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魔道ナッツクラッシャーシリーズ

白い結婚がどうとか言う前に離婚するなら覚悟なさい。──魔道ナッツクラッカーの裁き

作者: すじお

「白い結婚だったから……その、君とは“相性”が悪くて……すまない。結婚は解消させてもらう」



夏至に開かれる華やかなパーティー。

玉座の間の中央で、アルト侯爵子息は視線を泳がせながら言った。

彼の背後には取り巻きの令嬢たちが控え、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


「……今、なんて?」


王国魔導士団の次期筆頭であるリリアは、こつり、と杖の先を床に落とした。

空気が震える。

彼女の淡金の髪がふわりと浮き上がり、魔力が広がる。


「“白い結婚がどうとか言う前に”って、あなた……その前にその令嬢たちとも浮気していて、私を馬鹿にしたじゃない。春に結婚したのに結婚生活と呼べる生活もなく、離婚するのよね?」


アルトは青ざめる。


「ち、違う! 彼女たちとはただ――」


「言い訳はいりません。儀式はもう整っていますから」


リリアが軽く指を鳴らすと、空間に淡い紫の光が集まり、奇妙な金属製の器具が姿を現した。

可愛らしいクルミ割り器のような形をして、どこかコミカルですらある。


だが、その名は重い。


《魔道ナッツクラッカー》


貴族に伝わる“浮気者へ教訓を与える魔道具”であり、

〈裏切り者の虚勢だけを奪う〉と伝えられている。


痛みも傷も流血もない。

ただ“プライド”だけが粉々になるという、ある意味もっとも恐ろしい罰だった。


「ひっ……! や……やめ――!」


「安心なさい。大人しくしていれば痛みは起きません。ただ、あなたが二度と女性を軽んじた態度を取れなくなるだけ」


魔道具がふわりと宙に浮かび、アルトの周りをくるりと回る。

ぱきん、と軽い音がして、淡い光が弾けた。


アルトは膝から崩れ落ちた。

苦痛ではなく、“羞恥と悟り”を突きつけられた者の顔だ。


「……こ、これは……! ぼ、僕は……なんて……!」


リリアは静かに言う。


「浮気も婚約破棄も、あなたの自由。でも、他人の心を踏みつけた報いは受けてもらうわ」


ナッツクラッカーはくるりと回転し、リリアの手の中へ戻っていく。


彼女は小さくため息をつくと、背を向けた。


「次は、もっと誠実な人と結婚します。白い結婚?

