枯れぬ花編(七)
八月末に完成した窪田城は、檜の香りが芳しい。義宣や家臣たちが土崎の湊城から、新たな城下の窪田に移り、祥も義宣とともに窪田城に入った。秋田は山が豊かで、木材が豊富なのだと義宣が言っていたので、この城は秋田の木で造られた城なのだろう。天守も石垣もない城だが、落ち着いた佇まいが祥は好きだった。
義宣も新しい府城を気に入っているらしく、よく御隅櫓に登っているそうだ。義宣に手を引かれ、祥も櫓に登ってみた。高く澄んだ空と秋田の山、それに雄大な海が一望できる。秋田の海はどこか暗い。はじめのころ、義宣は海の暗さを気に入っていないようだったが、祥は暗い海に力強さを感じていた。秋田は美しい、豊かな国だ。
「どうだ、祥? ここは城の中でも、かなり気に入っている場所だ」
「ええ、わたしも好きです。空も山も海も、とても美しい。あ、あの海に出っ張っている島のようなところは何なのでしょう?」
「ん? ああ、あそこは男鹿というらしい。俺が入る前に秋田を治めていた秋田氏は、かつてあそこにも城を構えていたようだ。冬の雷が鳴る頃に、鰰という魚が大量にとれるのだそうだ。俺も献上されたが、何とも言えない不思議な姿をした魚だった」
「そうなのですか。不思議な魚がとれるのですね」
鰰とはどんな魚なのだろう。秋田の魚なのだろうが、まったく想像がつかない。秋田は、まだ祥の知らないことでいっぱいだ。海を見つめていた祥の袖を引っ張り、義宣が搦手門を指差した。中土橋から二の丸へと続く三の丸の下中城には、二の丸への道を守るように渋江政光と梅津憲忠の屋敷が向かい合って建てられている。
渋江も梅津も義宣の側近で、義宣はいずれ要職につけたいと思っていることを、以前聞いたことがある。だから、二の丸へと続く三の丸の下中城に屋敷を与えたのだろう。櫓から眺めると、渋江屋敷も梅津屋敷もよく見える。
「前に俺がここで昼寝をしていたら、内膳の屋敷の前を、血に濡れた刀を持った男が通り過ぎようとしていた。それを俺が見つけ、この櫓から内膳、内膳と大声で呼んだら、ちょうど内膳の屋敷に来ていた半右衛門が、その男をとらえた、などということもあったな」
「まあ、恐ろしい。けれど、ここでお昼寝をなさっていたなんて、我が殿はよほどお暇なようですね。わたしのことも、その大きなお声で呼んでくださればよろしいのに」
「それもそうだ。では、今夜は本丸から大声でお前を呼ぶことにしようか」
「義宣さまのお声が聞こえたら、急いで参りますわ」
顔を見合わせて、祥と義宣は笑った。秋田での暮らしは平穏だ。こんなにも穏やかな日々を義宣とともに過ごすのは、初めてかもしれない。義宣の側室となってから、天下人だった秀吉が死に、徳川家康と石田三成の争いが始まり、義宣は秋田に遷された。義宣が城でのんびり昼寝をしている姿など、常陸では見ることができなかったものだ。
このまま平穏な時が続けばいい。義宣は秋田で自分の望む政をし、国づくりに励み、祥は義宣の子を産む。そしてともに年を取り、生まれた子が二階堂家を再興する姿を見届けて、義宣が心血を注いで築き上げた秋田に眠ることができれば、どんなに幸せだろうか。
その夜は、昼に櫓で言われた通り、義宣と褥を共にした。義宣の側室となってから、もう六年が経っている。今まで何度も義宣と同衾しているが、祥には子ができる気配すらなかった。この六年で祥は二十五歳になった。歳ばかり重ねてしまい、焦る気持ちは年々強くなっている。
祥は義宣の子がほしい。義宣も祥との子がほしいと言ってくれた。後継ぎがいない今、義宣は切実に子を欲しているだろう。義宣の望みをかなえられない自分がもどかしくて仕方がなかった。それに、亡き養母の願いだった二階堂家の再興も、このままでは果たせそうにない。
時は過ぎていく。穏やかで幸せな日々だが、着実に老いは近づいているのだ。いずれ祥は子を産めない体になる。その間に、江戸にいる御台も祥も義宣の子を産むことができなければ、佐竹家にとって一大事となる。
夭折してしまったが、御台は一度義宣の子を産んでいる。つまり、義宣も御台も子をなせる体だということだ。御台はこれからも義宣の子を産むかもしれない。それは義宣にとって望ましいことだろう。正室の子なのだ。そのことを思うと、ますます祥は義宣に対して申し訳ない気持ちになる。
義宣と御台の間には子ができた。だが、祥には子ができない。恐らく、祥は石女なのだ。今まで認めたくないと思っていたが、そうとしか思えない。そうでなければ、これまで一度も子ができないなど、おかしいではないか。
「どうかしたか? 浮かぬ顔をしている」
「義宣さま」
義宣の腕の中で、何を考えていたのだろう。義宣には沈んだ顔など見せたくないというのに。
だが、自分は石女なのではないか、という思いを義宣に黙っているわけにはいかないだろう。義宣には世継ぎが必要だ。石女の祥がいつまでも褥に侍っていて、いいことなど何もない。祥だけではなく、義宣も年を重ねていくのだ。
