蒸気と慟哭
もう半歩で全てが終わる間合いで、二人は止まる。
「……足りない部品は、イブキが削り出してくれた」
「私の構造は、スピナが調べてくれた」
「そして、私の胸の中で……フェルがパーツを嵌めてくれた」
戦いの中、リリは静かに語りかける。二人以外は聞こえていないだろう。
対峙した二人は微動だにしない。ただリリが続ける。
私は──三人から、新しい命をもらった」
「……私を見つけてくれたのは、イブキ」「私を理解しようとしたのは、スピナ」「私の心に触れてくれたのは、フェル」
「……でも、あなたは?」「あなたを見てくれた人は、誰?」「あなたを、いま見ているのは、誰?」「あなたは……誰を見続けたいの?」
刃を振り下ろせない。手が震える。目線が揺れる。唇がかすかに開く。
でも言葉にはできない。──それでも、リリの問いだけは胸に刺さっている。
「黙れ……黙れ……黙れッ……!」
それは怒りではなかった。ましてや理性でもない。ナツメの口から漏れたその言葉は、叫びでも悲鳴でもなく――ただの慟哭だった。
もう、理解している。この問いを投げかけられた時点で、自分が壊れていることを。
だが、もう歯車は回り始めてしまったのだ。一度動き出した蒸気の圧力は、そう簡単に止められない。ナツメの両手は――すでに幾人かの命を奪い、血に染まっていた。後戻りなど、できるはずがない。
「……だから……だから……」
目の前の少女――リリの姿が、涙で滲む。
ナツメの頬を伝う、それは雨ではなかった。
ボロボロとこぼれ落ちる雫。
眼帯も、いつの間にか落ちていた。
見たくない現実を、半分だけ隠していたそれは、
ただの気休めにすぎなかった。
だが――もう通用しない。
情報が溢れ、心が処理しきれない。
ナツメは、ただ涙を流すことしかできなかった。
壊してきた、自分と同じ顔のリグオンも、
あの時――涙を流していたのだろうか。
「私は……壊してきたものと同じ。
感情なんて、もう、いらないのに……!」
もう遅い もう壊れかけている。
すでに限界を超えていた。
計算上では20倍――通常の何倍もの燃料を消費して、ナツメの脚はまだ動いていた。
それでも、心が持たない。
リリは何も言わない。ただ、まっすぐにナツメを見ていた。見届けるかのように。壊れていくその人間の、最も美しい瞬間を。
その背後、誰かの声が届く。
「やめてよ……ナツメ、お願いだから――」
リョウの声だった。振り返らなくてもわかる。彼女も、泣いている。
ナツメの膝が震えた。それでも、刃は震えながらも下りようとしている。
「私には……もう、これしかないんだ……」
涙が止まらない。ただ、それでも。刃をリリに向ける。




