回らないボルトとふたりと独り
ノアの駅は今日も騒がしい。
獣人も人間もドワーフも入り混じるその場には、少数ながら鉄道会社所属のリグオンたちの姿もあった。
汽笛が鳴る。少女型もドラム缶型も忙しなく動いている。
汽笛が鳴った。 その音に、誰よりも早く反応したのは彼女だった。
汽車が動き出す。
いつもと同じ時間。
誰かが喜んでも
誰かが泣いても
車輪は次の駅を目指す。
汽車が街を離れる汽笛がカイヅカ工房にも響いた。
イブキの買い出しが、やけに長い。
買い出しというには、作業着ではなく、Yシャツを着ていた。
怪しい。フェルはそう思いながらも、「お年頃だな」としか口には出さなかった。
問題は、スピナのほうだ。
いつもなら軽口ばかりの彼が、どうにも機嫌が悪い。
錆びたボルトのせいか、それとも別の何かか。作業にも苛立ちが滲んでいる。
リリは自転車を磨いてる。
乗れるようになってから、短い時間でも毎日乗っている。
雨の日は少し残念そうに見える。
今度、リョウと出かける約束をしたらしい。
少し遠くのお菓子屋さんで、リンゴのマシュマロを買う
――そんな計画を、水辺で話していた。
リリ自身は食べない。
けれど、自転車で出かけるのが楽しみなんだろう。
背中から立ち上る蒸気が、どこかリズミカルだった。
「そこ、感情出るんだ」
思わず声に出していた。リリがきょとんと振り返る。
この子は、不思議の塊なのに、そう見せない不思議がある。
リョウも、きっとそこに惹かれている。
無遠慮なリョウと、放っておけば隅にいるリリ。
一見噛み合わなそうで、実際にはうまく回っている。
大きな歯車と小さな歯車みたいに。
イブキとだと、隅で延々と何か作ってるだけだ。
あれはあれで、噛み合っているのだろう。
リリが来てから、フェルの視界もずいぶん変わった。
三人でいた頃が懐かしいくらい、日々が賑やかになった。
まだボルトと格闘しているスピナの隣に、フェルは腰を下ろす。
無言で工具を奪い取り、軽く力を加えると――
軋み音ひとつ、錆びたボルトがようやく外れた。
スピナが、ふっと笑った。
手を伸ばしかけるが、油まみれの掌を見て断念する。
代わりに、「どういたしまして」とでも言うように、フェルも笑った。
外では、雨雲が音もなく近づいていた。
「イブキ……雨の前に帰ってくるかな」
誰に言うでもなく、フェルはぽつりとつぶやいた。