橋渡しと綱渡り
奥座敷。香の煙がゆるやかに流れる中、スピナは無遠慮に座布団へ腰を下ろすと、目の前の男を見据えた。
「……まさか、またあんたの顔を見る日が来るとはね」
「俺は見慣れてるがな。そっちは久々に“入ってきた”顔だ」
羽織を脱ぎかけたオオタが、口元だけで笑う。だがこのやりとりは久々でも、初対面でもない。二人の因縁は、街の裏路地に根を張っていた。
「で、聞くがよ。アスマのバイク、あれウチに回したのって……やっぱ“あの子”のためか?」
「正面から囲えば、政府に睨まれる。“動いてない兵器”でも、野放しにはできない。俺が直接囲えばマフィアが囲ったと見られる。体裁が悪い」
「だからカイヅカに繋いだわけだ。ウチを窓口にして、見張るんじゃなく“預ける”」
「そうだ。スピナ、お前がそこに居たのは幸いだった。信頼できる。しかも、あの子に情を持ちすぎない距離で、器用に立ち回れる」
スピナが深くため息をつき、オオタの目を睨む。
この大人は汚い。自分ではわかってるふりをして若者に仕事を押し付ける。
「過大評価だな。俺はただの修理工だ。昔、やんちゃが過ぎて、とっちめられたバカだよ」
「バカが心のないリグレインを動かした時点で、俺は目をつけてたよ。あれは危うかった。過激派にでも引っ張られてたら、今ごろお前は“技術兵”として消えてたかもな」スピナは眉をしかめ、茶を口に運んだ。
「俺が工房に居るのは“なんとなく”だ。けど、あの場所の歯車が動き始めたのは――たぶん、俺のせいだ」
「違うな。あいつは“燃える前の灯”だ。リリは、間違いなく燃え上がる。周りの方が、焼かれる。お前のところでなら、変わるかもしれん」
オオタは顎髭をいじりながら、目を細める。
期待されすぎだ。だがイブキやフェルならうまくやる。スピナもそれは期待している。
「燃えるどころか、店先で水被ってたぞ」
スピナが言うと、オオタは一瞬驚き、ニヤニヤと笑う。
その姿は親戚の叔父さんくらいにしか見えない。
「……あんた、ほんとマフィアじゃねえのか?」
オオタは盃を傾け、ゆっくりと笑った。
「仲裁して、頼られて、祭りの元締めも子供の喧嘩も仕切って――それが積もって、今ここだよ」
「なんにせよ、これは割増料金だからな」
立ち上がりざま、スピナが投げたひと言に、オオタは吹き出した。
「もう一人の方も巻き込んでくれると助かる」
オオタはスピナに言うが、スピナは振り返らず手を振るだけ。
はっきりしない態度で去っていったが、なんとなくでうまくやるやつだ。
オオタは期待している。アカネが怖いわけではない。多分ない。