そのリグレイン危険につき
『ノアのみなさーん、今日も蒸気とともにいきましょう!
スチームデイズ、始まります!』
『ジャンピングニーが炸裂して、バスターソードが地面を割って、でも怪我人ゼロ。すごいね。この街に、ちょっと“風向き”が変わったって話だけ、それとも戻ったのかな?』
『街角に咲く一輪の花を見つけたら、踏まないであげてね』
――ザーッというノイズとともに、ラジオが流れる。
バスターソードが振り下ろされてから、街の空気は変わっていた。
夜の騒動――スチームギアを装着したアイゼンが、リリに挑み敗北したあの一件は、たちまち街中に広まっていた。
アイゼンの敗北そのものではない。問題は、“その場に誰も怪我人が出なかった”こと、
そして“リグレインが公衆の面前で武器を振るった”という事実だった。
街の住人たちは言った。
「あのバスターソード、鋼鉄砕いてたぞ」
「あの青い剣って塗ってるんじゃないんだね」
「見た? あの蒸気の噴き上がり……圧があがってくる感じ」
「やべぇのが工房に住んでるって噂、本当だったのかよ」
「ジャンピングニーが綺麗に決まってたな」
「赤い月みたいだったな 昔ジョグと組んでたあいつ」
情報は誇張され、脚色され、熱を帯びて拡散されていった。
そして、その熱に一役買ったのが、誰あろうリョウだった。
「え? 宣伝しといたよ? めっちゃウケてたし」「宣伝って、お前……!」
スピナが頭を抱えるが、時すでに遅し。
カイヅカ工房は“暴走リグオンが住み、武器をふるう場所”として、
否応なく注目を集めることになった。 そして、事態はさらに転がる。
数日後――
「お前ら、ちょっと付き合え。バイク、届けがてらな」
イブキの手には、オオタの金色のバイクの鍵。
今回は修理ではなく“納品”だ。だが、届け先の空気は穏やかではなかった。
門前に立つだけで、屋敷の奥からピリピリとした気配が伝わってくる。 通された奥座敷では、いつものよう に羽織を崩したオオタが、渋い表情で座っていた。
「来たか。お前ら、座れ。バイクの出来はいいな。あとで代金を持っていけ」
言葉とは裏腹に、その顔は笑っていない。
「撃退は良い。だがな――話がデカくなりすぎた」
低く唸るような声。カイヅカの面々はそれぞれ姿勢を正す。
「政府から、呼び出しが来た」
場が凍る。
「まあ、怪我人なし。死人も出てねぇ。その点は評価されるだろうがな。俺の顔もあって、即処分ってことはないだろうさ。だが」
言葉を区切って、オオタはリリを見た。
「リグレインが、街で堂々と力を見せた。しかも、目撃者が多すぎる」
「……守っただけです」リリが静かに言った。
「わかってる。だがな、それが通じるのは俺たちみたいな地元の連中だけだ。お上には“管理外の武力”ってのはそれだけで危険物だ。この街の連中はまだいい。他の街やリグオン反対派はどうだ」
誰も反論できなかった。
「アイゼンのバックも、多分リグオン反対派だろう。暴れさせて、こっちに罪をなすりつけるつもりだったのさ。まぁ、自由に動く機械が気に入らねぇ、って点じゃ――政府も、金庫番も、あいつらも似たようなもんだ」
スピナが目を伏せる。
「それで、こっちはどう動く?」
オオタは、リリではなく――イブキを見た。
「……もう、隠すつもりはありません。けど、うちだけで背負うには、大きすぎます」
イブキの言葉に、オオタはうなずく。
「それでいい。お前らが全部抱える必要はねぇ。武器は武器を呼ぶ。それは自覚しとけ」
そして最後に、重い声で告げた。
「金庫番が動く。リグオン反対派もな。プラカード持ってうろついてるだけに見えて、こういう時だけ妙に早い」
オオタは深いため息をつき、続ける。
「根っこはどっちも“金集め”さ。そっちはまだわかりやすいし、怖くはねぇ。だけどな――“自分が正義だ”って信じて動く奴は、本当に怖い。信じてるうちは、どんな残酷なことでもやれてしまう」
その言葉に、リリとナツメ――管理と自由の間で揺れるふたりの行く先が、ふたたび濃い霧に隠れていく。
「組織も、もう一枚岩じゃねぇ。俺が上に立ってても、金庫番に歯止めが効くかどうか……怪しいもんだ。
あいつは“組織に属してるだけ”で、実際は別で動く。俺も知らんとこでな。
……この件、たぶんアカネにどやされる。今からちょっと憂鬱だわ」
オオタはわざとらしく身震いしながら、手をひらひら振った。
「あと噂広めてる娘に感謝しとけ、あいつが嘘より真実を述べてるおかげで街の連中からの目はまだマシだ」
話は終わりだと言わんばかりにオオタは席を立った。
今日はもう1本 夕方におまけ スピナの妄想入れます。