火室の前のコークス
カイヅカの前に数台のバイクが止まる。
スピナとイブキが警戒する。だが様子がおかしい。アイゼンが担がれてる。すでに何者かにやられたようだ。
部下たちがいうには獣人とリリが戦ってると、その場所でアイゼンが倒れていたらしい。
だが今、本人は気を失っている。
少しだけ時は遡る。
アイゼンは工事現場での仕事で忘れ物をとりに戻る。
リリに負けて以降は、真面目に働いている。街の不良があれだけ派手に喧嘩に負けたのだ
もう、大きな顔して歩いていられない。だが、もう一度リリと戦いたい。自分の金ではあのギアは買えない
だから働きながら、自分を鍛えようとしていた矢先
工事現場では見かけない大型バイクがいる。そこに人影が見える。
――虎型の大男は、両腕に蒸気機関を装着していた。
――牛型の巨漢は、両足に過剰なまでの機構を抱えていた。
そしてその前にリリがいる。
アイゼンはわかる。戦いの空気だ。
「リリ!助太刀するぞ」
俺を打ちのめした相手に助太刀がいるかは謎だ。だがあの巨体とギア何より2体。
いくらリリでも不利だろう。バスターソードもない。
俺も素手だが構わない。元々はギアなしでのしあがったのだ。
前に出ようとしたアイゼンの腰に、静かにリリの手が置かれた。
その次の瞬間、リリの体が反りかえる。
「……あっ」
ごく自然な動きで、アイゼンの身体が宙を舞う。
――完璧なバックドロップ。
反転した世界での砂利の感触が脳天に直撃した。
「……寝ててください」
リリが呟いた。
地面に倒れたアイゼンは、何か言いかけたが、気を失った。
◆◇◇
夕暮れ前、〈カイヅカ工房〉の奥でスピナが重たい息を吐いた。 手にはリリのバスターソード。あまりにも重く、一人では運び出せない。
「……やっぱり、フェルとイブキで持ってってくれ」 スピナが言う
「私がリョウを――」 言いかけたフェルを、スピナは手で制した。
「ダメだ。バスターソードはお前とイブキで運べ」
「……あいよ」
フェルは即座に判断を切り替え、道具袋を肩に引っ掛けた。
イブキも無言で頷く。二人は手分けして装備を持ち、工房の出入り口へ向かった。
スピナだけがその場に残る。アイゼンはまだ目を覚さない。置いていこう。
やがて、商業街のはずれにある古い建物――“スナック茜”の扉を開ける。
まだ開店前の店内で茜はタバコを吸っている。
「……リョウは?」アカネが、気づいて奥へ顔を向けた。
「来てるよ。けど……」
奥のカウンター席、リョウはうつむいて、コップの水をかき混ぜていた。
スピナが歩み寄ると、彼女は気づいた素振りも見せず、ただ黙って三つ編みを指先でいじっていた。
「……あの子が勝手にいなくなって…行くわよでも」ぽつりと、リョウは言う。
「そばにいたお前なら…いや違うな……工事中の駅だ」
スピナは何かを言い掛けやめた。そして場所だけを伝えた。
「無理強いはするもんじゃないよ」 背後からアカネがそう言った。
リョウの肩に手を置き、ふわりと微笑む。
「でも、ありがとう。知らせてくれて」
その言葉にスピナは軽く頷き、くるりと背を向けた。
工事現場に向かう途中、バイクの爆音が地を揺らす。
「おい……!」
数台のバイク。その先頭はアイゼンだった。ボロボロの姿でバイクに乗っている、それでも真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「……乗れ」 短く言って、アイゼンは後部座席を叩く。
スピナはためらわず飛び乗った。
「リリは、俺を戦場に立たせなかった。まだ、戦士として見てもらえなかったってことだ」
そう吐き捨てるように言ったアイゼンに、スピナは鼻を鳴らした。
「邪魔だったんじゃねえの」
アイゼンは、その言葉に応えるでもなく、 どこか懐かしむように、ふと視線を空に向けた。
「……いい匂いがしたんだよな」 静かに、つぶやく。
少し呆れたスピナを前にアイゼンは続ける。
「……居場所を、作ろうとしてたんだ」
「誰にも頼まれてないのに、“強さ”で、自分を証明しようとしてた」
「それを……他人に押し付けて、で――完膚なきまでに、負けた」
「……それでも、まだ思ってるんだ。誰かに、見ててほしいって」
自分に言い聞かせるように、自分の胸を掴みながら言う。
「……その前に、リリの戦いを見届けたい。せめて、それだけは」
それを聞いたスピナはぼそりと毒づく。
「……どいつもこいつも、機械と人間を混同してやがる」
アイゼンはバイクのエンジンを噴かす。
その向こうに、すでに始まりかけている“戦い”の気配が漂っていた――。




