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道程  作者: 実川
八 秋田の国主編
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秋田の国主編(五)

 政光が物心ついた頃には、生家の荒川家は落ちぶれていた。 

 もともと父は小山の小山秀綱に仕えていたが、北条氏に敗れ常陸に逃げていた。父は主に従った。その時、政光はまだ二歳で荒川弥五郎という名だった。数年後、小山秀綱は旧地に帰ることになったが、父は従わずに浪人になった。この頃の記憶は、政光にも多少はある。

 随分と貧しい暮らしだった。諸国を巡り主を求めたが、父はなかなか仕官がかなわなかった。父は浪人とはみじめなものだとよくこぼしていた。母は貧しさを嘆いていた。

 そうして諸国を巡るうちに、父は偶然、織田信長の検地の書をみつけて政光へ与えてくれた。どこが面白いと思ったのか、今となっては思い出せないが、政光は夢中になってその検地の書を読んだ。擦り切れてしまうほど何度も読み、諳んじることさえできるようになっていた。

 両親はとても喜んでいた。神童だと大げさに騒いでいた。両親の期待は、政光に重くのしかかった。子どもながらに、自分が荒川家を背負わねばならないのだと思った。誰にも荒川家を任せられない。頼れるのは自分の才能だけなのだと政光は思った。それは、父の姿を見ていて常々感じていたことでもあった。人に取り立てられるような才能がなければ、この乱世で生き抜くことなどできないのだ。

 父は小山秀綱の親族であることだけが誇りで、仕官先に文句ばかりつけていた上に才覚に乏しかったため、荒川家は落ちぶれて貧しい生活を送っていたのだ。父のようにはならないと政光は固く心に誓っていた。

 それから数年諸国を巡り、父は旧知の仲である渋江氏光を頼り常陸へ向かった。渋江氏光は小山時代の父の同僚で、小山家の中では名族として知られている家柄だった。氏光の口添えで政光は人見藤道に仕えることになり、その後すぐに人見藤道の推挙で義宣に仕えることが決まった。

 浪人出身の新参者が頼れるのは、自分の能力だけだった。他人よりも優れた能力を主に示し、認められなければ居場所などどこにもない。義宣の信頼を得るためには、周りは全て敵だった。周りの連中を蹴落としてでも、這い上がらなければならなかった。頼れるのも、信じられるのも自分だけだった。

 家柄だけが自慢の譜代連中など、政光にとっては邪魔な存在というだけのことだった。対して能力もないくせに、父祖の栄光にしがみついて、それをまるで自分の功績のように口にする。その態度を腹立たしいと思っていた。父の姿を見ているようだった。譜代連中にどう思われようが構わなかったため、自分が正しいと思う言動をし続けていたら、いつの間にか政光は家中一の嫌われ者になっていた。家中に嫌われれば嫌われるほど、政光は出世を重ねていった。

 政光はただ、自分の持てる能力のすべてを義宣のために捧げ、身を粉にして働いてきただけだ。それを義宣に阿諛追従を言って出世したのだと思われているのだから、譜代連中の馬鹿さ加減には呆れてものも言えなかった。政光を馬鹿にするのは勝手だが、そのせいで義宣まで貶めていると気づいていないのだから手に負えない。

 政光は義宣の命で渋江氏光の養嗣子となり、渋江内膳政光と名乗るようになった。義宣は政光の才を認め、常陸時代から石田三成の検地に従わせるなど、政光を厚遇してくれていた。政光も自分を認めてくれる義宣のために、自分の才のすべてを尽くしてきた。

 だが、政光の出世を譜代連中は快く思っていなかった。独善的な態度を取り続けてきた政光にも問題があったのだと、今になって少し後悔している。まさか政光の暗殺事件まで起きるとは思わなかったのだ。あの事件は義宣に大きな傷を残した。政光の心にも、忘れられない悔恨を残した。

 政光は義宣に命を救われた。義宣によって渋江政光という人間は生かされてきた。だから、この命は義宣のために使うべきだと思っている。川井事件の日からずっと、政光は己の死に場所を探していた。

 難攻不落と謳われた大坂城を、二十万もの兵が囲んでいる。数々の旗指物がひしめき、徳川への忠誠を示そうと、大名たちが意気込んでいるのが分かる。

 先陣は秀頼の後見だった片桐且元が命ぜられたと聞いた。それ程の者も、豊臣を見限り徳川に走るのだ。外様の大名たちが意気込むのも当然だろう。

 佐竹家は城の北東、今福という地に着陣するよう命令されていた。近くの鴫野には上杉家が陣を敷いている。この両家を共に布陣させるとは、関ヶ原での汚名を晴らす機会を与えてくれたのか、それとも忠義を試そうとしているのか、徳川の考えは分からない。恐らく忠義を試そうとしているのだと政光は思っている。

 佐竹家の陣へ家康の使いがやってきた。今福の砦を落とすために、景勝とともに明朝同時刻に兵を出し、今福の敵兵を追い払うべし、という命が下った。出兵の時刻は上杉家の密使が告げに来るということも決まった。

 いよいよ戦が始まる。憲忠が率いてきた国許の兵も義宣のもとにそろっている。あとは夜明けとともに出陣するだけだ。この戦で政光は義宣に先陣を願い出ていた。義宣は政光が先陣を願い出たことに驚いていたが、すぐに承諾してくれた。

