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道程  作者: 実川
八 秋田の国主編
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秋田の国主編(二)

 義重が吉野を殺さなかったのは、吉野が義宣の子を産んだと思ったからだ。吉野の腕に抱かれた赤子はすでに死んでいたが、義宣の子に違いないと思っていた。当時、八重は病で寝込んでいたのだから、八重の代わりに吉野が義宣の閨に侍っていても不思議ではない。むしろ、それが自然なことのように思えた。

 本来ならば、主に隠れて不義密通を働いた上に出奔を企てた女は殺すべきだった。吉野も義重に見つかった時、死を覚悟したようだった。だが、吉野の産んだ子が義宣の子だと思えば、吉野を殺すことはできなかった。佐竹家にも那須家にも二度と関わらないと誓うならば、赤子を自らの手で弔わせたいと思ったのだ。

 吉野の出奔を知ってしまった以上、そのまま見過ごすわけにはいかなかったので、吉野の髪を切り義宣に見せることで、吉野を殺したと思わせた。義宣は八重のことで頭がいっぱいで、義重の言葉を疑うことはなかった。

 それからしばらくして八重が自害した。吉野が産んだ赤子と八重の死を思うと、まるで佐竹家が那須家に呪われているような気がして、義重は神仏に帰依するようになった。義宣の業と義重の業がこのような結果を招いたのだと思い、八重と赤子を供養するために京の燈明寺にあつく帰依した。燈明寺は佐竹家から逃れた吉野が駆け込んだ寺だった。吉野はこの寺に赤子の墓を建て、八重亡き後は八重の墓も建てたらしい。一度だけ吉野から文が送られてきたので、義重はそのことを知った。

 京に上るたびに、義重はできる限り時間を作って燈明寺に詣でた。ごく稀に吉野と顔を会わせることもあったが、それは偶然だった。だが、吉野と話をしているところを供に見られていたらしく、いつしか燈明寺には義重の女がいる、という噂が立つようになっていた。

 秋田に移ってから、吉野とは一度も会っていないし連絡も取っていない。最後に会った時、吉野は八重と赤子を弔う暮らしを続けていたようだったが、今はどうしているのだろう。おそらく、今も燈明寺に足繁く通っているに違いない。ならば、燈明寺に行けば吉野に会うこともできるだろう。義宣は吉野の口から真実を聞くべきだ。

 義宣は今江戸にいる。幕府に仕える身になってから、義宣は一年の大半を江戸で過ごす年も珍しくなかった。加津が懐妊したことは義宣にも書状で知らせたが、次に秋田に戻ってくるのはいつになるのか分からない。

 吉野のことだけではなく、加津の産んだ子が男だった場合、義宣の養子にしてはどうか、ということも義宣に話しておきたい。だが、生まれてくる子の父である義重の口からそのことを伝えれば、耄碌した義重が寵愛している側室の子を世継ぎにしたいと考え始めた、と思われてもおかしくはない。そんな義重から吉野が生きているということを聞かされても、義宣は信じないだろう。

 どうすれば吉野のことも養子のこともうまく伝えることができるか考えた結果、義重は江戸にいる義宣に文を書くことにした。だが、その文は子が生まれる頃に江戸に着くように送るのだ。

 文には、もし生まれてくる子が男だった場合、家中に余計な世継ぎ争いを招く可能性があるため、義宣の命で殺すように、と書いた。義宣に子ができない状況で、義重の側室に新たな男子が生まれれば、よからぬことを考える者は加津の産んだ子を世継ぎにしようと考えるだろう。秋田に入ってから義宣は譜代家臣よりも新参者を重用する姿勢を取り続けている。そのことに反発した家臣が幼子を傀儡にしようと考えるかもしれない。

 そのことを心配して生まれた子が男だった場合は殺すように、と伝えたように見える文を書いた。この文を見れば義宣は生まれる子を哀れに思い、かえって手厚く保護するはずだ。義重が言わずとも、いずれは養子に、と考えるようになるに違いない。

 義宣には少しひねくれたところがある。養子にしろ、と義重が言えば反発するだろうが、殺せ、と言われて本当に殺すはずがない。

 吉野のことも、ついでに思いだしたかのように文に付け足した。吉野は京の燈明寺にいる。その一言だけで、義宣は真相を確かめようと動き出すだろう。吉野が生きているとはどういうことなのか、吉野が何を知っているのか、自分で確かめればいい。

 文を書き終えた義重は、加津を読んで義宣宛の文を渡した。

「北城様、この文は何でしょう?」

「義宣に送るものだ。お加津が持っていておくれ。腹の子が生まれる頃、江戸に着くように送るつもりじゃ。わしが持っていると忘れそうだからな」

「そうですか。どのようなことをお書きになったのですか?」

「お加津が驚いて腰を抜かすようなことを書いたぞ」

「まあ」

 もし、加津が義重の文の内容を知ったら、腰を抜かすどころではないだろう。子を殺せと言っているのだ。だが、義重も子が殺されることは望んでいないし、義宣が子を殺すはずがない。実は、密かに生まれてくる子が男だった場合の名も考えているのだ。

「それでは、大事に持っておりますね」

「うむ。そうだ、お加津。腹の子が男だった時には、申若丸(さるわかまる)と名づけよう」

「申若丸ですか。もう、北城様かお気が早いのですね。おなごだった時にはどうします?」

「さて、どうするかな。まったく考えておらん」

 義重が肩をすくめてみせると、加津は鈴を転がしたように楽しそうに笑った。加津の笑い声を聞いて義重も明るい気持ちになったが、突然突き刺すような激しい頭痛がした。顔をしかめてこめかみを押さえた。加津が悲鳴を上げたようだったが、よく聞こえなかった。北城様、と加津が呼んでいるような気がする。その声はぼんやりとしていたが、次第にはっきりと聞こえるようになり、頭痛も治まっていった。まだ痛みは残っているが、それほど酷くはない。