そんな言葉を言い訳にしない人とね」


アルトは身軽になった下半身で床に座り込んだまま、何も言えなかった。






白い結婚破棄騒動から三日後。

王都の朝は、少しだけ静かに聞こえた。

リリアは魔導士団本部の塔の最上階で、湯気の立つ紅茶を片手に深呼吸した。


「……あの日から、ようやく肩の力が抜けてきたわね」


机の上には、あの《魔道ナッツクラッカー》が置かれている。

丸っこくて可愛らしいフォルムは、知らない者が見ればクルミ割りの置物だ。


だがリリアは、指先でそれを軽く弾きながら小さく笑った。


「あなた、いい仕事をしたわね。誇ってもいいわよ?」


もちろん返事などしない。

けれど魔道具は、ほんのり明るい光を返し、嬉しそうに見えるのだから不思議だ。



そのとき、扉が控えめにノックされた。


「リリア様、王城より急ぎの伝令です」


「また何か揉め事?」


書状を受け取り、封を切ると、端正な筆跡でこう記されていた。


――アルト侯爵子息、更生の兆しあり。

 王城としても再度事情を聴取したい。

 あなたの立ち会いを求める。


「……更生、ね」


リリアは半分呆れつつも、半分興味を引かれていた。

《魔道ナッツクラッカー》の効果は“虚勢を砕き、誠実さを学ばせる”もの。

個人差こそあれ、性格がまるごと変わるほどの力はない。


つまり、アルトは本当に反省しているのかもしれない。


「まあ、いいわ。ちょうど区切りをつけたいと思っていたところよ」



リリアが王城に向かおうとすると、突然馬車が襲われた。外に引き摺り出される。


「なっ何! あなたたちは?」

「グヘヘヘ、俺たちはさる高貴なお方に雇われたんだ。高貴な女性を好き勝手したくないか? とな」



「クッ!」


リリアは魔導ナッツクラッカーに力を込めるが、男たちは3人がかりでリリアを押さえつけて路地裏に引き摺り込んだ。

そうしてーーー



リリアはズタボロの体で屋敷に戻った。

部屋に閉じこもり、食事も取れない。



魔導ナッツクラッカーがあったとはいえ、3人がかりで襲われたのだ。

母は、リリアは何も悪くないと言ってくれた。


あの日の呼び出し自体も嘘だったらしい。




リリアがしばらく屋敷にこもっていると、窓に小石がぶつけられる。

幼馴染の平民のセリアだ。



「リリア、久しぶりね」


リリアとセリアは幼馴染だった。

セリアは商人の子供だが、リリアと年が近いことから幼い頃に行儀見習いとしてリリアの遊び相手になっていたのだ。



「聞いたわ、あのこと。襲わせたのはやはり、アルト様のようね」


あの日、確認すると王城からの呼び出しはなかった。

アルトが偽の呼び出しでリリアを王城に向かわせた後、ならずものを雇って襲わせたのだ。


憲兵隊に通報したが、犯人を探していた憲兵たちは途中で捜査をやめてしまった。



「ーーーーやはりね」


アルトの家から圧力があったのだ。

ナッツクラッカーの屈辱を復讐するため、リリアが次の嫁ぎ先に行けないようにしたのだ。


「アルト様、あなたと白い結婚をもちかけたのは街に愛人がいたからなのよ。身分は隠していたけれど、普通の夫婦のように過ごしていたそうよ。隠し子までいる」


「隠し子…」



そんなもののために白い結婚で婚期を潰されて、しかも暴漢に襲われたというのかーー


リリアの中で何かが壊れた。


「……みんな白い目であの二人を見ているわ。自分たちはお金を持っているように見えても、周りからは夜中にパーティーを開いたりして迷惑行為で疎まれていたみたい。でもその度にお金を払えばいいんだろう!? って、鷹揚に言われて…他にも違法な薬物を使って乱痴気を起こしたとか、色々な噂があるの。あの二人はきっと地獄に落ちるわね」


リリアは黙っていた。


「でも、自分の罪を隠すためにリリアにした数々の仕打ちを、私は親友として許すことはできないわ。同じことがあの人たちに返るように祈りましょう」


二人は幼い頃と同じように、礼拝堂へ向かうと静かに祈りを捧げた。


「魔導ナッツクラッカーの報いが、あの人の報い。その子々孫々への報い……」






ある日、アルトの愛人とその娘が暴漢に襲われた。


あの事件で味を占めたならずものたちが、仲間を使って道端で女性を辱めることに快感を覚えて襲ったのだ。


リリアより酷い有様で、妊娠させられて帰ってきたという。

その時に

「あなたの旦那はタマ無しなんだろう? 俺たちが可愛がってやるよ」


という捨て台詞を吐かれたのだと目撃した町民が言っていたという。



アルトはその姿を見て絶句し、二人は別れてしまった。汚れた女の子供の養育費も支払わないという。

その子供は一生貧困に喘ぐことだろう。




「親の因果が子の報いというわね…」


セリアはぽつりとつぶやいた。


セリアからその話を聞いて、リリアは後味が悪いと感じつつも、なぜか当然の報いだと思ってしまった。





謁見の間に入ると、アルトは以前とは別人のように静かに立っていた。

取り巻きもいない。


背筋も伸ばし、何より——目が違った。


「リリア殿……その、先日は……」


「謝るために呼んだのなら、形式的なのはやめてくれる?」


リリアが軽く言うと、アルトは深く頭を下げた。


「あなたを傷つけたこと、後悔しています。本当に。

僕は、“白い結婚”を言い訳に、あなたを理解しようともしなかった。あの魔道具に心を砕かれて……ようやく、それがどれほど愚かだったか気づきました」


ああ、効いてるわね、とリリアは内心で頷く。


「あなたは、女性の尊厳を砕いた。同じことをされた気持ちはどう?」


アルトは苦虫を潰したような顔で黙っている。



「結婚は政略ですよ。白い結婚でお茶を濁そうだなどと、足りないことをよく考えたものです。かといって、私が次の嫁ぎ先を探そうとすれば暴力を振るう。

そんなことが通じる人間がどこにいるのですか? あなたの尊厳はその貴族の衣を纏うことに足りない。あなたは私を裏切りました。魔導ナッツクラッカーは、政略結婚という義務を履行しようとしない人物に特に厳しい。正式な手続きを経ずに婚約解消をしようと暴力を振るったあなたは、一生性犯罪者です。さようなら、全女性の敵」


私はそう言うと静かに王宮から引き下がった。



一貴婦人に対する無礼な仕打ちと貴公子のタマがないことは、すでに市井の人の口にのぼるほど膾炙しているとセリアから聞く。




「…タマと信頼を失った男の未来は惨めね…」


晩秋の夕暮れを見ながら、リリアはふと思った。

タマも人々からの信頼も失いました

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― 新着の感想 ―
疑問に思ったことが数点あります。 まず一点目、白い結婚ということは『結婚はしている』という事ですよね。なのに『婚約破棄』となっているは何故でしょう? 婚約とは結婚の約束をしている事であって、結婚して…
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