 政光に武功を立てさせ、家老としての家中での地位を強固なものにさせようと思ってくれたのだろう。

 夜明け前、義宣は毛虫の前立の兜に、月丸模様の鎧を身につけ、素顔を見られぬよう黒い面頬で顔を隠していた。右手には、命令を下すための采を持っている。政光も鍬形に日の丸兜をかぶり、政景が送ってきた栗毛の馬にまたがった。この馬は政景の自慢の馬のようで、政光に渡すようにと政景が憲忠に頼んだらしい。政景の思いが嬉しかったが、同時に申し訳ない気持ちになった。

「俺もあいつから馬を借りたが、意外とあいつはいい馬をそろえているな。それで、一番いい馬は内膳に貸して、兄の俺には二番目にいい馬を貸したんだぞ」

「そうか」

 景勝からの密使を待つ間、同じく政景に借りた馬にまたがった憲忠が政光のそばにやって来た。憲忠は政光とともに先陣を命ぜられているが、先陣の大将は政光だった。

「内膳、殿に先手を願い出たそうだな」

「ああ」

「お前らしくない。何を考えている?」

 憲忠の問いに、政光はただ笑みを返した。何を考えているか、それは憲忠には言えない。討死するつもりだと告げたら、憲忠は無理やり政光を馬から引きずりおろし、本陣へ押し込めてしまうだろう。義宣にも告げてしまうに違いない。義宣のために死ぬつもりだと義宣に知られては、恩着せがましいようではないか。

「それにしても、上杉の密使は来ないな。もうすぐ夜が明けるぞ」

「そうだな。半右衛門、一度上杉の陣へ行き、兵を出す刻限を問うてきてはくれないか。私はある程度兵を進めて待っている」

「分かった」

 憲忠は従者を連れて上杉の本陣へ向かった。憲忠にも申し訳ないことをしていると思う。互いに二十歳になる前からともに義宣に仕えてきたのに、何も告げずに死に臨むというのは薄情だろう。だが、この決意はただ胸に秘めておけばいい。自分は、死ぬだけだ。

 政光が渋江家の養子になってから、生家の荒川家は政光の庶長子が継いでいる。嫡子はまだ十三歳だが、ほかにも男子は三人いるため、渋江家も荒川家も後継に困ることはないはずだ。

 佐竹家は幕府にあまりよく思われていない。関ヶ原での日和見を、家康は忘れていないに違いない。新たな将軍である秀忠は義宣に好意的なようだが、幕府は義宣の閨房にまで口を出し、いまだに秋田の石高を明らかにしようとしない。噂では、関ヶ原の際に公然と徳川家に刃向った上杉や島津よりも、どちらにもはっきりと味方しなかった義宣の態度が一番憎い、と家康は思っているとも聞いている。両者の確執を解き、幕府の信頼を得なければ、義宣の立場は危うい。そのためには、政光が死ぬのが一番いい。

 佐竹家の家老が、徳川家のために命を落とすだけの奮戦をすれば、家康も義宣の忠義を知るだろう。確執は氷解するのではないだろうか。

 政光は自分の死によって、義宣の幕府における立場を安全なものにしたかった。それは、十一年前の恩返しにもなる。十一年前だけではなく、義宣に仕えてから二十五年間の恩返しになる。義宣が取り立ててくれなければ、今の渋江政光は存在しないのだ。

 それだけではなく、自分の意地もあった。討死をして、今までの業績に花を添えることができれば本望だ。そして、それが義宣のためになるのなら、死は恐ろしくなかった。政光が死ねば、新参と譜代のいさかいも収束に向かい、政光のために義宣は川井を殺した、と言われることもなくなるだろう。

 今福砦まで向かう途中にある小橋で兵を整列させ、憲忠が上杉の本陣から戻ってくるのを待っていると、政光の隣を馬が駆け抜けて行き、急に止まった。憲忠だった。憲忠は怒りで興奮しているのか、眉はつり上がり、顔は赤くなっていた。黄色の陣羽織を羽織っているため、まるで黄色の鬼のようだった。

「私の下知がない以上、ここは何人といえども通してはならぬ、と兵には言い聞かせている。半右衛門も例外ではないぞ。お前が馬で駆けたせいで隊伍が乱れた」

「それはすまなかった。しかし、そんな悠長なことは言っていられないぞ。上杉景勝はとうに兵を出している。同時刻に出陣するために密使を送ると約したくせに、上杉は抜け駆けしようとしているのだ」

「何だと?」

「刻限を告げると約したが、密使がこなかった。だから刻限を問いに行った。その結果がこれだ。佐竹も急ぎ兵を出し早急に敵を討ち払う、と俺が告げた時の密使の顔が忘れられん。汝が言うほど敵を追い払うことは容易くなかろう、だとよ」

 上杉家は先代の謙信以来、武を誇っている。武では佐竹に負けるはずがないと思っているのかもしれない。だが、刻限を告げるとの約定を反故にするのは、武士として恥ずかしいと思わないのか。思わず采配を握る手に力が入った。思えば関ヶ原の時にも、上杉はともに江戸に攻め入ろうなどと調子のいいことを言っておきながら、結局会津から動かなかったのだった。

「半右衛門、殿のご命令は?」

「急ぎ今福砦の攻略に向かうようにと。俺も同行するように命ぜられた」

「分かった」

 采配を持った手を高く掲げ、一気に采配を振りおろした。

「進軍せよ。今福砦の敵兵を駆逐する」

 掛け声とともに佐竹の兵は砦へ向けて進んだ。政光の戦いの始まりだった。

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