「わたしよりも、もっと若いおなごを側室にお迎えください」
「何を言っているんだ?」
義宣の腕から抜け出し、祥は三つ指をついて頭を下げた。義宣の表情は見えないが、動揺しているような声だった。
「祥」
「わたしは石女なのです。これ以上、義宣さまの褥に侍っていても、きっと子はできません」
言ってしまった。口に出した途端、激しい悲しみと苦しみが襲って来た。涙が溢れそうになるのを堪えて、更に深く頭を下げる。だが、義宣に強い力で肩を掴まれ、祥は体を起こされた。義宣は、怒っているような、悲しんでいるような目で祥を見つめている。
「お前は俺と約束したはずだ。俺がすべてを失ったとしても、命尽きるまで俺のそばにいると。忘れたか?」
「いいえ、いいえ。忘れるはずなどありません。その思いに、今も変わりはありません。でも、わたしはあなたの子を産むことができないのです。今までできなかったのだもの、きっとこれからだってできない。義宣さまは子をなせる体なのに、わたしが石女であるばかりに、今まで子ができなかったに違いありません」
「祥、そんなことを言うな。俺は、お前がいなければ駄目なんだ」
「わたしだって、義宣さまでなければ嫌」
義宣に抱きしめられ、祥は堪えきれずに涙を流した。本当は、義宣にほかの側室をすすめたくはない。自分が石女であると認めたくもない。だが、祥に六年もの間、子ができなかったのは事実で、佐竹家のためには義宣に側室をすすめて世継ぎを設けることが大事なのだ。そのためには、祥は身を引くべきなのだと思う。
祥に子ができなかったことを理由に、義宣の愛が失われるとは思っていない。子ができなかったとしても、義宣は祥を愛し、死が二人を別つまでそばに置いてくれるだろう。だからこそ、祥の方から義宣に新しい側室をすすめたのだ。祥の存在が、佐竹家の世継ぎの誕生を妨げてはならない。
「泣くな。そんなに思いつめるな。いいか、俺の母が末の弟の宣家を産んだのは三十四の時だぞ。祥はまだ二十五ではないか」
「しかし、このままお世継ぎが生まれなければどうなさるのですか? 御台様は江戸にいらっしゃって、なかなかお会いできないでしょう?」
「そうだな。だが、来月には江戸へ行く。これからも、幕府からの要請で何度も江戸へ行くだろう。御台とはそんなに心配するほど会えないわけではない。御台は若いのだから、また子もできるだろう。祥もこれからできるかもしれない」
「そうでしょうか」
「ああ。祥だけが苦しむ必要はない」
義宣を愛しているからこそ、苦しいのだ。なかなか泣きやまない祥の髪を撫でながら、義宣は何か思いついたように、そうだ、と呟いた。
「俺が四十五になっても、御台にも祥にも子ができなければ、その時に若い女を側室に迎えよう。その時になれば、祥は三十五、御台は三十二だ。なあ、その時に初めて新しい側室を迎えてもいいではないか。父は六十を過ぎているが、自分の娘よりも若い女を側室に迎え、俺の弟か妹を産ませる気でいるぞ。だから、俺も四十五を過ぎたくらいでも子はできると思う」
「本当に、それでよろしいのですか?」
「もし、それで子ができなかったとしても、弟たちに息子ができたら養子に迎えるという手もある。だから、俺から離れようとしないでくれ、祥」
何も言うな、とでも言うように義宣に唇を塞がれた。何度も口づけを交わし、義宣の指が優しく祥の涙を拭う。義宣の提案は優しい。祥は頷き、義宣の背に腕を伸ばした。
「ええ、わたしは義宣さまから離れません。あなたがお許しくださる限り」
「ならば、どちらかの命が尽きるまで、俺のそばにいろ。俺はお前を離さない」
「はい、義宣さま」
義宣が江戸へ向けて出立するまでの間、祥は毎晩のように義宣と褥をともにした。だが、その間に祥が義宣の子を身ごもることはなかった。
義宣が秋田を出立してから、祥は手形の正洞院へ詣でた。義宣は江戸に、先妻の八重を供養するために正洞院を建てていたが、秋田にも八重のために正洞院を建てていたのだ。そして、常陸から八重の墓を運ばせ、新たに秋田の正洞院で手厚い供養をしている。
正洞院は秋田の中でも、佐竹家の菩提寺である天徳寺に次ぐほどの壮麗な寺院だった。八重に対する義宣の思いが伝わってくるようだ。義宣は那須御台に対する自分の行いを悔い、八重の恨みを恐れていた。
祥も、もしかしたら子ができないのは八重への供養の心が足りないからなのではないか、と思い、正洞院へ足を運んだのだ。八重の墓に手を合わせ、ひたすら八重の冥福を祈った。
正洞院から窪田城への帰り道、ふと、自分が死んだ時に義宣は、八重に対するような手厚い供養をしてくれるのだろうか、と思った。八重は悲しい人生を送った女性だが、死後も深く義宣の心に残り続ける八重が、祥は少し羨ましかった。




