第四章 噂と崩壊
セラフィーヌは戻ってきた文を開封し、ルンルンと顔を輝かせた。手紙の相手は、隣国に留学中の第ニ王子だ。
王太子様の腹違いの弟なので、王位継承権では比較的弱い立場とされているが、セラフィーヌにとっては好意のある相手だ。
王太子は学園で獲物を見つければ、すぐに尻を追いかけ回しては弄び、そして最後には捨ててしまう。
セラフィーヌは幾度となくそんな女癖の悪さを目撃してきたのだが、第二王子はそうした浮ついた性格ではないとの噂だ。実は夜会で一度会っているが、真面目な印象を受けた。
彼と結ばれるためには決定だとなるあと一手がほしいーー
宮廷に出入りしている母親にも相談した結果、第二王子の方が今後は他の派閥の後押しも見込めるとのこと。
「これから出世する男に乗り換えることも、ある意味投資よね」
セラフィーヌはにこりと窓辺をま見つめた。
***
翌日、学園に新しい噂が走った。
“男爵令嬢リュミエール、王太子を誘惑”
“夜な夜な逢瀬を重ねている”
“婚約者を裏切った女”
……身に覚えがない。
でも、人は“信じたいものだけ”を信じる。
教室に入れば、友人だった令嬢がそっと距離を取る。
食堂では、椅子が一つ空いているのに誰も座らない。
(ああ……ほんとうに、終わったんだな)
出所不詳の噂。
そして…
「おーおー、リュミエールじゃん。俺たちと一緒にお茶飲もうよ」
馴れ馴れしく語りかけてくるのは、王太子の取り巻き…もとい、王太子におべっか使って爵位欲しい欲しい、一般貴族の次男以降組だ。
「いやですわ、リュミエールさんたらはしたない。あんなにご令息たちを侍らせて…」
「東国の読み物に、何人もの男性を侍らせるふしだらな聖女や転生してきた女子学生のお話があるそうですわ。きっとリュミエールさんはそれをお求めなのね」
ちがうーー
断じて違う。
引っ剥がしたいが、そんなことをすると面倒臭いのが出てくる。
「あっちで殿下が待ってるからさ! 俺たちが連れて行かないと怒られるんだよ」
「そうそう、ちょっと来てかしずいてくれるだけでいいから!」
私は酒場の女性ではないーーこれでもギリギリ男爵令嬢なのに。
テーブルの向こうでは、王太子が他の女子生徒を侍らせながら、こっちへ来いと言わんばかりに鷹揚にクイッと手を返している。
あの隣で侍らせられている女の子たちは、卒業後にどうなるのだろう。王太子の愛人にしかなることを許されず、自分が夫として嫁ぎたい相手にも身染められることはない。下手をしたら、ここにいる取り巻きたちに餅まきの餅みたいにばら撒かれるのだろう。
王太子様とセラフィーヌ様は婚約していると聞いているけれども、私は五年思わせぶりな態度を取られた挙句に結婚してもらえずやきもきするような三十路女性ではないし、結婚を神聖なものだと捉えている。
世の中には結婚を隠している悪い男もいるようだが、わかってさえいればわざわざ婚約者がいる男性にすり寄ることもしなければ、浮気を助長するようなこともしない。
世の中は一夫一妻制なのだから当たり前だし、王太子の嫁に選ばれるような家格でもなければ側妃に悩むようなただれた生活もお断りだ。
その日、私は決めた。
――もう逃げるしかない。
でも、逃げ場はどこにもなかった。
「君がいなくなると、僕が退屈する」
「……ご安心ください。殿下を楽しませる人は八人もいらっしゃるでしょう」
私はちらりと細長い食堂机に並ばせられた女子生徒たちを見て言った。
「八人と、君だ。九人目の座は特別だ」
冗談ではない。
冗談で済む話では、もうなかった。