「北城様、どうなさったのですか? わたし、びっくりして、もうどうすればいいのか分からなくて」

 加津は義重の肩にすがってすっかりうろたえてしまっている。身重の加津に余計な心配をさせてしまったようだ。たかが頭痛でそこまで心配することもない、と思うのだが、そんなに義重は苦しんでいるように見えたのだろうか。これも年を取ったせいなのかもしれない。

「すまぬな、お加津。わしは大丈夫じゃ。ほれ、この通り、な。雪が融けたら鷹狩りにも行こうと思っている。そのくらい、わしは元気なのだ。そううろたえるな。腹の子にさわるぞ」

「は、はい。大袈裟で申し訳ございません」

「よいよい、お加津は愛いのう」

 加津に言ったことは嘘ではない。義重は健康だ。今でも冬に布団はいらないし、雪がなければ鷹狩りを行っている。頭痛がしたのも生きている証拠というものだ。年を取れば頭痛くらいする。

 雪が融けて春が来るまでの間、義重は何度か頭痛がしたが、突き刺すような激しい頭痛は一回だけだった。加津も腹の子も健やかなようで、加津の腹は少し膨らみ始めている。老いてからの子だからか、子が生まれるのが待ち遠しかった。

 四月になり雪も粗方融けたので、家臣を連れて鷹狩りに出ることにした。江戸に上った時には、もう長い時間馬に乗るだけの力はない、と思い知ったものだったが、鷹狩り程度の乗馬は今でも好きだった。体を動かさなければ落ち着かないのだ。

 ちょうど空も青々と晴れ渡り、気持ちの良い日だった。秋田の空は常陸よりも高く見える。空の青も澄み切って見えて美しい。そんな空の下を舞う鷹は雄大で、力強かった。生まれ変わるならば、鷹がいいかもしれない、と何となく思った。

 鷹狩りの帰り、馬を走らせていると突然頭痛がした。今までにない痛みだ。空は明るかったはずなのに、いやに暗かった。真っ暗だ。何も見えない。ただ、頭が割れるような頭痛がしていた。


 義宣の供として江戸に連れてきている政光が、血相を変えて義宣のもとにやって来た。手には国許からの書状が握られている。冷静な政光が狼狽する姿は珍しかった。その姿に、義宣は秋田で一大事が起こったのではないか、と身構えた。

「殿、申し上げます」

「何だ、国許で大事があったか?」

「四月十九日未刻、北城様ご逝去とのことにございます」

「何だと? 父上が亡くなった?」

 信じられない。義重は義宣が秋田を発つ時には健康そうに見えたし、今まで大きな病にかかったこともない。側室が身ごもったという話を聞いて、義重はまだまだ壮健だと思ったばかりだというのに、なぜ義重は死んだのだ。

「はっ。北城様は鷹狩りに行かれ、その帰りに落馬なさり、そのままお亡くなりになったそうです」

 政光が差し出した書状を見ると、確かに政光の言った通りのことが書いてあった。鷹狩りの帰りの落馬。義重が病で死ぬとは思えなかったから、義重らしい死なのかもしれない。側室の産む子の顔が見られなかったことは残念だっただろうが、好きなことをして隠り世にいけたのだから、義重は幸せだったと思う。

 義宣を導き、家督を譲ってからも義宣を支え続けてくれていた義重が死んだ。ぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちだ。

 だが、呆然としているわけにはいかない。母にこのことを知らせ、幕府には帰国を願い出なければならない。国許には葬儀の準備をするように命じる。義重の側室の処遇も考えなければならなかった。悲しみに暮れている暇はない。

 国許への指示と幕府への対応は政光に任せ、義宣は母のもとに向かった。義重の死を伝えると、母は信じられなかったのか、身動きもせず黙り込んでしまった。

「私は急ぎ帰国いたします。何か、父上にお渡ししたいものなどはありますか?」

「義宣は、帰国するのだね」

「はい」

「私は、一緒には行けないか」

 母の頬を涙が伝った。すっかり小さくなってしまった肩が震えている。母はこんなにも小さな人だっただろうか。

「まことに残念ながら、母上は江戸に残っていただきます」

「分かっている」

 母は幕府に対する人質として江戸の屋敷にいるのだ。たとえ夫である義重が死んでも、母は江戸から離れられない。義宣とともに秋田へ向かうことはできないのだ。母は一度も秋田の地を踏んだことはない。母にしてみれば、遠い異国で夫が死んでしまったような気持ちなのだろう。

「義重殿には、これを渡しておくれ。これで私も、一緒にいられるような気がする」

 そう言って母はまとっていた打掛を義宣に渡した。この打掛を義宣は何度も目にしていた。母が気に入ってよくまとっているものだった。

「必ず、父上にお渡しいたします」

「義重殿っ」

 両手で顔を覆い、母はむせび泣いた。こんなに弱々しい母を見るのは初めてだ。義宣から見た母は、強いけれど弱く、自分勝手で思いやりに欠け、憎らしいが憎み切れない人だった。まさか、夫の死にここまで悲しみ涙を流すとは思っていなかったのだ。だが、母は義重を心から愛していたのだろう。母の悲しみが義宣にも伝わってくるようで、母はあまり悲しまないのではないか、と思ったことを恥ずかしく思った。

「母上、お気を確かに」

 ほかにかける言葉が見当たらず、震える母の肩に手を置き、それだけ伝えて義宣は母の部屋を去った。それから急いで帰国の準備を整え、政光を連れて秋田へ向かった。

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