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ナツメ動く

 牛がずしん……と地を踏み鳴らす。

 干し草のような臭気をまとった巨体が、リリへ一直線に歩み寄る。


「おいおい、そのまま選手交代する気かよ」


急にやる気になった牛の見せ場を取られた虎は不満気だ。

だが、あれだけ綺麗にもらってしまって、やり返せないのは辛かろう。

牛の見せ場を作ってやろうと虎は一歩下がる。


その後ろ姿を見送りながら、ナツメがちらりと虎を見た。


「どうせ暇でしょ。私の相手になってよ」


口調は軽い。だが、そこには笑みも、情もない。

ただ淡々とした声色が、空気に不自然な冷たさを落とす。

虎が眉をひそめる。


「……お前、雰囲気が変わったな」


その一言に、ナツメが片方の肩をすくめる。


「そう? 自分じゃあまりわからないの。でも……そう見えるなら、そうなんでしょうね」


視線の先で、リリが牛の突進を受け止め、ツノを掴んでいる。


虎はそれを見て、そしてナツメの横顔へと視線を戻した。


「任務を降りるって意味か?」


ナツメの返事はなかった。ただその場で、わずかに足をずらし――構える。


「……冗談かと思ったぜ」

虎は小さく吐き捨て、ギアのロックを外す音を鳴らした。


牛の突進がリリに当たるよりも早く、ナツメがわずかに動いた。

虎がそれを察して、わずかに眉をひそめる。


「あいつの手助けか?」


ナツメは答えない。蒸気の噴き出す音が、太ももから聞こえる。


「なつめ離反、任務失敗――そのほうが、あなたにとって都合がいいのでは?」


虎の表情が曇る。


「言い訳は立つな。だが……俺はお前を壊せる。分かってて言ってるのか?」


その言葉に、ナツメはほんの少しだけ笑った。声は出さず、唇の端がわずかに持ち上がる。


「壊れかけの私を――壊してくれるなら、嬉しいわ」


ふわり、と背中の弁から白い蒸気が立ち上る。その靄がナツメの表情を隠し、虎の視線を遮る。

虎はゆっくりと、右手の鉤爪ギアをかちゃりと鳴らした。


「標的変更……と、いきたいが――」


「その前に、ちょっと面白そうなのを見たいのでね」


虎の目が、ナツメの背後――牛とリリの戦いへと向く。

わずかに口角を上げ、肩を回す。


「そっちが終わってからでも、遅くないだろ?」


「娘さんのお誕生日には間に合いますよ」


ナツメもまた、リリの戦いに目を向ける。

虎の肩がぴくりと動いた。

だが、何も言わず、戦いを見る。


 ツノを掴んだ手に力を込め、跳躍 牛のアゴ先へ膝を叩き込む。

 

 ゴッ――!!


 鈍く重い音。 牛の頭がわずかにのけぞり、動きが止まる。

 しかし、次の瞬間――


ガガガッ……ギチィ――ッ!


 脚部のギアが唸った。 干し草にまみれた巨体が、今度は“怒り”とともに駆動する。


 リリは跳び下がりながら、静かに呼吸を整える。

 感情はない。ただ、次にどう動くか――それだけを見ていた。

 

 だが、不意に視線の端に異物が入った。


 ナツメ。

 爪を振るう虎と――正面から向き合っていた。


 太ももから蒸気をが漏れている。


 “あの子”が、今、誰と戦っているのか。

 なぜ、そっちを見ているのか。

 

 わからなかった。 けれど、胸の奥にわずかに“熱”が走った気がした。


 やがて虎もナツメもリリの戦いに注目する。


 ギアが唸る。牛の巨体が突き出したツノと共に、一直線にリリへ突進する。

 

 ドン――!


 ツノが、リリの胸元を突き上げるかに見えた――

 

 だが、その瞬間。

 リリの両手が、牛のツノを掴んでいた。突き刺さる直前で止めたが勢いは変わらない。

 

 蒸気が吹き上がり、周囲の空気が歪む。


 牛が咆哮する。もう一度、あの脳天への膝蹴りだけは食らうまい。

 頭を下げたまま、さらに低く――“貫く”体勢で突進しようとする。


 後ろは鉄骨の積まれた場所。リリを逃げ場なく貫くため突進を緩めない。


 だが。


「……下ですね」リリの声が、低く呟かれた。


 その直後。

 スッ――

 

 リリの身体が、牛の懐のさらに下に滑り込んだ。

 地を這うような低さ。ツノも、腕も、空を切る。


 そして――

 ゴッ!


 脚の裏で牛の腹を蹴り上げ、リリの身体が自ら後ろに転がる。

 それは、流れるような投げ技――

 

 牛の巨体が、ギアの勢いそのままに空中へ舞い上がる。

 

 ドガァン!!


 牛は鉄骨の山に叩きつけられた。ギアが停止音を鳴らし、動かない。

 白い蒸気と砂煙が立ち上る中、リリがゆっくりと立ち上がる。

 彼女の視線は、すでに戦いの先を見ていた。



 

 虎はゆっくりと、右手の鉤爪ギアをかちゃりと鳴らした。


 「向こうは終わったな、こっちもすぐ終わる」


 刹那、金属音が弾けた。


 虎の鉤爪が宙を裂く。

 ナツメは一歩も退かず、双剣を交差させて受け止める。


 ガガンッ――!!


 火花と蒸気がほとばしり、虎の爪が軋んだ。

 ナツメの体幹がぶれずに一閃――


 ギアの接合部を正確に断ち切った。


 カチャン――!


 虎の右腕から、鉤爪ギアが脱落する。


 だが、それでも虎は止まらなかった。


 咆哮もなく、ただ無言でナツメに迫る。

 両腕を広げ、素手のまま彼女を掴みにかかる。


 ナツメの姿がふっと滲んだ。

 重心が回転する。

 直後――後ろ回し蹴りが虎の頭部を正確に打ち抜いた。


 ドゴッ――!!


 衝撃により、虎の巨体が前のめりになる。


 そのアゴを、ナツメの左手が掴んだ。


 蒸気が足元から噴き上がる。

 

 若い女性が巨体の虎を片手で持ち上げている。

 異様な光景。しかも女性は力を込めているようには見えない。

 ただ震える太ももから蒸気が吹き出し二人を包む。


 動けばアゴを砕かれる。


 「――今なら怪我なく帰れるでしょ」


 ナツメの声は、まるで事務的な確認のようだった。


 太ももがさらに震える。



 アゴを支点に、身体が持ち上げらた虎が、宙へと舞う。

 巨体が横に飛ばされる。

 


 ドォンッ!!


 虎の背が牛がいる鉄骨の山に叩きつけられる。


 ナツメは無言で立っていた。

 双剣はすでに背へと収まり、背中からは静かに蒸気が漏れている。


 その目は、戦いが終わったことを知っていた。

 同時に――壊されることは、叶わなかったことも。


 「失礼……怪我させてしまいましたね」


 小さく、誰に言うでもなく、そう呟くと、ナツメはリリを見据える。


 騒ぎを聞きつけたのか、人々が遠巻きに集まり始めていた。工事現場の外縁、複数の顔。


 その中に――

 フェルとイブキの姿があった。

 二人は言葉を発さず、ただ黙ってその場に立っていた。

 フェルの腕には、バスターソードが抱えられている。

 

 その刀身に、工事現場の照明が反射し、静かに煌めいていた。


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