第一章 男爵令嬢の憂鬱
「リュミエール・エヴァンス! あなた、また私の婚約者に近づいたそうね!?」
「嘘をつかないで! うちのアルノー様も、あなたに微笑まれたって言ってたわ!」
「殿方を惑わすなんて、恥を知りなさい!」
昼休みの中庭。
ピンク色の髪が風に揺れる中、私はぐるりと囲まれていた。
白百合のような令嬢たちがドレスの裾を翻し、怒りに頬を染めている。
(……ええと。これ、たぶん全員、別々の次男三男のお嬢様たちよね?)
思わず遠い目になる。
たぶらかした覚えなんて一度もない。
というか、あの人たち全員、向こうから勝手に寄ってきた。
権力を笠に着て「僕とお茶を」「君の瞳が美しい」とか言ってきて、
私はただ笑ってお茶をこぼさないようにしてただけなのに。
(そもそも、うち男爵家。下手に逆らったら潰されるのこっちなんですけど!?)
言い返したくても、爵位の差という壁は厚い。
口を開けば、「まあ、下級貴族のくせに」なんて返ってくる。
だから私は、今日もただ笑うだけ。
「誤解だと思いますわ。でも……ご不快にさせたのなら、お詫びします」
そう言えば、少しは場が静まる。
でも、誰も私の言葉を信じない。
ピンク髪の派手な見た目に、古びたドレス。
見栄えだけはそこそこするせいで、“男好き”の烙印を押されてしまったのだ。
(ああもう、ドレス新調したい……。せめて色が褪せてなければ、まだ清楚に見えるのに)
そんなことを考えていた、その時――。
「……君がリュミエール嬢か」
低く澄んだ声が響いた。
皆がはっと振り向く。そこに立っていたのは、金髪に碧眼の青年。
王太子、レオンハルト殿下。
「面白い。僕の前でも、その笑みを浮かべてみせてくれ」
え、待って。なにそのフラグ。
殿下、婚約者いらっしゃいますよね?
しかもその方、今すごい目で私を見てません?
(……これ、詰んだかもしれない)
こうして私は、また一人、権力者の興味を引いてしまったのだった。
金の髪、冷ややかな青い瞳――王太子レオンハルト殿下は、小動物をいじめたり、自分より弱い存在には徹底的にいじめをすることで有名だった。
また別の日。
私が中庭でいじめられていると、3階の生徒会室の窓から視線を感じた。レオンハルト殿下だ。
彼は椅子に腰かけ、紅茶を手に、にやにやと私のいじめられる様子を眺めていた。
「もっと強く責めてやれ。泣く顔が見てみたいな」
「殿下、それでは……!」
「これは“教育”だよ。下位貴族の分をわきまえさせるための」
私は密かに読唇術が使える。低位貴族故に、他人の噂には人一倍敏感でいなければいけないのだ。
誰にも聞こえないほど小さな声で、そんな言葉を笑いながらこぼすレオンハルト殿下。
その目が、私を値踏みしていた。
私は知っている。
殿下には、婚約者の他に八人の愛妾がいる。
誰もが高位貴族の娘で、家のために差し出された存在。
その中に、“目障りな男爵令嬢”を混ぜるのも一興なのだろう。
私はただ、黙って唇を噛んだ。
(助けてほしいなんて、言わない。……あなたに見せたら、きっと笑われるから)




