笑している顔が浮んだ。川井伊勢守が、いい気味だと笑っている。

「ならば、私は踏みとどまって切り死に致しましょう。大塚殿は、早くお逃げになっては如何ですか?」

 政光の一言に、今度は大塚が怒ったようだが、気にせず政光は馬を返し、木村勢へ向かった。自ら槍を振るい大勢の中へ駆け入った。

 国許を出る時に、既に討死の覚悟を決めていた。今更、大塚に言われずとも討死をしよう。それが、義宣への最後の奉公であり、恩返しになるのだ。良き主君に仕えた。後悔することは、何一つない。心の奥底に残っていた川井事件の悔恨も、討死することで晴らすことができる。

 自分の血と返り血で全身を朱に染め、政光は奮戦した。だが、そろそろ疲れが出始めている。気を引き締めようと槍を握りなおした時、轟音が戦場に響いた。鉄砲の音だ。

 自分の体から、血が噴出すのが見える。まるで他人事のように感じられた。体が傾き、馬から落ちていく。その感覚もよく分からなかった。

 意識が遠のきそうになりながら、銃声のしたほうを見ると、木村重成の隣で鉄砲を構えている兵が見えた。その兵に、撃たれたようだ。

 時が酷くゆっくりと流れていくような気がする。だが、頭の中では義宣に仕えてから今日までのことが、走馬灯のように浮んでは消えた。

 よい主に仕えた。政光がいなくても、憲忠と政景がいれば何も心配はいらない。この死が、義宣のためになることを祈るだけだ。後悔はしていない。意地は見せた。報恩も果たせた。

  名乗れ、と政光を撃った兵が叫んでいる。佐竹義宣の家臣渋江内膳、と名乗りたかったが、ただ息が漏れるばかりで声が上手く出ない。再び、名乗れ、と叫ばれた。その間に、木村重成の従兵が政光に近づいてきていた。

 最後に、義宣の家臣だということを示したい。だが、声が出ない。それでも、政光は息も絶え絶えに名乗った。

「佐竹、内膳」

 名乗った瞬間、体がぐらりと傾き馬から落ちた。地に落ちたのだが、痛みも感じない。靄がかかったように、視界がきかなかった。そういえば、秋田では吹雪になると一面真っ白になり、何も見えなくなったな、と場違いなことを思い出した。

 誰かが近づいてくる気配がする。刀だろうか、槍だろうか、刃が閃いた光を感じた。


 義宣が本陣の兵を率いて出陣しようとすると、先手からの使番が駆けこんできた。

「申し上げます。ご家老、渋江内膳殿、討死なさり、敵方に首を取られました。先手は壊滅状態にございます」

「内膳が」

 政光が討死した。信じられない。義宣は衝撃を受けるとともに悲しみに沈んだ。政光にはこれからも家老として秋田の政を任せるつもりだったのだ。まだ政光は四十一歳という若さだ。今後もは義宣の側近として、右腕として重用していくつもりだった。何ということだ。

 やはり、政光は川井事件のことを今でも気に病んでいたのか。それが、無茶をさせることになってしまったのだ。政光に先手を命じるべきではなかったと後悔したが、今となってはどうしようもないことだった。政光に武功も立てさせようと思ったことが間違いだったのだ。

「前線を助ける。進め」

 潰走してくる先手の兵を集めながら、義宣は自ら陣頭に立ち指揮を取った。だが、一度崩れた軍勢を立て直すことは難しかった。仕方なく、隣の陣の上杉勢に援軍を求め、何とか佐竹勢が兵を立て直した頃には、木村勢は兵を引き始めていた。

 これが幕府の狙いだったのだろうか。激戦地になると予想される敵の要所に、関ヶ原で逆らった佐竹と上杉を配置し、疲弊させようとしたのか。

 佐竹勢が今福砦を再び占領してから、ようやく政光が討死した時の詳しい様子が伝えられた。政光は鉄砲に打たれて死に、首を取られた。その時に政光のそばにいた家臣六名は、主である政光亡き後、誰に手柄を報告するのだ、と奮戦し政光の跡を追うように討死したという。

 日が暮れてから、義宣のもとに政光の家臣の大森土佐がやって来た。戦場から政光の遺体を連れ帰ってきたのだ。本陣に入るよう命じると、大森は首のない遺体を担いで本陣に入ってきた。

 大森の担いでいる遺体は紺地に上り半月の旗をかけられている。その旗は政光の指物だった。旗の下から覗いている具足は確かに政光が身につけていたものだ。首がなくとも間違えるはずがない。渋江政光だ。

「内膳」

「我が主の首も探し求めたのですが、奪い返すことはできませんでした。ならば、せめて体だけでもお屋形様のもとにお帰ししたいと思った次第にございます」

「ああ、それで十分だ」

 呼びかけても返事がない。大森は政光の遺体のそばで平伏しながら声を殺して涙を流している。

「戦嫌いのお前が討死か。皮肉だな」

 返事をしない政光に語りかけながら、義宣の頬にも涙が伝っていた。義宣が二十歳のころから、政光は二十年以上義宣の側近として仕えてきたのだ。政光が先に死ぬなど、考えたこともなかった。

「内膳」

 政光は佐竹家のために戦場で散った。その功に報いるために、渋江家は永代家老の家柄としよう。渋江家の当主には代々内膳を名乗らせよう。渋江内膳政光の功績を後世まで伝えるために。

 政光を失った大坂での戦は、結局幕府と豊臣家が和議を結ぶという形で終わった。年明けに憲忠ほか四名の佐竹家臣が将軍である徳川秀忠から感状を賜った。憲忠は感状のほかに信国の太刀も賜っている。

 これで徳川家の佐竹家に対する心証がよくなったのなら良いが、失ったものも大きい戦だった。

 戦の後、大森土佐に命じて政光を京の本覚寺に葬らせた。それでも義宣の気持ちはおさまらず、秋田に帰国してから天徳寺でも政光の弔いを行った。

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