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アイゼンとスチームギアとバスターソード(後編)


バスターソードを肩に担ぎ、リリは静かに一歩を踏み出す。


 その足取りは、まるで市場へ出かける少女のように自然で、気負いも構えもなかった。ただ――確実に、アイゼンへと向かっていた。


 対するアイゼンは、ギアを全装備しているにもかかわらず、リリの“間合いを無視した接近”に微かな冷や汗を感じていた。睨みつける。街の不良には効果がある睨みだろうが、リリには無意味。


挿絵(By みてみん)


「……あんまり長引くと、野次馬が集まっちまう」


 アイゼンがボソリと呟いたその言葉通り、既に路地の陰や上階の窓から、好奇と不安の視線がいくつも注がれている。


 フェルはその様子に目を光らせながら、アイゼンの部下たちが不用意に動かぬよう牽制する。ハンマーの柄を軽く肩にのせ、いつでも振り抜ける体勢を崩さない。


 しかし、リリは何も構えないまま、ただゆっくりと、確実に距離を詰める。


 バスターソードを持っているというのに、恐ろしいほど自然な歩幅。むしろそれが、アイゼンの精神をじわじわと圧迫していく。


「……バカか。こっちはリグオンだって壊せる装備だぞ? そんなノコノコ来やがって、観念でもしたか?」


 アイゼンは虚勢を張るようにそう言い、パイルバンカーを起動させる。

肩に付いた動力がプシューッと蒸気が音を立てて立ち上る。


 だがリリは、その言葉すらも耳に入っていないかのように、無言のまま真正面から歩を進めていた。


シュウゥ――!


 甲高い蒸気音と共に、パイルバンカーの杭が突き出された。


 狙いは正確だった。リリの胴を真っすぐ射抜く軌道。だが――そこに、リリの姿はなかった。


「……なっ?」


 アイゼンの目がわずかに見開かれる。回避動作らしい動きはなかった。

あくまで“歩くように”接近してきたはずの彼女が、気づけば視界から消えている。


 いや、消えてなどいない。


「後ろ……!?」


 反射的に振り返る。だが、その背後にもいない。


 その瞬間――


 ヒヤリとした鋼の冷たさが、首元に触れた。


 見れば、バスターソードの刃が、まるで軽やかな布のように、アイゼンの首のすぐ横に添えられていた。


 重さも、熱も、殺意すらない。怪我も何もしていない。

 ただ、そこに“ある”という存在感だけが、突き刺さる。

 


 ゆっくりと、リリが目を細める。無表情にも見えるその瞳の奥に、どこか遠い哀しみのような光が宿っていた。


「――引いてもらえませんか」


 その声は、アイゼンを諭すかのように、ささやくように静かだった。威圧する意思もない。


 ただ一つ、「これ以上壊したくない」という、誰にも教えられなかったはずの、優しさに近い感情があった。


 後退りするようにアイゼンは距離をとる。リリとは目を離さず、フェルへ向けられたパイルバンカー。

 


 その照準がブレず固定されているのを見て、リリの手がわずかに動いた。



 スピナが息を呑む。


 (やっぱり……こいつ、最初から“リリを怒らせる”ために来たんだ)


 ただの喧嘩でも、ただの襲撃でもない。

 「喋る機械」に手を出した、ごろつきの暴挙。

 安くないスチームギアを2つもつけ相手の本気を誘う。

 その結果、もしリリが本気を出して怪我でもしてみせれば――


 “リリが暴れた”という、曲げようのない事実が街に残る。


 (その情報がどう使われるか、想像するまでもねぇ)


 リグレインという存在は、ただでさえ危ういバランスの上にある。

 暴れたとなれば、たとえ理由が正当でも、「危険」というラベルが貼られる。


 アイゼンの“負け”は、もとから織り込み済みだろう。

 リリをアイゼンが連れてくるなら儲け。負けてもその危険性を示す。

 フェルを狙うのも、彼女が庇われやすい存在であることを見越してのこと。


 スピナが叫ぶ。

 「リリ、止まれ!! やつの狙いは、お前が暴れることだ!」


 その声に、リリの動きが止まる。


 だが、パイルバンカーの起動音は、もう止まらない――。


 蒸気が濃くなる。


 背から、脚から、白く細い湯気が噴き出すたびに、空気が揺れる。

 ほんの数秒前まで“ただ立っていた”はずのリリが、まるで別の存在になる。


 足が風を切る音がする。


 リリの足が、地をなめるように水平へと伸びる。

 次の瞬間、アイゼンの足元が空へ跳ね上がった。


 「――なっ!?」


 パイルバンカーは宙に向けて暴発し、杭が空へ放たれやがて落ちてくる。

 

 アイゼンは倒れ込みながらも残る片手のシオマネをリリに向ける。

 

 リリの首にシオマネキが迫る。リリは反転しバスターソードを振る。


 バスターソードの重みが、風を断ち切る。回転が追いつく。

 旋回の勢いのまま、ギアの巨大なハサミ――“シオマネキ”刃の接続軸を、斜めに叩き折った。


 ――ゴキィン!!


 金属音とともに火花が散る。ふたりのの姿を一瞬照らす。折れたギアの片割れが地面を滑る


 素早くアイゼンは立ち上がり。シオマネキを外す。ダメージは手が痺れた程度だろう。

 まだ諦める様子が見えない。アイゼンはリリを見据える。


 部下の手前、不良の意地を見せているのか、それともギアを用意した誰かのためか。


 もう油断する様子は見えない。今度は両手でパイルバンカーを構える。

 慎重に動くアイゼンをよそに、リリはバスターソードを石畳に刺す。

 隙間を縫うように刺された剣は直立する。



  リリは静かにかがむ。


  パイルバンカーの杭がリリのすぐそばを撃ち抜く。


  照準が合っていない。わずかに調整し次弾を備えるアイゼン。


 リリはふっ息を吐く。アイゼンを見据える。

 湯気が太ももから噴き上がる。

 蒸気排熱と歯車の駆動――それは跳躍の合図だった。




 次の瞬間、石畳を砕くような勢いで跳び上がる。


 リリの輪郭が、月の中に浮かび上がる。


 アイゼンの視界いっぱいに、その姿が広がる。


 飛び上がった衝撃で、片方の靴が脱げ。

 

 裸足の膝がアイゼンに迫る。


 「――な……」


 撃つのを忘れた。一瞬、見惚れていた。


 その一瞬が、すべてを決した。


挿絵(By みてみん)


 ズガァン!!


 リリの膝が、アイゼンの肩に直撃した。

 パイルバンカーの駆動部を一点に撃ち抜く。



 内部の蒸気タンクが破裂し、情けない音を立てて白煙が吹き出す。


 リリからも蒸気が吹き上がる。

 背中から。太ももから。

 

 静かで、正確で、圧倒的な一撃。


 パイルバンカーは、もはや動かない。

 動力を失ったその腕が、がくりと下がる。



 その肩に、リリがそっと膝を置く。


 「っ、が……!」


 アイゼンの呻きが漏れる


 じわじわと体重が乗るたびに、アイゼンの顔が歪んでいく。


 リリの脚が蒸気の排熱で淡く揺れるのを見て、スピナはごくりと唾を飲んだ。


 (……質量と速さ。どっちが欠けてもできねぇ技だ。しかも――)


 それを、この細腕で。あの足で。

 なんの構えもなく。

 ただ、当然のように。


 リリが口を開く。


 「引いて、もらえませんか」


 声音は静かで、感情はない。

 だが、そこには確かに“殺意がない”という意志だけがあった。



フェルも静かにハンマーをおろした。





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